夢を見た。
  そこはなんだかおかしな世界だった。
  いつもの俺のよく知る連中なのに、そいつらはなんだか時代錯誤も良いところで着物姿に、腰には刀を差していた。
  おいおい、時代劇の真似事か?
  なんて聞いたら、みんなが不思議な顔をして、笑った。
  「土方さん、もう酔っ払ってんのか?」
  なんて赤ら顔新八が囃し立てる。
  馬鹿言え、俺は酔ってなんかいねえよ。おかしいのはおまえだろうがと言えば、総司がくつくつと意地の悪い笑みを浮か
  べて、
  「お猪口三杯で酔えるって羨ましいですよね。安上がりで」
  なんて言いやがった。
  勿論総司の手にも盃がにぎられていて、そいつは躊躇うことなくくいとその中の液体を煽る。
  当然、酒だ。
  おいこら、未成年。
  よくも教師の前で酒なんか飲めるもんだな?
  いや、よく見りゃ総司だけじゃねえ、平助だって酒を飲んでる。
  おまえら何を考えて‥‥
  「まあまあ、土方さん。たまにゃ良いじゃねえか」
  酒を奪おうとする俺を宥めるのは原田だった。
  原田の言葉にそうですね、とやんわりと応じたのは山南さんだ。
  「こうして酒を酌み交わすのは久しぶりですし‥‥」
  久しぶり?
  いやいや、俺は総司や平助と酒を飲んだ覚えはねえぞ。
  っていうか、未成年に酒を飲ませて平気な顔してていいのかよ、山南さん。
  近藤さんも‥‥
  「トシ、今日だけだよ」

  そう告げる近藤さんは、目元をそっと、優しく細める。
  今日だけだ‥‥という言葉に寂しげな響きを感じて、俺は思わず口を閉じた。
  近藤さんは盃を掲げたまま、ぐるりと一同を見回した。

  「もうきっと、二度と会うことはないんだからな‥‥」

  なんて不吉な言葉を吐くんだ。
  二度と会うことがないなんて、そんなのありえねえじゃねえか。
  明日だって、学校に行ったらあんたらに会えるんじゃねえのか?
  いつも通りにまた‥‥会えるんじゃねえのかよ?

  「それは、もう、出来ないんだ」

  そんな俺に、近藤さんは悪いなと笑って、告げた。

  もう、
  こうして二度と会うことは出来ない。

  どういうことだよ!?

  俺の声が上がるよりも前に、まるで、その言葉を遮るように強い風が吹き付けた。
  ざああと、
  全てを飲み込み、吹き飛ばすかのような風が。

  ‥‥っ!?

  そうして再び訪れた静寂に目を開けば。
  そこには何もなかった。
  誰もいなかった。
  さっきまで確かにいた、そいつらの姿は忽然と消えていた。
  まるで、
  まるで、
  最初から誰もいなかったかのように。

  みんなが、一瞬にして消えた。
  いなくなった。

  いや、
  違う。

  消えたんじゃない。
  俺が、
  あいつらについて行けなかっただけ。
  置いて行かれただけなんだ。
  俺、一人が。
  消えることを許されず、
  一人、
  世界に残された。

  置いて行かれた。
  みんなに置いて行かれたんだ。

  待てよ。
  俺も連れて行ってくれよ。
  あんたらと一緒に、
  俺も、
  連れて行ってくれよ。
  ただ一人で残されるなんていやだ。
  俺も、
  俺も一緒に、

  一人残していくんじゃねえよ!!


