しゃらりと涼やかな音を立てながら、その人は部屋に一歩足を踏み入れた。

  美しく、豪奢な着物が柔らかく畳の上を滑る。
  その着物よりも数段美しい艶のある黒髪がその背に広がっていた。
  色白で、
  とんでもなく美形な顔をした花魁の姿に、一同は、一瞬、目を点にして凍り付き、
  しかし、

  「‥‥なんか文句があんのか‥‥」

  紅を差した唇から女のそれとは思えない低いそれが漏らしたその人が、不機嫌そうに紫紺の瞳を細めた瞬間、

  「ぎゃっははははははは!!」

  堪えきれずに藤堂と永倉が爆笑した。

  あいつら今日こそ死ぬな――

  鬼の副長を笑った命知らずな二人に、は心の中でただそっと呟いて合掌するのだった。



  彼が花魁の姿をする羽目になったのは、沖田の提案からだった。

  「最近、桔梗ってばあちこちの男に閨の相手をしろって迫られてるらしいんですよ。」

  桔梗‥‥というのは、最近色町で噂になっている人気の花魁である。
  とにかく美しく、色っぽい花魁で、彼女を一目見てしまえば他の妓女など相手に出来ない‥‥というほど魅力的なのである。
  しかしながら彼女は身持ちが堅く、馴染みになれる客も少なければ、彼女と閨を共に出来た客もいない。
  花魁は身体を安売りしない‥‥とは言ったものの、あれほど魅力的な女性で在れば是非とも一夜でもいいから関係を結び
  たいのが男というものだ。

  それまでは柳に風‥‥という風に上手くあしらっていたものだが、ここ最近では客たちも我慢の限界というやつなのだろ
  うか?
  やたらめったらぎらついた目で、あるいは手で、桔梗に接するのである。
  最近ではさりげなく寝床に誘う客が増えているらしい。
  これも流してはいるけれどいつまで保つかは‥‥分からない。

  「本人は大丈夫だって言ってますけど、そろそろ手を打った方が良くないですか?」

  たかが花魁が困っている程度で動くほど、新選組は暇ではないし、お人好しでもない。
  恐らくその花魁が桔梗でなければ「放っておけ」と冷たく切り捨てたところだろうが、そうもいかない。
  何故ならこの桔梗と言う人の本来の肩書きは、新選組副長助勤。
  桔梗という源氏名を持つ彼女の本当の名は、

  『

  というのである。

  仲間というよりは家族というのが等しいだろうか。
  幼い頃より知っている幹部らは彼女を妹のように思っており、そんな可愛い妹を色町などに潜入させる事さえいい反応を
  しなかったのだが、どこの馬の骨とも分からない男に手込めにされるなど黙って見過ごすわけにはいかない。
  いくら任務と言えども‥‥大事な妹に傷を付けられては困る。
  特に、この男‥‥土方歳三にとってはその思いも一入だ。

  何故ならこのという女は彼の右腕でありながら、彼の女(すけ)でもあるのだから。

  「そうだな‥‥」
  険しい顔で頷く彼に、沖田はそれで、と人差し指を立ててこっそりと内緒話でもするように声を潜めた。

  「桔梗の代わりに暫く誰かを潜入させる‥‥ってのはどうかなぁと思うんです。」
  「まあ、それが妥当な気がするが‥‥」

  彼女を危険な目に遭わせない為には遠ざけるのが一番だが、情報が欲しいのも正直な所だ。
  となると代役が一番なのだが、

  「そいつは誰がやるんだ?」

  彼女の代わりなど、誰に勤められるというのだろう。
  この新選組には女は二人だけで、一人は、もう一人は千鶴という居候だ。
  しかし千鶴はの代わりを勤めるのは到底無理だろう。
  彼女はまだ子供だし、なにより男をあしらえるほど色事に慣れているとは思えない。

