お隣に、土方歳三という10歳年下の男の子が住んでいる。
 母親同士が親友という事で、毎日入り浸っていたせいだろうか……私と土方姉弟は本当の家族のように、仲が良い。
 こと、一人っ子である私にとって唯一の年下であるトシは特別で、本当の姉以上に姉馬鹿っぷりを披露しているという現状だ。
 だってね、トシってば本当に可愛いんだよ。小さい頃にご両親が亡くなってからはのぶ姉は構ってあげる事が出来なくて、私がお姉ちゃん代わりだったから、事ある毎に「」って私に泣きついてきて、
「泣きついてねえ、勝手に過去を捏造すんな」
 おっと物言いが入ったのでこの辺にしておこう。とにかくトシは私の可愛い弟。
 そんなトシが、今年高校生になった。
 高校生にもなると、下手に大人になるというか……異性にめっちゃ興味がある年頃。ぶっちゃけ、やりたいお年頃ってやつ。
 トシは草食系じゃなく、肉食系だと睨んでいる。ただ、やれれば何でも良いって程飢えているわけではない。
 それでもいつかは好きな女の子が出来たらそういう事をするんだろう。
 お姉ちゃんとしては大人の階段を上ってしまうのがちょっと悲しい。
 だけど、私はトシのお姉ちゃんだ。
 だからどれだけ弟には染まって欲しくなくても、弟の成長というのを悦んであげなければいけないわけで、

「いい、トシ。避妊だけはしっかりするんだよ」
「てめえは何の心配してんだ」

 真剣な顔でそう言い放つと、教科書から顔を上げたトシに思いっきり顰めっ面で返された。
 ああ、しまった。タイミングが悪かった。
 勉強の合間にする会話じゃないな。
 でも、口から出てしまったからには仕方ない。
「何って、トシの初体験の心配」
「……おまえ、頭大丈夫か?」
「おうよ、今日もフル回転!」
「思いっきり変な方にな」
 馬鹿馬鹿しいと言いたげにトシは溜息を吐いて、また視線を手元に落とした。
 勉強の続きをするみたいだ。
 それを姉である私は邪魔してはいけないんだけど、だけど馬鹿馬鹿しいと一蹴されてしまうわけにはいかなくて、
「これも大事な事なんだから!」
 私は注意を引くべく大きな声を上げる。
「保健体育じゃ教えてくれない、大事な事なんだよ」
 授業で教えてくれるのなんて、せいぜい身体の造りくらいだろう。女子は生理とか妊娠の事を教えてもらうんだけど、男子は生憎と分からない。多分、同じような感じなんだろうけど、身体の造りを教わったって何の役にも立たない。
 大事なのは性行為のなんたるか、だ。
 勿論性交渉をした結果がどうなるかというのを特に彼らには教えて、軽い気持ちでセックスすべきじゃないと教えるべきだが、それと同時にセックスとは何をどうするのかと言うのも教えてあげなければならない。
 いきなり突っ込んで女の子にトラウマを植え付けるなんて、あってはいけない。
 何事にも準備が必要なのだ。
 そう力説すればトシはもう一度溜息を漏らして、やっぱり馬鹿馬鹿しいと吐き捨てた。
「んなもん、言われなくても分かってる」
「分かってるって、誰かに教えて貰ったの? まさか、所謂高校生のバイブルってやつで勉強したの!?」
 いや、私たちの可愛いトシがそんなものを読んでるなんて信じられない!
「ど、何処に隠してんの!? そうか、ベッドの下!」
「隠してねえよ!!」
「じゃあ、本棚の裏か!?」
「だから隠してねえ! 家捜しすんじゃねえよ!!」
 早急に回収すべく隠せそうな場所を漁る私を、トシは怒鳴りながら止める。
 部屋に隠してない、だと。
 それはつまりあれか、学校に置いてるって事か!
 あぁあああ、トシが悪い友達に染められていく!!
「私、明日学校についていく!」
「学校にもねえよ! ついてくんな!!」
「でも!」
「ああもう、良いから俺はそんなもん持ってねえし、読んでもいねえ!」
 分かったら勉強させろとトシは言って、どさりと乱暴に腰を下ろす。
 ちょっと不機嫌なのか、かりかりと走るシャーペンの音は早い。
 出ていけとは言わないけど、話しかけるなオーラは尋常ではない。
 ごめん、分かってるんだ。明日から試験だよね。
 勉強の邪魔すんなって言いたいの分かってるの。でもね、
「心配なんだよぅ」
 小さくぽつんと呟いた言葉が、かりかりという音の合間に落ちる。
 そういえば人は怒っている時にかりかりすると言うけれど、それってどうしてなんだろう?
 やっぱりトシみたいに怒って無言でペンを走らせてる人の様子から出来たのかな、なんて下らない事を考えていると、いつの間にかそのイライラしたペンの音が止まっていて、
「おまえが、手ほどきしてくれるってのか?」
 ちょっとだけ優しくなった声が聞こえて、私は顔を上げる。
 そうするとトシはまだ呆れたような顔をしていたけど、その顔を仕方ないなぁって感じに歪めて、こちらを見てくれている。
 話をちゃんと聞いてくれるんだ。
 そう思うと私は嬉しくて、思わず満面の笑みで頷いていた。
「うん、私が教える!」
 トシがその時になって困らないように、私がしっかりと教えてあげる。