  「歳三さん」


  置いて行かないでくれ。
  そう、叫び、伸ばした俺の手に、誰かの手が重なる。
  瞳を開ければあまりのまぶしさに、目がくらんだ。
  手で庇を作って見上げれば、俺を覗き込む誰かの姿がある。
  「だいじょうぶ」
  見上げればぶつかる双眸が、そっと、優しく細められた。
  慈しむような深い愛情を湛えた瞳が、俺をじっと見つめて、優しく笑った。
  「私は、ずっとあなたの傍にいる」
  きゅっと。
  俺の手に重なる小さなその手が、俺の手を強く掴んでくれた。
  まるで、
  自分がいると、
  一人ではないと、
  教えるみたいに。

  強く、そして、暖かく、小さな手は俺の手を包んだ。

  「私は、あなたの傍にいる。」

  そいつは、
  優しく告げた。

  何があっても。
  どんなことがあっても。
  例えばこの先、互いの命が尽きたとしても。

  「きっと私は‥‥あなたを見つけ出すから。」

  そうしてまた、
  こうして手を繋ぎ続けるから。

  そう、
  俺に教えてくれたその人は、
  とてもとても、
  綺麗な琥珀色の瞳をしていた。

  まるで、
  あいつみたいな――



  「ひじかたさん?」

  唐突に、意識が浮上する。
  呼びかけに瞳を開くと、先ほどとは違うまぶしさに俺は呻いた。
  そして同じように庇を作って声のする方を見上げる。
  そうすれば飛び込んでくるのは優しい飴色だった。
  「‥‥?」
  呼びかける自分の声が掠れている。
  まるっきり寝起きの、寝ぼけたような声だ。
  それには一瞬驚いたような顔になって、すぐに、笑った。
  寝起きの俺を気遣ってだろう。
  小さく、控えめに。
  「起こしてごめんなさい。その‥‥魘されてたみたいだから‥‥」
  「‥‥そう‥‥か‥‥」
  魘されてた、そう言われてそういえば俺は夢を見ていたんだったと思いだした。
  そう、なんか不思議な夢だった。
  悪夢とは思えねえような内容だった。
  ただ、みんなが時代劇みてえな格好で、総司と平助が酒を飲んでて‥‥

  突然みんなが消えた。

  「‥‥」
  そいつは悪夢だったかもしれない。
  みんなが忽然と、俺の目の前から消えちまったのは。
  悪夢というか、とても寂しい夢。
  俺はガキみてえに置いて行かないでくれって、叫んでたんだっけな?
  追いすがって‥‥俺も一緒に連れてってくれって‥‥
  もし、寝言でそんなことを言ってたら俺は恥ずかしくて死ねそうだ。
  「俺、何か言ってたか?」
  がしがしと髪をかき回しながら訊ねればはいいえと即答した。
  即答したあたりが‥‥嘘くせえ。
  恐らく、何か俺に言えねえような寝言を口にしていたんだろう。
  ああくそ、とんでもねえ醜態晒しちまった。
  「‥‥頼むから‥‥」
  それ、忘れてくれ。
  俺は、そう言いかけてふと、

  「‥‥」

  右手に温もりを感じて顔を上げた。
  見れば俺の右手には、そいつの手が重なっていた。
  そいつ、の小さな手が。
  まるで‥‥まるで夢の中で誰かが俺の手を握ってくれたのと同じように。
  俺の手を取って、
  温もりを与えてくれていた。

  「あ、ごめんなさい」
  驚いた顔で繋いだ手を見つめれば、は謝った。
  「その‥‥ちょっと手を繋ぎたい気分で‥‥」
  苦し紛れの言い訳だっていうのは、分かる。
  だってその手はどう見ても、から握ったっていうよりは、明らかに、俺の方が掴んでいるようだったから。
  そう、孤独を恐れて何かに縋ったあの夢と同じに。
  俺の方から伸ばして、そいつの手に縋り付いたんだ。

  「ごめんなさい‥‥その、迷惑でしたよね」
  無言の俺に、は慌てたように言って手を離そうとする。
  「離すな」
  それを、今度ははっきりとした自分の意志で掴んで、その小さな手に自分の手をしっかりと重ねた。
  不思議な事に、夢で感じたその手と、の手の感触はそっくりだった。
  そっくりなのは‥‥俺が夢を見ながらの手を掴んでいたからなのかもしれない。
  でも、なんだか夢の中で俺の手を掴んでくれたその人も、こんな風に小さくて、細い手をしていたんじゃないか、と思う。
  だって、
  「土方さん?」
  そっと見上げればぶつかるのは澄んだ琥珀。
  優しくて、きらきらと輝くそれは、唯一無二の俺が愛しいと思うものだ。
  でも、
  その瞳と夢の中で見た、あの瞳が重なる。

