最近、伊東一派の動きが怪しい。何やら人目を避けて伊東は仲間を集めては、こそこそと相談事をしているらしい。又、最近よく外出する事が増えた。行き先は聞いてもはぐらかされるだけだ。参謀という権力を振りかざされては問い質す事も出来ない。だがあまり良くない所を出入りしているのは確かではないだろうか。新選組にとって面白くない事を企てているのではないか。
 そんな心配事を抱えている時だった。

「なんだ、これは……?」

 廊下に、見慣れぬものを見付けたのは。


「副長。斎藤です」
 ふすまの外から声を掛ければ、入れ、と短い返事がある。
 断りを入れてふすまを静かに開けば、今日も今日と文机に張り付いて真剣な顔で仕事をしている上役の姿。彼はちらりとも視線を寄越さずに問いかけてきた。
「何か問題でもあったか?」
「……それが、」
 斎藤が口籠もった。珍しい反応につい視線が上がり、どうしたと再度問い返すと彼は後ろ手にふすまをぴったりと閉め、土方の真ん前に腰を下ろした。その顔はいつになく真剣だ。これは大事だと土方の眉間にも皺が寄る。
「実は、こんなものを伊東参謀の部屋の前で見付けました」
 ごそ、と懐から取りいだしたのは白い『なにか』。なにかと、表現したのは彼にはそれが一体何なのか分からなかったからだ。――当然の事である。それはこの世界には在るはずのないものなのだ。
「なんだ、こりゃあ?」
 それは二つの丸い山のある、不思議な物体であった。
 受け取ってみると、思ったよりも軽い。手触りは、どうやら布のようだ。だが絹や綿よりは固い感触で、麻よりも滑らかだ。だが表面はざらついていて、見ればなにやら糸が縫い込まれている。それから何やら紐が二つ左右に通されていて、その両端には小さな金具が着いている。
「俺には皆目見当がつきません」
 こんなもの、斎藤も見た事がない。ただ伊東の部屋の前に落ちていたので、もしかすると何か重要なものではないかと思って持ってきたらしい。彼らがそれを用いて何か新選組に悪い事を及ぼすのではないかと。
「確かに怪しいな……」
 言われてみると怪しく見える。一見何の変哲もない布きれのようだが、彼らは見た事も触ったこともないものなのだ。
「鎧胴……にしちゃあ頼りねえよな」
 確かに胸の部分はこんな形をしているが、こんなに柔らかいものでは刀どころか拳だって受け止められない。丸い紐の部分は肩に引っかけられるような気がするので試しに通してみようと思ったが、小さすぎて駄目だった。
「布は布、だよなあ」
「……もしやすると、そう見せかけて別のものいう可能性は」
 至極真面目な顔で告げる斎藤に、ふむと一つ頷く。そうして注意深く鼻先を押しつけてみた。お日様の良い香りがする以外、変なにおいはしない。あ、だが少し甘いにおいがするだろうか。
「布に違いねえみてえだな」
 そうですか、と斎藤は視線を落とし、もう一度考え込んでしまった。