「そう、か」
 その時何故か、トシの口元が歪な形になったけど……きっと気のせい。



「まずは、雰囲気作りからね」
 物事というのは案外、雰囲気で何とでもなる事がある。
 イライラしていても和む雰囲気だったら気持ちが穏やかになるし、自分が楽しくても悲しい雰囲気の場所に行けば気持ちは落ち込むもの。
「だからって眼鏡を掛けても、ただの変態だぞ」
「先生の話は黙って聞いてください!」
 ツッコミにそこ煩いとびしっと指を突きつける。
 自分がしがないOLだってのは分かってるよ。でも、ここは雰囲気が大事だって言ったじゃない。
 雰囲気一つでどうにかなる事もあるって。
 だからスーツに眼鏡で、指示棒でも振り回せばなんとか見えてくるようになるんだって。
「とにかく、女の子に「したい」って雰囲気を作る事が大事」
「したいって雰囲気ってどうやって作るんだよ」
「私は、相手の目を見て好きだって思う事で十分だと思う」
 むしろそれが一番効果的だ。
 部屋で二人きり、言葉もなく、ただ好きって気持ちを身体全部で訴えればそういう雰囲気になるはず。
 特にトシみたいな綺麗な男の子に見つめられて、コロッと来ない女の子は……いない。絶対。
 好きで好きで堪らないんだって気持ちをぶつけられて、全く脈がなければ通用しないだろうけれど、少しでも気持ちがあれば、多分そのまま雪崩れ込めるに違いない。
 ぶっちゃけセックスなんてのはその場の雰囲気で流されて……なんて事は結構ザラだったりする。
「おまえもそういう経験、あんのか?」
「雰囲気というのは人を変えてしまうものなのだよ」
 質問にそうはぐらかしたら、トシが思いっきり睨み付けてきた。
 射殺されそうな迫力だ。
「と、とにかく、雰囲気作りからね」
「……」
「それでいい感じになったら、キスから入る事」
 突然押し倒す、では女の子は怯えてしまう。
 だから、雰囲気が出来上がったらキスだ。
 私はキスというのはスイッチを切り替えるための重要な役割をしていると思う。
 そういう雰囲気にはなったけど、まだ怖いって人もキスで気持ちが解れる事がある。
 それにキスを繰り返していくと自然とお互いの気持ちが近くなって、高ぶって、気が付くと欲しくて堪らないって事になっているわけで、
「トシ、キスの経験は?」
 訊ねるとトシは面食らったような顔になった。
 それから視線を一度気まずそうに外して、
「まあ、それなりに」
 と答える。
 そうか、ファーストキスはもう済ませてしまったのか……お姉ちゃんちょっとショック。
 でも、トシがしたいと思ったんだから仕方ない。
 はっ!? その時、ちゃんと出来たのかな!? 失敗とかしなかったのかな!?
「……安心しろ。歯なんざぶつけるようなみっともねえ事はしてねえから」
 私の頭の中を読んだのか、トシが私よりも先に口を開く。
 失敗しないで良かった。
「ああでも、ひとつ質問良いか?」
「はい、土方君、どうぞ」
 指示棒で指して先生みたいな口調で言うと、トシは少し呆れたような顔で笑った。
「キスの時、どのタイミングで目を閉じるのかいつも迷う」
「それは良い質問だね」
 良い質問だけど、難しい質問だ。
 何故ならこれという正解がないから。そもそもこれから話す事に正解なんぞほとんどないんだろうけれど。
「あんまり早いとぶつけるし、遅いと恥ずかしいよね。だから、私はこの位の距離で瞑るようにしてる」
 このくらい、と手で距離感を示す。
 15センチくらいだろうか? ちょっと空きすぎ?
「それじゃわかんねえだろ」
 漠然と手で距離だけを示されても分からないと言うトシの意見はごもっともだ。
 それじゃあと私はトシの傍に腰を下ろして、実践で示す。
「これくらい、」
 と顔を近付けて、私は困ってしまった。
 なんていうか、照れるんだ、これ。