  それに、
  彼女ほど男を虜にする美貌の持ち主などそんじょそこらにいるはずが‥‥

  「‥‥いるじゃないですか。」

  沖田はにんまりと笑った。

  「に並ぶくらいの美形が、うちにも一人。」

  彼女と並ぶくらいの美形?
  それは一体――

  沖田がそっと指さした。

  その指先が向けられていたのは、彼の目の前にいた‥‥

  「よ、色男。」

  からかい交じりの賛辞に、土方は色男に似合わない間抜けな顔をして見せたのだった。



  「こんなの無理に決まってるだろ!」

  土方は足捌きの悪い長い裾を蹴り飛ばしながらどっかと腰を下ろした。
  こらこらそんな行儀の悪い花魁がいますか、と沖田に窘められたが鋭く睨み付けて黙らせる。
  彼は思いきり不機嫌だった。
  そりゃもう、永倉と藤堂を即座に蹴り倒して沈黙させるくらいに。

  「男が着物を着て着飾った所で気色が悪いだけだ!」

  彼女の代わりなど到底出来るはずがない。

  「‥‥まあ‥‥土方さん、上背があるぶん‥‥なんつうかその‥‥」

  原田が言葉を選びながらたどたどしく告げる。
  下手をこいてあの二人の二の舞だけは御免だ。

  「背の高い美人って‥‥すごい迫力ですね。」

  その彼とは違ってすっぱりと意見を述べてみたのは沖田である。
  怖いものなしといった彼は笑いながら、
  「そんな大柄な女性に迫られたら、僕なら逃げますね。」
  と言うのである。
  お、おい、と原田が慌てたのは無理もない。
  土方の目がきらりと光ったからだ。
  羅刹でもないのに、赤く。

  「‥‥」

  彼の横では斎藤が無言で俯いていた。
  決して土方の姿が見るに耐えられぬからというわけではなく、彼はひたすら悩んでいたのだ。
  ここは「綺麗だ」と誉めるべきか‥‥いやそうしたら彼の男としての矜持を傷つけてしまう。
  しかし「似合わない」と言えばそれはそれでこんな格好までした彼を傷つけるのではなかろうか。いや、そこは傷つかな
  いだろうと言葉に出していたら誰かがつっこんでくれたかもしれない。
  どうすればとそれこそ頭を抱えて悩みかねない彼を、は呆れたように見遣りそしてもう一人、ずっと黙って自分の隣
  に座っているもう一人の方を見た。
  千鶴である。
  こちらは視線をずっと土方に向けたままだ。
  口が半開きである。
  千鶴ちゃん女の子なんだから‥‥とが突っ込むよりも前に、彼女のその口からこんな言葉が漏れた。

  「綺麗‥‥」

  羨望の眼差しである。

  は慌てて彼女の口を塞ぎ、ぎこちない笑みを浮かべた。
  因みに彼女のためではなく、土方のためである。
  女装した自分を「綺麗」と心の底から称賛されてはさすがの土方も立ち直れないだろう。

  むぐぐと苦しげにしている彼女には悪いが、今はちょっと黙っておいてもらわなければ。

  それで、とは今にも沖田を蹴り倒しかねない彼に声を掛けた。

  「遣り手とは顔を合わせたんですか?」

  問えば彼は何とも複雑そうな顔でまあな、と頷いた。
  遣り手というのは妓女たちを監督する人間の事だ。
  こちらの遣り手と新選組とは縁があって、勿論桔梗の事も新選組の一員だと知っていて、おいてくれている奇特な人である。
  今回、彼女の代わりにと土方が名乗りを上げれば、彼女はなんとも不思議そうな顔でこちらを上から下まで見て、

  「あんたなら、あのこの代わりになるでしょう。」

  などと言って笑ったのだ。

  「じゃあ、遣り手の許可は出たんですね。」
  「‥‥‥おかしいだろ‥‥」
  土方は納得できないという顔で呟いた。
  まあ、男としてはそうだろう。
  自分では全く似合っていない、むしろおかしいと思っているというのに。
  「‥‥‥」
  はそんな彼をじっと見て、やっぱり心の中でだけ呟いた。

  恐ろしく、似合ってます――

  もし自分が男ならば迷わず彼を指名しただろうなと言うくらいに、彼は‥‥女の格好でも美しかった。



  先日、家茂公が亡くなられてこの日の本はおかしくなってしまったのではないか?