  『歳三さん』

  そう、俺を呼んだ優しい声も。
  ああ、そういえば、
  そいつも、
  優しい飴色をしていた気がする。
  目覚める直前だったから、俺はとそいつを混同しちまったのかもしれない。
  でも、
  でも、
  夢の中で俺の手を取ってくれたあいつも、
  同じような飴色で、
  琥珀の瞳をしていた気がするんだ。

  だって、
  だって、

  彼女は言ってくれたじゃないか。

  私はあなたの傍にいる――と。

  何があっても、
  どんな事があっても、
  傍にいると。
  この先、例えば互いの命が尽きてしまったとしても。
  きっと見つけ出すからって。
  そう、
  見つけ出して、
  傍に――

  ふ わ り

  と優しい風が不意に吹き付ける。
  桜の香りがした。
  暖かな春の香りがした。
  五月に桜なんて咲いちゃいねえ。
  だから、そんなのはありえねえはずだった。
  でも、確かに桜の香りがした。
  それは‥‥ひどく懐かしくて、優しい香りだった。

  瞬間、脳裏に浮かぶのは満開の桜と‥‥優しい日差し。
  そして、
  穏やかな表情で自分を見つめる、
  彼女の、姿――

  ああ、そうか。
  これは前世というやつなのかもしれない。
  前世の記憶なんて、そんなものあり得ないと俺は思っていた。
  だって輪廻転生をしたとしても魂の記憶なんて、残っているはずもない。
  だから‥‥前世なんて、あったとしても覚えているわけがないのだと。

  でも、
  これはきっと、
  前世。

  自分とは違う、別の自分の記憶。

  その自分が‥‥どんな事をしていて、どんな人間だったかは、分からない。
  でも恐らく、

  「土方さん」

  その時の自分の傍には、
  彼女がいたのだろう。
  が傍にいて、
  こうして、
  手を繋いでいてくれたんだろう。

  だって、
  彼女は約束してくれたんだから。

  傍にいると。
  どんなことがあっても。
  傍に居続けると。

  「約束‥‥守ってくれたんだな」
  小さな俺の言葉に、は不思議そうな顔をした。
  俺の言いたい事が分からないと言いたげに。
  「土方さん何を‥‥?」
  訊ねる言葉は、途中でかちりと聞こえた音にかき消される。
  妙に大きなその音は、時計の針が丁度12時を指した音だった。
  はそれを見るとそっと目を細めて囁くようにこう言った。

  「誕生日、おめでとうございます」

  今日は、5月5日。
  俺の誕生日だった‥‥と今更のように思い出す。
  この年になって誕生日なんてめでたくもない。
  でも、はそれはさも素晴らしい事とでも言いたげに、心底嬉しそうにおめでとうと口にした。
  そうして、

  「生まれてきてくれて‥‥ありがとうございます。」

  はこう告げた。

  「私ともう一度、出会ってくれて‥‥ありがとう‥‥」


  あの約束はやっぱり、夢なんかじゃ‥‥ない。


 永遠に続く約束



  土方さんハピバ話(現代Ver)
  今年は誕生日話をどう書こうかと考えてい
  て浮かんだ話です。
  初・転生話です。
  きっと最期の瞬間までは土方さんの傍
  に寄り添い続けたんだと思います。
  そして死んだ後も、彼と再び巡り会う為だ
  けに、は必死に生きようとします。
  それが約束だからであり、それをの魂
  が望んでいるからです。
  きっと‥‥離れられない運命なんでしょう。
  だからきっと、は彼の誕生日というもの
  をとても神聖なものと感じているんです。


  2011.5.5 三剣 蛍