 いくらそのつもりがないにしても、至近距離でっていうのは……やっぱり照れるっていうか。
 やっぱり綺麗だなトシの顔、なんてしみじみと思う余裕は私にはない。
 だってトシってばこっちをじっと真剣な眼差しで見るもんだから、ドキドキしちゃうじゃないか!
「なるほど、このくらいの距離ね」
「そ、そう」
 分かってもらえて良かったと顔を離そうとすると、今度はトシの方から顔を寄せてきて、思わずぎょっとする。
「もう一個、教えてくれよ」
「な、なに?」
 上擦ってしまいそうな声を、私は必死で押し留めた。
 決してそんなつもりはないんだろうし、私たちは姉弟だ。本当のではないけど。
 そんな相手にそんな事しないし、トシだってそのつもりがあるわけがない。それでもどきりとするのはやっぱりトシが色っぽいからだ、そうに違いない。
 全く高校生の癖に大人を翻弄するとはけしからん。
 そんな悪い高校生は、私を間近で見つめたまま、こう告げる。
「舌入れた時、巧く絡める事が出来ねえんだけど」
「し、舌ぁあ!?」
 思わず大声を上げると「声がでかい」とトシに怒られた。
 ノブ姉は仕事に出てるから家には二人だけだけど、あまり大声を上げるとご近所さん迷惑だ。こいつは失礼。
「……し、舌って、トシ! あんた高校生のうちからなんちゅうキスしてんの!?」
 大きな声を出してはいけないと思うのと、内容があんまりなものなので思わず小声になる。至近距離にいるのに、だ。
「高校生の癖にって、普通だろ、んなもん」
「普通じゃありません!」
 しれっと答える彼に、私はぶんぶんと頭を振って否定を表す。
 少なくとも私は高校の時にはしなかった。そういうのは。
「じゃあ、時代のせいってやつで」
「時代のせいにするな!」
「で、どうすんだよ?」
 ど、どうするって……
 私は戸惑ってしまう。
 いや別にした事ないから分からないってわけじゃないんだけど、語れるほど経験をしてるわけではない。それにぶっちゃけ、あんまり舌を入れるキスは好きじゃないんだ。なんていうか、気持ち悪いって思ってしまうから。
 だから聞かれても困るんだけど、だからといって答えないと「やった事ねえのか?」なんて言われそうでそれは年上としての矜持が……
「え、っと、だから、こう、きゅって感じで」
 自分の乏しい経験を思い出してみたけど、巧い説明が出来ない。
「きゅって感じってなんだよ」
「だ、だから、こう、ほら、男の子の方から絡んであげて、」
「絡んでやって?」
「ちょ、ちょっと吸ったり」
「吸ったり?」
「か、んだり?」
 駄目だ、自分で言って分からなくなってきた。
 とにかくあれだ、そういうキスは何度も何度もやる内に上手になる! そう、だから経験あるのみ! 色々やってみてそれで一番いい方法ってのを、だね。
「じゃあ、早速やってみねえとな」
 そうだね、やってみるのが一番……
「って、ちょ!?」
 引き攣りまくった笑顔でこの話題を終わらせようとした私は、次の瞬間慌てた声を上げて後ろに身体を退いた。
 けれど不思議な事にトシとの距離は開かない。何故かっていうと、あれだ、私が距離を取る分トシが詰めるから。
 原理は分かってるけど、その意味が分からないよ。
「なんで顔近付けてくんの!?」
 内緒話だからといっても、あんまり近いと事故でキスしちゃうじゃないか。
 いくら仲のよい姉弟だからってこの年齢でキスはアウトだ。
 別に私耳が遠いわけでもないんで離れても聞こえるって、とそう言おうとしたらトシにこんな事を言われた。
「だから、早速やってみようと思って」
 はい?
 早速、やってみよう?
 やってみるって、今の流れだとあれですよね……キス。
 やってみるって事はここにいるのは私だけなわけで、それって、もしかして、
「………私と?」
「他に誰もいねえだろ」