  土方はそう思わざるを得なかった。

  絶対に、この世はおかしくなってしまったと。

  どんよりと暗い顔になれば、それに気付いた赤ら顔の男が、

  「うん?どうした?」

  とその酒臭い顔を近づけてくるのである。
  土方は慌ててなんでもと首を振りながら、飛びすさる‥‥のはあまりに着物が重たくてできなかったのでその代わりに
  顔を身体毎反らした。

  「その‥‥初めてなので緊張して‥‥」

  と口元を隠しつつ、なるべく女のそれになるように高めの声を出す。
  いや、絶対無理があるだろう、どう考えても男の声だよと思った土方ではあるが、男は気にした様子はなく、
  「そうかそうか、初い奴だ‥‥」
  などと鼻の下を伸ばして嬉しそうに笑うのである。

  やはり、この世はおかしいらしい‥‥


  土方は何度めかになるその言葉の代わりに溜息を零した。

  桔梗の代わりに座敷に上がった土方はすぐに、一人の男の相手をさせられることとなった。
  大変な事になってもしらねえぞと遣り手とそれから仲間たちに言い捨ててやってくれば、既に出来上がった男は上機嫌で
  彼を迎えてくれた。
  最初こそ桔梗ではないというのを残念がっていたようだが、それに劣らない美形が相手では不満なぞ出るはずがない。
  いくら出来上がってるとは言ってもおかしいと気付よ、と何度も突っ込みながら酔っ払いの相手をし、そして彼が帰ると
  またすぐに逢い状が掛かったといって、別の座敷に呼ばれた。
  今度は白髪の老人で、その男は素面だったというのにどういうことか土方を男と気付くこともなくこれまた上機嫌で酒の
  相手をしてくれとせがんだのである。
  それから、続いて一人、また一人と短い時間ではあったが酌の相手をしたのだが、誰一人として彼を男と疑う事はなかった。
  その内にもしかしたらこれは誰かの企みなのではないかと思うようになる。
  沖田あたりが自分に恥を掻かそうとして、男なのだと気付かない振りをしているのではないかと。
  だってそうでなければおかしいのだ。

  「紫苑‥‥?」

  名を呼ばれ、土方は一瞬誰のことか分からなかった。
  もう一度、
  「紫苑。」
  と呼ばれてそういえば自分の名前だったと思い出すと、彼ははっと顔を上げ、ひきつった愛想笑いを浮かべた‥‥恐らく
  ここに総司がいたら、「それは愛想を振りまいてるんですか?それとも喧嘩売ってるんですか?どっちなんですか?」と
  訊ねただろう表情だった。
  因みに喧嘩を売ってるつもりはないが、愛想を振りまいているつもりはもっとないが、呼ばれたからには反応をしなけれ
  ばなるまい。

  ここでは土方歳三と名乗るわけにはいかない‥‥そんなことになるくらいなら腹を詰めた方がましだ‥‥ということで
  代わりにに提示された名前を名乗ることにした。
  『紫苑』
  という名前だ。
  それは薄紫の花をつける菊の別名ということらしいのだが‥‥可憐な花だということで仲間、特に沖田には爆笑された。
  そんなに可愛らしいものかとそりゃもう、馬鹿にされたものだ。
  ああ、思い出しただけで腹が立つ。


  ――さわ――


  「っ!?」

  そんなことを考えていると、尻に何かが触れる感触があって土方はぎくりと肩を強ばらせて顔を上げた。
  上げれば赤ら顔の男が「どうした?」と問いたげにこちらを見ている。
  今‥‥なんか尻に触れたような‥‥

  土方は青ざめながらまさかな、と笑った。
  そんなはずがない。
  男である自分が男に尻を撫でられるわけが‥‥

  さわ、

  「っ!!?」

  再び、尻に何かが触れた。
  何か‥‥というのは明白である。
  隣に座っている、この男だ。
  男が人の尻をさわさわとなで回しているのである。

  ぞわっと嫌悪感に土方の肌が粟立った。

  「ちょ、待て、どこ‥‥」

  あまりの事に思わず声がひっくり返り、喉の奥で声が詰まる。
  慌てて押しのけようとしたら思いも寄らない着物の重さに身体がぐらりと傾いで、

  「っ!?」

  どさっと後ろに倒れてしまった。
  そうすると客はこれは好都合とばかりにその上に乗っかってきて、鼻息荒く、

  「桔梗には拒まれたが‥‥おまえは俺を受け入れてくれるか?」

  などと気色の悪い事を言いながら、その分厚い唇を寄せてくるのである。

  もう我慢ならない。

  これまでの鬱憤も全て晴らすかのように、男が思いきり拳を握りしめ、若干八つ当たり気味に目の前の男をぶん殴ろうと
  した、その瞬間、


  ――ごすっ!!


