どうにかこうにか、がチョコレートを無事に作り終えた時には空は茜色に染まっていた。
もう嫌というほど、甘いにおいを嗅いだせいだろうか‥‥食欲が湧かない。
それに思ったよりも上手くできなかった事が更に彼女の足取りを重たくさせていた。
「。」
そんな彼女を呼び止め、ひょいと横から腕を引っ張る人物がいる。
「はぇ?」
我ながら間の抜けた声が漏れたと思ったが、顔を上げるとそこに悪友の姿があった。
「総司?」
「どうしたの?暗い顔して。」
何かあった?
と問われ、は慌てて笑みを浮かべた。
まずいまずい、ここで暗い顔をしていたら失敗した‥‥というのが皆に気付かれてしまう。
ただでさえ料理に関しては「不器用・危険」と思われているのだ。
失敗したと思われたら今度こそ、誰にももらってもらえない。
「‥‥もしかしてチョコレートのこと?」
「あー」
は笑顔を早速放り投げた。
どちらにせよ沖田には隠したところでお見通しだろう。
取り繕う事さえ徒労に終わる。
「まあ、ねー」
「そうなんだ‥‥」
大変だね、と彼は苦笑を零し、それ以上追求をしないようにしてくれる。
ありがたい‥‥とは思うが、今日は思いっきり馬鹿にしてほしい気分でもある。
「なあ、総司。」
「うん?」
「私ってなんでこんな不器用なのかな?」
「さあ。」
‥‥やけにあっさりと、軽く返されては思わず憮然としてしまう。
いや、別に慰めて欲しいわけではないけれど、それにしたってもうちょっと言葉はあるだろうに。
「‥‥、拗ねた?」
「拗ねてない。」
違う、と言うけれど、声も表情も明らかに面白くないといった物だった。
沖田はくすくすと笑いながら、掴んだままの彼女の手を持ち上げる。
「ねえ、料理が上手くできないのってそんなに大事?」
唐突に質問されてはますます眉間の皺を濃くする。
「‥‥大事‥‥じゃないの?」
とりあえず自分が思った答えを口にすると、
「僕は別にそんなに大事じゃないと思う。」
とこれまたあっさり否定された。
なんだろう‥‥今日はとことんまで、沖田は自分をいじめ抜くつもりだろうか。
いつも意地が悪いと思っていたが、今日は酷すぎる。
「‥‥もういい。」
と言っては彼の手を振り払って自室へと戻ろうとしたが、それを彼は腰へと手を回して遮り、更に引き寄せた。
ふわん、といつもより甘い香りがするのはきっとチョコレートのせい。
「料理が上手下手なんて大した問題じゃないよ。」
見た目や味が良くても。
それがどんなに高価なものでも。
珍しいものでも。
「僕は、誰が誰のためにどういう気持ちで作るか‥‥が大事だと思う。」
誰が。
誰のために。
どんな想いを込めて作るか‥‥
それこそが大事だと彼は言う。
「‥‥は、僕のために気持ちを込めてくれたんでしょ?」
男は言って、掬い上げた指先に唇を寄せる。
その時になって指にチョコレートが着いていたのだと知った。
「みんなの為に‥‥だよ。」
照れ隠しに、そんな事を言えば、沖田の目がすい、と細められた。
「でも、本命は‥‥」
「‥‥」
ふわりと香る甘いそれにまるで口づけるように触れ、
「僕、だよね?」
にこりと、挑発するように笑う。
――違う。
自惚れるなとかわいげのない言葉が口をついて出そうになる。
でも、それよりも前に、
「っ」
かり、と指先に固い感触。
ぱきりと男が歯を立ててチョコレートを割れば、指に鈍い振動が伝わって、
ちり、
指先にチョコレートとは全然違う温度の‥‥熱い、舌先が、触れる。
「うん‥‥おいしい。」
心底嬉しそうに笑いかけられ、はああもう、と赤く染まる顔を隠すのが精一杯だった。
ハッピーバレンタイン
総司にとっては、上手下手よりも、
気持ち‥‥
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