 一瞬頭ん中が真っ白になって、次の瞬間、弾けた。

「ななななな、なんでそうなるの!?」
 いやいやおかしいでしょ、それは。
 なんで私!? いや、私しかいないってのは分かるけど、だけどなんで!?
 いやまあ、だからといって他の女の子に練習でさせてくれってのも駄目だと思うけど! でも、私だから練習台にして良いってわけじゃない! いやむしろ、私だから練習台は駄目だろ!
「犯罪にゃならねえから大丈夫だ」
「いやまあ、そうだけど……」
 確かに私たちは血が繋がっていないから犯罪にはならないけど、でも、
「って、ちょ、トシ!」
 悩んでいる隙にまた距離を縮められる。
 気が付くと本当に目の前にトシの顔があって、悪戯っぽく笑うその様が壮絶に色っぽくて、目が、離せない。
「手ほどきしてくれんだろ?」
 俺の為に、なんて狡い言葉を、笑みを含んだ声で囁かれる。
 駄目だなんて言えるわけがない。
 だって私は、トシには――甘い。
「わ、わかった」
 可愛い可愛い弟の為だ。
 唇を一度奪われるくらい、なんだ。
 そう頭の中では思っても、冷静に受け止められるほど私は割り切れていない。
 ぎゅっと力一杯目を閉じて「どうぞ」と震える声で言えば、一つふっと笑みが聞こえて、それから、
「っ」
 ふわと唇に触れた。
 うわわ、トシの唇だ。
 それは思ったよりも柔らかくて、暖かくて……私が今まで触れてきたどれよりも、何故か愛おしく感じるものだった。
 でも、そのどれよりもドキドキさせられて、心臓が壊れてしまいそう。
「……ぁっ」
 合わせた唇が緩く動く。
 まるで擽るみたいな動きに固く閉ざしていた唇は解かれて、気が付くと薄らと開いた隙間から濡れたそれを差し込まれていた。
 滑り込んだのは勿論トシの舌だ。
 思ったよりも、熱くて、大きい。
 それは迷うことなく私の舌に突撃してきて、そして、
「んっ、ふっ」
 絡みついてくる。
 トシは言った。
 舌を巧く絡められないって。
 でも、絡みつくその動きには迷いはないし、なにより、
「っん、んっ」
 巧かった。
 ただ無闇に絡めるだけのキスじゃなかった。
 強く吸われたかと思ったら、舌裏を擽るように愛撫されて、それが気持ちよくてもっとと強請れば甘く歯で噛まれて、その刺激に腰の奥が痺れる。
 じわりと広がった痺れに怯えて舌を戻せば舌先でくすぐりあうみたいに撫でられて、気付けばまた舌を捕らえられて、
「ッン……ぁ、ふ」
 気付けば私はトシの腕にしがみついて、彼のキスに溺れていた。
 もっともっとと自分から口を開いて、顔の角度を自ら変えて、奥までくれとせがんだ。
 ちゅく、と卑猥な音を立てて何度も舌が絡み合う。
 唾液が顎に伝い落ちるほどに、互いのそれを交換してもまだ足りない。
 舌先が痺れて、私の思考が痺れて、