  「ぐはっ!?」

  何やら変な声を上げ、上に乗っていた身体真横に飛んだ。
  巨体はごろごろと畳の上を転がり、

  べし!

  「ふぎゃっ!?」

  壁に激突して、止まる。

  「‥‥‥」

  振り上げようとした拳は未だ身体の横にある。
  彼ではない。
  一体何があったのかと転がっていったそれを呆然と見つめていると、上空から楽しげな声が降ってきた。

  「‥‥もしかしてお邪魔でした?」

  琥珀の双眸が自分を見下ろしていた。



  「そんな怒ることないじゃないですかー」

  は向けられた背に向かって声を掛ける。
  声に背中は煩そうに強ばった。
  彼は怒っているのだ。しかし、それはのせいではないはずだ。
  というか‥‥

  「ちゃんと助けてあげたじゃない。」

  貞操は守ってあげたんですよと言うと、彼は更に不機嫌そうに空気を張りつめさせた。
  男として矜持の高い彼に、そいつは失言だったか‥‥
  だがしかし、やはりに当たり散らすというのはお門違いである。


  あれから、
  気絶してしまった客を放置して、用意された部屋に引っ込んでしまってから、
  彼は一言として言葉を発してくれない。
  それどころかずっと不機嫌そうな気を張り巡らせたまま、背中を向けてこちらに振り返ってもくれない。
  暗に、
  「放っておいてくれ」
  と言うことなのだろう。
  放っておくのは簡単なのだが、そういうわけにもいかない。
  何故なら彼が今回、男に襲われ掛けるという嫌な思いをしたのは自分のせいだからである。
  あの客は自分の客で、本来ならばがあの男に襲われるはずだった‥‥というのも変な話だが、もしが今日座敷にあが
  っていたとしたら、そうなっただろう。

  「土方さん?」

  感謝と同時に申し訳ない気分はあるのだけど、

  「‥‥」

  相手がこれではどうしようもない。

  ははふ、と溜息をつくとそろそろと彼の傍へと近付いていった。
  気配を感じて背中が強ばる。
  なおいっそう、近付くなという空気が張りつめるがは無視をした。
  そして、

  「やっぱり‥‥私があの男の相手をすればよかったかなぁ?」

  ぺそっとその広い背中に抱きつきながらそう呟いた。
  自分とは全然違う、その広さに、はやっぱり彼がどれほどに美しくても男なのだと改めて認識する。
  その逞しい身体が言葉にぴくりと反応した。
  は自分でも意地の悪い事を言っている自覚はあった。

  自分があの男の相手をすればどうなったか‥‥それは彼が身をもって体験している。
  彼はまだ男だからいいもののは女で‥‥いくら副長助勤といえどもやはり力では敵うはずがない。

  「私が大人しく相手をしていれば‥‥土方さんにこんな迷惑かけることもなかったんですよね。」

  確かにこんな嫌な思いをすることはなかっただろうが、もし万が一にでも、彼女があの男に手込めにされていたとしたら‥‥

  「っ‥‥」

  想像しただけで腹の奥がごぅっと炎にでも焼かれたかのように熱くなり、

  「わっ!?」

  腕を引きはがされると同時に振り返ったその人に強く腕を引っ張られた。
  あまりの強さによろければ、ぽすんと逞しい腕に抱きしめられた。
  無理な体勢で、ちょっと、辛い。
  「ひ、土方さん‥‥」
  この体勢はちょっと‥‥と言うのを彼は強く抱きしめることで遮り、そんなの、と低く呻くように呟いた。

  「絶対に許さねえぞ。」

  自分以外の誰かが彼女に触れるなんて、許せない。
  ましてやこの美しい人を自分以外の男が汚すなんてこと‥‥

  「おまえに触れて良いのは俺だけだ。」

  なんて自分勝手な発言かとは小さく笑ったが、その独占欲がとんでもなく嬉しくも感じる。
  彼がどれほどに自分を愛して、自分を欲して、自分に溺れてくれているか‥‥分かるから。
  だから、はそうですねと応えながらその背中に手を伸ばした。

