「私と稽古?」
平隊士のいないがらんとした道場に、の驚いた声が響いた。
「はい、是非お願いします!」
目を丸くしてきょとんとするに、千鶴はぺこっと頭を下げて頼み込む。
「私、強くなりたいんです!」
自分の剣の腕がまだまだ未熟というのをここ数日で嫌と言うほど思い知らされた。
市中巡察で不逞浪士に絡まれるたびに他の幹部に助けて貰う‥‥というのではお荷物もいいところだ。
せめて自分の身を守れるくらいには強くなりたくて、幹部隊士に稽古をつけてもらおうと思ったのだが‥‥
「皆さんに断られてしまって‥‥」
しゅんと項垂れる彼女に、まあそうだよなとは内心で呟いた。
永倉がするような激しい稽古にはついていけないし、かといって原田が女の子相手に稽古とはいえ刀を向けるとは思えない。
斎藤は利き手が違うので勝手が違うし、沖田は下手をすると千鶴を殺しかねない。
藤堂は‥‥まあ彼女に惚れているのでまず無理だ。
忙しい副長や局長は論外。
となると、必然にお鉢が回ってくるのは分かっていた。
二人は女同士‥‥だ。
相手に対して遠慮をする事はない‥‥だろうが‥‥
「それはやめといた方が良いと思うなー」
会話を聞いていたらしい沖田が苦笑で呟いた。
「ど‥‥どうしてですか?」
千鶴は不安げに問い返した。
「‥‥うん、まあ、なんていうか‥‥」
「あんたとでは戦い方が違いすぎる。」
沖田の言葉の先を斎藤が攫う。
違いすぎる?
いやまあ確かに‥‥副長の懐刀と言われた彼女と、ただの居候である自分では腕は天と地ほどの違いはあると分かっては
いるけれど‥‥
「そうだなぁ‥‥と手合わせするのはちっとばかし危険かもしれねえな。」
原田が困ったように笑った。
危険?
身の程知らずではなく危険?
それは一体どういうことなのだろう?
「純粋に型をなぞっての試合なら構わねえと思うけど‥‥」
けど、と永倉が言いよどむのを藤堂がずばっと言った。
「千鶴、なんかと手合わせしたら殺されるって!!」
酷い言われようだなとは苦笑したが、反論はしなかった。
ただ、殺されるという言葉にきょとんとする千鶴に向かって双眸を細めると、
「私が得意なのは戦うことじゃないんだ。」
と言った。
戦うことではないのならば彼女は一体何が得意なのだろうかと千鶴は小首を傾げる。
「私が得意なのは、人を殺すことだから――」
そう艶っぽく笑う彼女に千鶴はきょとんとした面もちで見つめた。
人を殺すことと戦うこと、その違いはなんなのだろうか?
彼女には分からなかった。
「僕とが手合わせしてるところは見たことがあるよね?」
ひょいと横から沖田が口を挟む。
千鶴はこくこくと頷いた。
二人の戦い方はすごく鮮烈で、美しくて‥‥途中から呆けて見てしまって覚えていない。
「あれでは半分しか力を出してない。」
「えぇ!?あれでですか!?」
嘘、と千鶴は驚いたような声を上げた。
「おいおい、それじゃ私が力を出し惜しみしてるみたいじゃん。
おまえと戦ってる時は全力だよ。」
天才剣士沖田総司相手に手なんか抜けるものかと茶化すと、彼はにんまりと目を細めて笑う。
「まあ、力は出してるんだが‥‥は本気の戦い方をしてねえって事だ。」
次いで口を開いたのは原田だ。
本気の戦い方?
ますます意味が分からない。
「あー‥‥なんていうか、の本来の戦い方はな‥‥」
どう説明をしたものかと、他へと視線を向けると斎藤がより的確な言葉を選んで口にする。
「が得意とするのは暗殺だ。」
「‥‥暗殺‥‥」
あまり馴染みのない言葉だけに千鶴は困惑したように繰り返す。
そう、と斎藤は頷き、
「標的の意表を突き、人を殺めるのが最たる方法だ。」
続ける。
闇に潜み、標的がこちらに気付くよりも先にその命を奪うのがその仕事なのだと。
「気がついたときには懐に潜り込まれたり‥‥なんてざらだぞ?」
永倉が苦笑を漏らした。
懐ならいいじゃんと藤堂が顰め面で言う。
「気付いた時には首と胴体が離れてた‥‥って事にもなりかねねえんだからさ。」
それはちょっと‥‥ぞっとする。
気付かない内に死んでいた、なんて‥‥
「そういう意味じゃ一番実戦向きではあるんだけどね。」
青ざめる彼女に気付いてか、気付かずか、沖田は面白おかしく言った。
「と手を合わしてうっかり殺されちゃったら‥‥大変でしょ?」
元々人を殺すことに長けている人間には手加減など出来ない――
だからそれを避けられるくらい強くないと彼女とは到底手合わせ出来ないと言えば、千鶴はひきつった顔で頷くのだった。
手加減無用
総司とは別の意味で手加減が出来ない女。
それがという人。
恐らく千鶴が手合わせして一番危険な相手が
彼女。
|