 身体の奥が我慢できないくらいに疼いて、
、」
 その時、トシが唇を離した。
 唐突に気持ちいい事を止められて、私の唇から漏れたのは不満げな声。
 思わず睨むように彼を見れば、歪む視界の中で悪戯っぽく笑っていた。
「キスはこれくらいで良い」
 勉強になった、その言葉で一瞬にして……我に返る。
 はっとして私は次の瞬間にやって来た猛烈な恥ずかしさと後ろめたさで顔が真っ赤になるのを止められず、
「え、あ、そうだね」
 なんて俯く事しか出来ない。
 顔から火が出そうな状況とはこういう事を指すんだろう。
 死ぬほど恥ずかしかった。
 私はトシに手ほどきをする為にキスしたんだよ。
 それに相手はトシだよ! 弟にその気になるとか、どんだけ私飢えてんのって感じじゃん!
「え、えと、これで大体分かったかな?」
 動揺しまくる心を落ち着けようと一度、深く息を吸い、吐く。
 それから顔はまだ上げずに、もう大丈夫かなと訊ねれば、ふっと髪の毛が揺れた。
「ここからが大事な所じゃねえか」
「え?」
 近いところから聞こえる声に思わずと顔を上げる。
 鼻先が触れてしまいそうなほどの近くにトシの顔があって、
「と、トシっ!?」
 それだけじゃなく、彼の手が私の太股を撫でていて、喉の奥で声が弾ける。
 その手つきがただ甘えて触れているんじゃないって事は私にも分かった。トシの手には、性的な意図が込められていた。
 私が許せばその手をスカートの下に滑らせて、身体の奥に触れてくるんだろう。
「と、トシ! も、物事には順序があるってさっき言ったじゃない!」
 そこは最後だ! って私何言ってんだ!!
 違うそうじゃなくて! ああもう何がなんだか分かんなくなってきた!
「そんじゃあ、どこから触るべきだ?」
「え、え?」
 パニックのあまりに出た言葉に、トシは冷静に訊ねてくる。
 どこから触るべきって、何? どゆこと?
 まん丸く目を見開くと彼は口元に笑みを浮かべたまま、太股から手を離してその手を上へと滑らせて、
「っ!」
「ここからか?」
 大きな手で、私の胸を包んだ。
 瞬間、どきんっと手のひらの中で鼓動が跳ねたのをトシは感じただろう。
 そしてその反応に、トシの笑みがますます深いものになった。
 彼は言った。

「おまえが言いだした事だ」

 自分が言いだした事なのだと。
 だから、

「最後まで、責任持って、俺に手ほどきしろよ」

 口元に浮かんだ笑みは、やっぱり悪魔のそれだった。



 一体全体、なんでこんな事になったんだっけ?
 ああそうか、私がトシに言ったのが始まりだ。
 トシが恥を掻かないように私が教えてあげるって言ったんだっけ。
 それは間違った事じゃないはず。

 どこから間違ってた?
 私は何を間違えた?