  「私は土方さんのものです‥‥」
  「‥‥‥」
  「だから、他の人に触れられないようにしてくれて、感謝してます。」

  自分を抱くのが、この腕だけで良かったとは心底思った。


  「ということで。」

  たっぷりと彼の腕の中を堪能したはそう言って顔を上げた。
  見上げればやっぱり綺麗だなぁと思うその顔がこちらをなんだよと不思議そうに見ている。
  はにっと悪戯を思いついた子供みたいな表情を浮かべて、

  「嫌な思いをした土方さんにご褒美をあげたいと思います。」

  ガキじゃねえんだぞという言葉は、その柔らかい唇に吸い込まれて、消えた。



  ちり、と時折肌を痛みにも似た感覚が走る。
  そして次にはじんわりと熱いような疼くような感覚。
  小さなそれはやがて膨らんでいき、脊髄を通って下肢へと集まって、募っていく。

  「‥‥」

  思ったよりも掠れた、熱っぽい声が男の口から漏れた。
  漏らしてしまってから、しまったという風に顔を顰めたが、その一部始終を彼女に見られてしまっている。
  まあ、そうでなくてもその人には気付かれているだろう。
  自分が‥‥感じていること。

  「ここ、気持ちいい?」

  緋襦袢の下。
  女と違って逞しい筋肉のついた胸板の、赤く色づいた飾りに唇を寄せた。
  赤く尖った乳首をゆるく唇で刺激しながら先を舐ると頭上でくぐもった声が漏れる。
  ちろ、と上目に見れば目元を赤く、涙で濡らしながら彼は見下ろしてきた。
  決まりの悪そうな顔。

  感じているのを悟られたくないのだろう。

  「‥‥いつも私に同じ事してるのに。」

  きゅむと、彼がしてくれるように空いている方を指で摘むとびくんっとその身体が大袈裟に震えた。

  男も女も感じる場所は同じ、らしい。
  も胸はひどく感じる。
  特に、乳首を噛まれるのが‥‥

  「つぁっ‥‥」

  ちりと上の歯と下の歯で緩く噛むと噛みしめた唇から声が漏れた。
  痛みを訴えるのとは明らかに違う、感じた時の声、で‥‥

  「‥‥」

  もう一度ちらりと頭上を見れば、彼は目を瞑っていて、

  「っ」

  噛みしめた唇の隙間から零れる熱い吐息と、苦しげに寄せられた眉根が、とてつもなく色っぽいとは思った。

  「紫苑‥‥」

  つ、と締まった腹まで一気に舌先を滑らせると、臍の周りにちゅっと吸い付いて痕を残す。
  わざとらしく紫苑と、女としての名で呼ばれ、土方は不機嫌そうに眉を寄せて彼女を睨み付けた。

  「っ」

  ごそりと布の下に手を差し込まれ、土方は息を飲む。
  辛うじて羽織っているだけのその着物の隙間から差し込まれた彼女の手は、男の中心に伸びていた。
  下帯の上からそっと形を確かめるように撫でる。

  「‥‥なんかぬるぬるしてる。」
  「っ」

  男はこのとんでもなく異常な事態に。
  女物を着て、女である彼女に一方的にされる――まるで彼女に抱かれるかのような異常事態に、

  興奮していた。

  「もしかして、我慢できなくて漏らしちゃったんですか?」
  「ってめ‥‥」
  わざと人の恥辱を煽るような言葉に男の顔が歪む。
  いつもは逆に、土方が彼女を言葉で辱めるというのに。

  「恥ずかしいでしょ?」

  は言いながらそっと下帯の結び目に手を掛ける。
  少し引けば布は緩み、はらりと力無く落ちてしまう。
  そうすると彼の大事な部分が露わになって、

  「あ‥‥」

  彼女の口から小さな声が漏れた。

  彼のものはすっかり天を指し、常の倍ほどに膨らみ、熱を持っていた。
  先からは彼女が指摘したとおりに先走りが溢れ、ぬらぬらと光っている。
  まるで漏らしてしまったかのようで、凝視されるのは堪らなく恥ずかしい。

