「あー、また失敗。」

  勝手場から心底残念そうな声が聞こえてきて、原田は何事かとひょいと中を覗いた。
  見ればそこにあったのはの姿で、

  「珍しいな‥‥」

  とつい零してしまったのは、先日‥‥永倉と藤堂の発言のおかげでが勝手場に入る事がなくなってしまったからだ。
  あれから二度と料理はしないと言っていたのだけど、彼女がしているのは料理ではないだろうか‥‥

  「左之さん‥‥?」

  声に気付いたらしいがこちらを向く。

  「何作ってんだ?」
  今日の夕飯か?
  と訊ねながら、この甘い香りはそうじゃないなと鼻をすんすんと鳴らして一人呟く。

  「ああ、チョコレートってやつか?」

  それからすぐに昨夜千鶴が言っていた事を思いだして口にすると、は決まり悪そうな顔で「そ」と認めた。

  「どうだ?うまく‥‥」
  出来てるかと手元を覗き、まな板の上に不格好な茶色い塊がいくつも転がっているのを見て、
  「‥‥苦戦してるみてえだな。」
  苦笑を浮かべる。

  原田は永倉や藤堂と違って彼女の料理を馬鹿にはしないが、気の利いたお世辞も言わない。
  馬鹿正直な彼の反応が何より自分の不器用さを突きつけるが‥‥事実である。

  「どうにもうまく形になってくれないんですよ。」

  は固まってしまったチョコレートの塊を、ころころと手の上で転がす。
  丸でも四角でもない。
  なんともいえない歪な形だ。

  「千鶴ちゃんなんかちょちょいの、ちょい‥‥だったんですよ?」

  さっきまで一緒に用意をしていた千鶴はもうここにはいない。
  彼女が作ったチョコレートは無事に冷やされ、後は出来上がった頃に包めば完成である。

  「なんだ、千鶴が先に終わったなら手伝ってもらえば良かったんじゃねえのか?」
  「千鶴ちゃんもそう言ってくれたんですけどね‥‥」
  でも、とは首を振った。
  「こういうのはやっぱ自分の手でやりたいじゃないですか‥‥」

  日頃の感謝をいっぱい込めた贈り物ならばなおさら。
  自分一人の手で作り上げたい。

  そう、は思っていた。

  「でも、これじゃ感謝の気持ちっていうよりも、恨みがいっぱい詰まってそう。」
  見るからに「食べたら危険」な菓子を見て、けたけたとは笑った。
  味は多分大丈夫だとは思うが、これではお世辞にも美味そうには見えない。

  「そりゃ、新八さんや平助が嫌がるのも分かるかも。」
  私だって食べたくない、と笑い飛ばし、しかしすぐにふぅ、と溜息を零した。

  「?」

  「やっぱり‥‥欲しくないよなぁ。」

  こんなの。
  と、呟いた。

  はしゅんと肩を落として落ち込んだ様子で‥‥その瞳を不安で曇らせていた。

  実際不安なのだろう。
  受け取ってもらえなかったら、喜んでもらえなかったら。
  突き返されたら?
  怖くて‥‥堪らない。

  「‥‥」

  そんな彼女の様子に、きゅーと男は胸が締め付けられて仕方がなかった。

  ああもうどうして、こいつは、そういう顔をあの二人の前でも見せないのやら‥‥

  悔しいくせに、悲しいくせに‥‥強がって平気な振りをするから、あの二人は気付かない。
  自分達がどれだけ彼女の気持ちを傷つけているか。
  彼女の想いを踏みにじっているか。
  気付かない。

  「‥‥」

  男は無性に女を抱きしめてやりたい気分になったが、それをどうにか堪えてぽんぽんとその頭を撫でるだけにする。

  「左之さん?」

  「あの二人は大馬鹿野郎だから気付かないだけだって。」

  小さな頭をくしゃくしゃと撫でて、それから元気のない目元をちょいちょいと指先で擽る。

  「美味いぞ?」

  「え?」

  まだ食べていないのに彼ははっきりと「美味い」と言い放った。

  「美味いに決まってる。」
  「‥‥失敗、するかもしれないですよ?」

  不安げにが言えば、そんな事は関係ないと原田は絶対の信頼を込めた目で彼女を見て、こう言う。

  「おまえの気持ちがこもってるものが、美味くないわけがねえ。」

  彼女の気持ちが甘くないわけがない。
  優しい彼女の想いが、まずいわけがない。

  だから――

  「‥‥おまえの気持ちをたっぷり込めて作ってくれ。」



ハッピーバレンタイン



左之さんはまずくても笑って食べてくれる
そんなお兄ちゃん。