 見たいと言うから服を脱いだのがいけなかったか、触って確かめたいって言うから好きにさせたのがいけなかったか。
 どこを触ったら感じるのか、どうやって触れたら悦ぶのか、教えてくれ、確かめさせてくれ、なんて言われて気付いたら私の身体はトシに暴かれて、あちこちを触られて、舐められて、噛まれて、
 声を我慢したらそれじゃどこが良いのか分からないって言われて、私は仕方ないから引き結んだ唇を解いて、
 それから、それから、気付いたら私の頭の中は真っ白に、快感で塗り潰されて、何がなんだか分からない状態。
 何がどうして、こうなったか。
 あまり詳細には覚えていないけど、何かが間違っているのだけは分かる。
 何を間違えた?
 何処で間違えた?

 狂い始めたのは、キスをしてしまった所からか。
 思えばあそこからおかしかった。何かが変だった。
 いや、もしかしたらトシにこんな事を教えるとか偉そうに言ったのがいけなかったのだろうか。

「もっと前だよ」

 その声と共に、ずくりと下半身を言いしれぬ圧迫感と快感が襲う。
 瞬間、私は身体を仰け反らせ、甲高い声を上げてカーペットをぎゅうと握りしめた。
 世界が一瞬遮断されたのは私が飛んでいたせいだろう。
 白く頭の中と目の前が塗り潰されて、戻ってくると、歪んだ視界いっぱいにトシの顔があって、
「おまえが間違ったのは、ずっと前だ」
 にやりと意地悪くトシが笑った。
 そうして、
「あ、だめっ…ぁあっ!」
 ずると中を無理矢理引きずり出される感覚に、じりりと焼け付くような強い快感に私は仰け反る。
 待ってくれとその背にしがみついて訴えるけど、トシは聞かない。
 抱きついた事で浮いた背中に手を差し込んで、また腰を押しつけられて身体が跳ねた。
 身体の奥に私の物じゃないそれを感じる。
 それは、トシだ。
 トシの……性器。
 大きくて、熱くて、私を中から壊してしまいそうな凶暴なもの。
 それが私の中を、我が物顔で行き来しているのだ。

「こ、こんなの、駄目っ」

 間違ってる。
 こんなの、トシの為の勉強じゃない。
 これはただのセックスだ。
 男女が、互いを求めて行う行為だ。
 こんな事、私たちがしてはいけない。
「なん、で、駄目なんだ?」
 駄目と言うのに、トシは腰を動かすのを止めない。
 いや、私が駄目と言う分だけ、トシの動きは激しくなり、私は追いつめられていく。
 身体の奥から弾けそうになる快感に、溺れてしまいそうになる。
 でも、駄目。流されてはいけない。
「だ、だって、私たちっ」
 私たちはこんな事をしていい関係ではない。
 私たちは、姉弟だ。
 だから、

「俺は昔から、おまえを姉貴だなんて思った事はねえよ」

 私の言葉を遮るのはやけに強い、トシの声だ。
「っ」
 私の事を姉だと思った事はない。それは事実だけど、その言葉に少なからず私はショックを受ける。
 確かに血は繋がらないけど、それでも私はトシを本当の弟だって思ってたのに。
 でも、トシは私の事姉だなんて思ってなくて、
 そう思ったら悲しくて、涙が溢れてきた。
 私が勝手にそう思っていた事なんだから、トシに押しつけるべきじゃない。分かってはいても涙が止まらなくて、ぼろぼろと伝い落ちるそれを両手で隠せばトシが「ばーか」と私にそんな言葉を投げつけてくる。
 酷い、馬鹿だけど、それはあんまりだ。
 悲しさに今度は怒りが込み上げてきて、ぎろっと睨み付ける。
 だけど、トシは、
 私を馬鹿にした風に見ていたわけじゃなかった。
 彼は困ったような顔で、でも私を真剣に見つめて、

「俺にとっちゃ、昔からおまえは大事な女だった」
「……え」
 トシは言った。
 私を愛おしげに見つめて、流れる涙を優しく拭いながら、
「俺が唯一、愛した女だった」
 言ってくれた。