  「見てんじゃねえよ‥‥」

  ふいと視線を背けながら呟けば、は視線をちろっとだけ上げて、

  「見られて興奮してるくせに。」

  からかうように告げた。
  残念な事に彼女の言うとおりだ。

  に自身を見つめられると‥‥なんというか、すごく興奮する。
  露出の気でもあっただろうか?
  否違う、これは惚れた女が相手だからで‥‥

  きゅ、

  「んン!」

  ほっそりとしたしなやかな指が前触れもなく棹に絡みついた。
  思わず息を飲んで肩を震わせれば、それに気をよくしたのかは敏感な先までその指を滑らせて優しく愛撫をくれる。

  「‥‥男の人は、ここ、なんですよね?」

  張り出た雁首を撫で上げ、更には亀頭をぐりと指の腹で弄る。
  精を滲ませている鈴口を撫でられるととんでもなく気持ちよくて、

  「っ‥‥あ‥‥」

  たまらず声を上げて身体を歓喜に震わせた。
  腰の奥からとろっと何かが溢れる感覚がしたと思うと、つ、と溢れたそれが彼女の指を濡らしながら棹をしたたり落ちて
  いく。
  精を追いかけるようにもう一度の指が根本まで降りた。

  ね。

  は楽しそうに訊ねた。

  「どこ触って欲しいですか?」
  「言え、るかっ‥‥」
  こんな格好でなければ恐らく彼はに要求しただろうが、なんだかこの格好では彼女に優位に立たれている気がして癪
  だった。

  「じゃあ好きなとこ触っちゃうから‥‥」

  と言うとは先から手を離して棹の根本、
  そこから袋に繋がるまでをさわさわとなで始める。
  どうやら彼女は袋の方に興味津々のようだ。

  「ここに何入ってるんですか?」

  などと言いながらきゅっと袋を掴まれて土方は小さく息を漏らした。

  「ばかっ、そこ、揉むなっ」

  精巣を包んでいるそこを遠慮無く揉まれると否が応にも射精感がこみ上げてくる。
  びくんっと棹が膨張し、先端からとろとろと精があふれ出し、ついでに身体全体が快感に震え始めた。

  くそ‥‥

  土方は悪態を吐きつつ、下腹に力を入れてどうにかこうにかそれをやり過ごそうとしているようだ。
  はそんな彼をちらっと見上げて、

  「すごい、光景。」

  小さく呟いた。

  紅を差し、煌びやかな着物に身を纏っているというのに、
  開いた脚の間には男のものがあって、
  それを女である自分に弄られて、感じて、だけどそれを必死に堪えようとしている彼の姿はなんというか‥‥

  「っ‥‥」

  色んな意味で興奮する。

  思わずその瞬間、欲情してしまい、とろと身体の奥から熱いものを滲ませるほどに。

  「なん‥‥だよ‥‥‥」

  手を止めて、じっと見上げられ、土方は苦しげに顔を歪めながら問いかける。
  濡れた眼差しを向けられてぞくりと背筋が震え、また、奥から染み出してきた。
  まだ触られてもいないのに下帯をしっとりと濡らすほどに湿ってきて、は思わずもじっと内腿を摺り合わせる。
  そんな彼女を見て、ふっと土方の口元に笑みが浮かんだ。
  この世のものとは思えないほどの、艶然としたそれで、

  「‥‥欲しくなったのか?」

  彼は訊ねる。

  はぎくりと肩を震わせて、

  「ち、ちがっ!」

  その表情を羞恥に染めた。


  こうなったら――土方の勝ちだ。



  「ぁっ、ああっ、あっ」

  腰を打ち付けるたびにその唇から甘ったるい声を漏らし、は苦しげに、あるいは気持ちよさげに表情を歪めた。
  ぐちゅぐちゅと濡れた音を立てながら性器を出し入れすると、びくりと細い身体は震え、胎内はまるで食らい付くかのよ
  うに絡みついてくる。

  「すいません、ねえっ」

  彼女の脚を抱えながら土方は薄らと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
  ずぐずぐと揺らす度に露わにされた膨らみが柔らかく揺れるのがとても美味そうに見える。