「……どこ行っちゃったんだろう」
 時を同じくして、廊下を途方に暮れた顔で歩くの姿があった。彼女はきょろきょろと、辺りを見回しながら廊下を歩いている。何かを探しているというのは明白だ。時折廊下のぎりぎりまで出ては庭を覗いて、ないなと繰り返し呟いた。
「ちゃんと取り込んだと思ったんだけどなぁ」
 確かに取り込んだ時にはあったのだ。とは言っても人に見られたら困るので慌てていたのは確か。だけど部屋から自分の歩いた道を辿っても何処にもない。これは本格的に風にでも飛ばされてしまったのだろうか。
「誰かに見付かってたらどうしよう」
 ざあっと青ざめた。そしてすぐに真っ赤になる。死ぬ。あんなの見付かった日にはいくらと雖も恥ずかしさで死ねる。何故なら此処にいる誰にも見られてはならないものだからだ。これは絶対に他の連中に見付かる前に探し出さなければ。
「ん?」
 不意に彼の部屋を通りかかった時、部屋の中でぼそぼそと声が聞こえた。耳を澄ますと、斎藤と土方の声のようだった。小声で話すということは聞かれては不味い事なのだろう。これはすぐに退散した方が良いだろうか、とくるりと踵を返した時、部屋の中から「誰だ」と声が掛かった。どうやら先に気付かれてしまったらしい。
「すみません。です」
「ああ、おまえか。丁度良い、入ってこい」
 何故か入室を命じられてしまった。もしかしたらお茶でも持ってこいというのだろうか。出来れば後にしてほしいのだが、そういうわけにもいかない。
「えっと、失礼します」
 声を掛けてそっとふすまを開けてみた。部屋には男が二人。難しい顔を付き合わせてなにやら話をしている。怖い顔でこちらを振り返る斎藤を見て、これはやはり厄介なところに来てしまっただろうかと思った瞬間、
「なっ!?」
 言葉を失った。
「悪いな。おまえ、こいつが何か分かるか?」
 こいつと男が無造作に掴んで見せたのは見覚えのあるものというか、寧ろが必死に探していたものであった。此処にいる誰にも見られたくなかったもの。それがよりによって彼らに見付かり、しかも彼の手に渡ってしまっている。
「伊東さんの部屋の前で見付けたのだが……これが一体何の用途で使われるのかさっぱりわからん」
 それは分からないだろう。この世界にはないものだし、何より彼らは絶対に必要としないものなのだから。特殊な性癖の人は除くが。
「何か知ってるか?」
「さ……さぁ?」
 再度問いかけられては白々しい返事をするしかない。自分のだと言うのは流石に言えなかった。だって絶対に使用方法を聞かれるのは目に見えている。現代のものだと言って誤魔化しても納得はしてくれないだろう。特にこの土方という男は未来のものに興味津々という所があるのだ。恐らく未来の知恵をこの世界でも役立てる事が出来ないかと彼なりに考えているのだ。なので曖昧に誤魔化す事は出来ない。だからといって正直に白状するのは恥ずかしすぎるというもの。なんとか、自然に納得して貰える方法はないものか。
 引き攣った顔のまま一人フル稼働で頭を回転させるの前で、男二人は真剣な顔でああでもないこうでもないと議論を続けている。
にも分からない、となるとやはり伊東さんが持ち込んだもので間違いないかと」
「だな。ってことはこいつで何かを企んでるのかもしれねえ」
「もしや武器か何かでしょうか?」
「ああ。俺たちが知らねえとっときの武器かも知れねえな」
 どんな武器だよとは心の中で突っ込む。
 彼らはそれに何を期待しているのか分からないが、それに出来るのはただ一つ。女の胸を支える事だけだ。そんな物騒なものじゃない。だからそう力一杯握りしめるのは止めてくれと。
「そういば副長。これは二つあります」
 これと斎藤がカップの部分を指差す。
「つまり、二つあるものに使用するものでは?」
 着眼点は悪くない。流石土方に重宝されるだけはある。
「二つって事は、耳当てか?」
「っ!?」
 ぎゃあと声を上げそうになった。土方がそれを躊躇うことなく耳に当てようとしたからだ。まあそんな長さもないので、結局は頭に被るという状態になるのだが、あの色男が変態よろしく頭にそれを被る様はなんとも情けないやら、恥ずかしいやら。しかもそれが自分のではは半泣きで、もうやめてくれと懇願したくなる。
 きっと彼女がここに来るまでもこうして用途に関しての相談をしていたのだろう。まさか肩ひもを通されかけた等という事は露知らず。見ていたらその場では悲鳴を上げていたに違いない。もうこんな事ならばいっそ白状してしまおうか。それは自分のものだと。それは未来の――自分の下着なのだと。
 その後の気まずい空気を考えればもっと早くに言って置いた方がいい気がしなくもないが、今更悔いた所で遅い。はやけくそ気味にあの、と声を上げた。
「ああそうか、こうやって使うもんなのか!」
 分かったぞ、と土方が勝ち誇ったような声を上げてそれをこれまた躊躇いもなく目元へと宛った瞬間、

「〜〜〜〜〜っ!?」

 鬼の副長が目にブラジャーを押し当てるなんぞという光景を目にしたは声にならない声を上げて、ついでに手も振り上げるのだった。

 ぱしん、びたーんという音が、青空に響き渡った。



「あはははは! 土方さんどうしたんですか? 色男がほっぺたに紅葉の跡なんか着けて」
「うるせぇ!!」
「うわぁ!? 一君、どうしたんだよ、そのほっぺた!! 真っ赤だぞ!!」
「…………」