 姉ではない。
 家族ではない。
 でも、それよりもずっとずっと大切で、掛け替えのない存在だって。

 そう言ったトシは、弟の顔なんてしていなかった。
 一人の男の子、いや、立派な男の人の顔をしていた。
 ただ、愛する人を一心に想う、男の人だ。
 そして、その彼が想うのは……私。

「――」
 どきっと胸が高鳴る。
 そんな事を言われても正直ピンと来ないし、私にはやっぱり弟なんだけど、それでもそんな風に想いをぶつけられて、私の胸はどきりと高鳴った。まるで、恋でもしているみたいにだ。
 違う。私は、トシのお姉ちゃんだ。
 だから、弟に恋なんてそんなの。
「するんだよ」
「え、ひゃっ!」
 トシはにやりと笑うと、ぐいと私の背を引き起こして胡座を掻いた自らの上に座らせる。
 上に乗った事でずぐんと奥まで届いて、私はその大きさと熱さと、それ以上の快感に悲鳴を上げた。
「や、やだ…ぁっ、あぁ」
「これから、俺に恋をするんだよ」
「んっ、駄目、奥、あつっ…」
「元々、俺の事は好きなんだろうから……早えだろ?」
 なあ、なんて色っぽい声で言って首に吸い付かれる。
 ちゅちゅ、と音を立てられて肌を吸われて、恥ずかしいけど悪くないのはその行為がどことなく甘えられているように感じるからか。いや、甘えられてるとは言ってもしてる事はあれなんだけど。
「ふぁ…トシ、おっきっ」
「そりゃあ、もう高校生だからな」
 思わず零した言葉に、トシが嬉しそうに笑ったのが分かった。
 大きいとか言われて喜ぶとか、まるっきりガキじゃん! 中学生じゃん!
 そう言いたいのに、奥を嬲られて言葉にならない。
 駄目、このままだと。
「と、しっ、駄目、きちゃ…」
 我慢できない、そう訴えればトシはふっと柔らかく笑った。
 その顔はやっぱり……年下とは思えないくらいに大人びて見えて、やっぱり胸の奥がきゅうっと切なくなった私はもうとっくのとうに、彼に恋をしているのかもしれない。


「いつから」
 カーテンの隙間から、夜空が見えている。
 ふわふわと緩く入り込む風に同調するように、トシの手が私の髪を優しく撫でていた。
 年下の癖に私をあやそうというのか……でも、年下の彼に腕枕されている状態じゃもうどうしようもない。
 それが悪くないと思ってる私は、相当だろう。
 優しく撫でられて、程良い疲労感と言いしれぬ幸福感にそのまま眠りについてしまいたくなる。
 ノブ姉が帰ってくる前に家に戻らないといけないんだけど……なかなかトシが離してくれない。ううん、私が離れがたいんだ。トシともっとくっついていたい。
「ん?」
 不意にその顔を見ている内に疑問が浮かんで、私は口を開いた。
「いつから、こんな?」
 いつからトシは私にこんな気持ちを抱くようになったんだろう?
 私を姉としてじゃなく、一人の女として、その……こういういやらしい事を私にしたいだなんて思うようになったんだろう?
 純粋な問いにトシは薄らと笑った。
「知ってるか? 小学生でも勃起ってするんだぜ」
 それはどういう意味だと私が目を丸くすると、トシの笑みは苦いものになって、
「分からねえなら、良いよ」
 なんて言われて、その会話を強制的に終わらされる。
 え、小学生が、なに?
 小学生でも勃起する?
 それって、つまりは、

「小学生の時に、勃起しちゃうような事を考えてたって事ぉおお!?」

「おまえ、女だろ。そういう事でけえ声で言うんじゃねえよ」

 可愛い可愛い私たちの天使は、
 小学生の頃から、男だったようです。



  年下の男の子


  某歌を思い出すのは私だけか。
  多分土方さんは年下でもこんな
  風に「俺様」だと思うんだ。
  でもって子供の頃からでも変に
  大人だったりすると良いなと。
  ようはスケベだったらいいなと!