「土方さんにとって、さんってどんな方ですか?」
千鶴は唐突にそんな質問を口にした。
藪から棒になんだ?
前後の会話とまったくもって繋がりがない。
先ほどまでの話なんて微塵もしていなかったはずなのに。
「ちょっとお聞きしてみたかったんです。」
「‥‥おまえ、最近あいつに似てきたな。」
そういう唐突な所。
やっぱり彼女に任せておいたのは間違いだっただろうか。
そのうち彼女みたいにふざけた事をし始めたらどうしよう‥‥
「それで土方さん?」
「あん?」
「土方さんにとってさんってどんな方なんですか?」
もう一度同じ質問をされた。
同じ問いかけに僅かに眉間に皺を寄せ、彼女を見る。
「なんだってそんなことを?」
ここに沖田かがいたら「質問を質問で返すのは卑怯だ」とかわいげのない事を言うのだろうが、千鶴はそうではない。
問われ首を捻って考え込むその様子に、ああ、まだあいつらに染められていないのだと安堵の溜息を漏らす。
「‥‥その、ちょっと‥‥」
千鶴は言葉を選びながら口にした。
「土方さんが、さんをどう見ていらっしゃるのか気になって‥‥」
単なる好奇心なんです、と彼女は後ろ暗い所があるように視線を伏せた。
そう、これは下世話な好奇心故、だ。
以前から、二人の関係が気になっていた。
と土方は共にいることが多い。
まあそれは副長とその助勤なのだから当然だが‥‥少し前に、彼女は見てしまったのだ。
夜中にこっそりと土方の元に行く、の姿。
それは勿論、仕事の事で、だ。
千鶴も分かっている。
しかし、夜中に、仕事とはいえ男の元に女がやってきて‥‥それを何も思わずに迎えているのだろうかと気になった。
だっては、同じ女から見てもとても美しい。
綺麗で気立ても良くて強くて、しっかりしてて、それに、胸も大きくて‥‥千鶴は凹む。
落ち込んでいる場合じゃないと慌てて首を振った。
そんな完璧な女の人が隣にいて、彼はなんとも思わないのだろうか?
そう思ったら下世話な好奇心がむくむくと頭を擡げて、つい、言葉になって出てきた。
「土方さんにとってさんってどんな方なんですか?」
と。
問われた男は腕を組んだ。
ちょっと、難しい顔で虚空を睨み付けて、
「あいつは‥‥」
彼は口を開いた。
馬鹿馬鹿しいと一蹴されるかと思ったが、どうやら答えてくれるらしい。
千鶴はなんですか?と拳を握りしめて彼の言葉の続きを待った。
「あいつは、ふざけた奴だ。」
いきなり悪口?と千鶴は目を丸くした。
「いつもへらへらして締まりがねえし、総司と一緒に馬鹿はやるし‥‥」
がしがしと彼は頭を掻いた。
「怒鳴りつけても聞きやしねぇ。」
それどころか沖田と一緒になって怒っているこちらを見て楽しんでいる、気がする。
「かわいげはねえわ、素直じゃねえわ‥‥」
そんなもの必要じゃないだろうとは一蹴するだろう。
必要なのは、戦う力、だ。
確かに。
「確かにあいつは強い。」
もし、本気で殺し合いをしたら彼女が生き残るんじゃないかと思うくらい、強い。
剣の腕もさることながら、その心だって、強い。
おまけに頭の回転も早く、聡明だ。
忠義心にもあつい。
「部下としちゃ文句はねえ。」
武人としては文句はない。
武人としては‥‥だ。
しかし、
「人としちゃ別だ。」
と彼は思う。
相当、問題がある、と。
それは沖田と一緒になってふざけている事や、かわいげのない所を指しているわけではない。
そんなものよりももっと、彼女には問題がある。
それは‥‥
「てめぇの事に関して、あいつは無頓着すぎる。」
そう。
彼女にとってのの全ては新選組‥‥つまり近藤で、それ以外については全くの無頓着ぶりだ。
特に頓着しないのが自分の事について、である。
命令とあらば自分の感情は斬り捨てた。
必要ならば自分の身を削ってでも任務に当たった。
常に無茶を繰り返して、自分の身体を痛めつけている気がする。
熱が出ようが出足がもげようが、彼女は新選組の為に戦い続けるのだ。
自分の身を、犠牲にして。
「おまけに、あいつは意地っ張りの頑固者だ。」
意地っ張りで強情だから、周りが心配をしても聞きやしない。
それどころか心配をする事も出来ないくらい、彼女は完璧を演じてみせる。
へらへらと笑っているから大丈夫かと思いきや、その実身体はぼろぼろで立っているのもやっとだった事が何度もある。
それでも手を差し伸べれば払いのけ、彼女は大丈夫と一人で傷を抱えて笑うのだ。
意地っ張りの強情っぱり。
こうと決めたらてこでも動きやしない。
問題だらけだ。
こちらの気持ちも知らずに‥‥
「土方さん。」
「‥‥」
千鶴の声が戸惑っている。
きっと、今、土方の表情に情けない色が浮かんだのだろう。
彼はふっと頭を振ってその感情をかき消した。
「まあ、なにはともあれ‥‥」
あいつは俺にとっちゃ、と彼はもう一度口を開いた。
その時にはいつものように眉間に皺を刻んで、不機嫌そうな顔になっていて、
彼は彼女をこう纏める。
「あいつはふざけた奴なんらよ‥‥」
――決して彼が酔っていて、呂律が回らなくなったわけではない。
語尾がなんだか間抜けな音になってしまったのは――
むにょーんと、
その頬がひっぱられたせいだ。
不機嫌そうに眉を寄せたままの色男が、むにっとほっぺたを引っ張られた顔というのはものすごく間抜けで、
「ぶっ!」
思わず、千鶴は笑いがこみ上げそうになって慌てて口元を手で押さえた。
目は完璧に涙目になっている。
怖さで、ではなく、可笑しさで。
「人の悪口を言うのはこのクチですか?」
色男をそんな間抜け面にした張本人は怖れることなく口を開く。
だ。
いつの間に近付いていたのだろう。
彼女は背後から伸ばした手で、土方の頬を抓っている。
「色男だから片方で勘弁してあげてるんですよ?」
平助なら迷わず両方の頬を引き延ばしてる、と彼女は言った。
ああ、さんやめてください。
片方だけでもすごい威力です。
色男なだけに破壊力も最強です。
千鶴は心の中で必死に叫んだ。
まずい、本気で笑いが喉の奥までやってきている。
早く引きはがして欲しかった。
「へええ‥‥」
むにと引っ張られたまま、土方が呟く。
え?なに?なんて言ったの?
とが首を捻る。
てめぇと言ったらしい。
ぴききと彼のこめかみに青筋が浮かび、
「ぶった切る!」
そこで漸く土方は彼女の手を払った。
ちゃきと腰のものに手を伸ばし抜刀する勢いだが、それにしても、
「‥‥その顔で凄まれてもなぁ‥‥」
は哀れみの瞳を向ける。
男の頬にはくっきりと指の後が二つ。
余程強く抓ったのだろうか、それとも男の肌が白いせいかは分からない。
ただ、その顔で凄まれても全然怖くないですよとが言えば、後ろで千鶴が限界とばかりに笑い声を漏らし始めた。
うらはら
お互いに。
最後には絶対、相手を悪く言う(笑)
心配してるくせに、心配されてちょっと嬉しい
くせに。
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