  「お客さんに乗っかるなんて失礼な事しちまって。」

  言葉にはきっと睨み付けて反論する。

  「わるいと、おもって‥‥ない、くせっに!」
  「別にお客さんに上になって貰っても構わねえんだぜ?」
  「こ、のっ!」

  続けようとした暴言は、すぐに、

  「ひぁあああっ!?」

  ぐちゅっと奥を犯されて叶わなくなる。

  は背を撓らせ、胸を男のそれに押しつけた。
  柔らかいそれに気をよくした彼はふと口元を綻ばせて更に奥をぐりぐりと突いてくる。
  や、とは男の肩を押し返して抵抗した。

  「お、おくっ、やぁあっ‥‥!」
  「嫌?そりゃおかしいんじゃねえか?」

  すっと一度腰を引いてもう一度たんっと奥まで突くと、きゅっと膣がきつく締まった。

  「こんなに絡みついてくるくせに、嫌って事ぁねえだろ?」
  「や‥‥や、ぁ、ぁあっ!?」

  奥へと押し込んだままぐりぐりと左右に腰を振られては目を見開いた。
  開いたそれから涙がこぼれ落ち、唇が戦慄き始めた。

  「ゃ‥‥それ‥‥だめぇ‥‥」
  「駄目‥‥って言う割りに、すごく色っぽい顔をするんだな?」
  「やン、だめ、だめっ!!」

  ほっそりとした脚が男の腰に絡みつき、彼の律動に合わせてくねるように腰が揺れる。
  なんだよやっぱり気持ちがいいんじゃねえかと囁くと、焦点の合わない琥珀がこちらを見上げて、細められた。
  睨み付けているつもりなんだろうが‥‥その表情はあまりに色っぽくて、迫力はない。
  むしろ可愛いと称する方が正しいかもしれない。

  「ぁあっ、や、そこっ‥‥」

  更に深く潜り込むように腰を落としてたんたんと突き上げる。
  こりと少しばかり凝ったものが亀頭に当たって、擦りつければは悲鳴のような声を上げ、更に縋るように手を伸ばして
  くる。
  指先が滑らかな着物に触れ、引っ張られた。

  客を犯す妓女ってのもいるもんかねぇ――

  自分の今の格好を今更のように思い出して、今の二人のその関係にわけもなく興奮して、男は強く打ち付けた。

  「だ、だめ‥‥っ‥‥」
  「達きそうか?」
  「ンっ、ぁ‥‥やだ、も、がまん‥‥」

  ちり、と皮膚を固い爪が裂く。
  男の方もあまり余裕はなく、ふっと一度息を吐くと、

  ぶじゅ

  と繋がった場所が粟立つほどにぎりぎりまで腰を引いて、蜜や精を撒き散らし、
  すぐに、

  「い、ぁああ――!?」

  一際強く、彼女の胎内を突き上げる。

  瞬間、は目を見開いてぎゅうっと身体に力を入れた。
  びりびりっと内部から全身に電流が走ったかのように身体が震え、世界が一瞬、制止、
  後、

  「‥‥ぁ―――」

  破裂。

  どくんっと身体の奥で熱が爆ぜるのを感じた瞬間に、強い締め付けを男に与えて、

  「くっ‥‥ぁ‥‥」

  やがて彼も苦しげで色っぽい呻きを上げて、熱い胎内へと精を吐き出すのだった。



  「知ってるか?」

  こんな事はやっぱり御免だと土方は拒否した為に、がまた桔梗として座敷に上がることとなった。
  しかしながら、彼女に乱暴する客がいては困ると言うことで、用心棒として斎藤と山崎が見世に置かれることとなる。
  それが滅法強いということで、彼女に手を出す客は少なくなり、
  「最初からこうしてればよかったですね?」
  などと笑って言う沖田を土方が抜刀して追いかけたということは言うまでもないこと。

  それから数日後‥‥色町ではこんな噂が流れていた。

  「角屋に不思議な雰囲気の花魁がいるんだよ。」
  「大柄で迫力のある、ちょいと無口な花魁なんだけどさ。」

  これが、と彼らは口を揃えて言った。

  「とんでもなく綺麗で色っぽい妓なんだよなぁ――」



  この世はどうかしちまってる。

  土方は苦い顔でそう零すのだった。


 



土方さんに女装させてみたかった!!