「一と手合わせ?」
「‥‥ああ」
頼むと、至極真面目な顔で頼まれて、はどうすんの?という顔で後ろに控える土方たちを見る。
彼がこの道場へやってきて、3月が経った頃。
突然彼はへと手合わせを申し出てきた。
沖田に邪魔をされて、申し出ることさえ出来なかったのだが、今幸い彼はいない。
ということで、早速手合わせを申し出てみた。
「構わねえんじゃねえのか?」
土方はひょいと肩を竦めて言う。
「まあ、土方さんが言うならいいですけど‥‥」
言葉にはひょいと立ち上がる。
「木刀?」
「真剣が良ければ、そうするが‥‥」
にやりとが笑う。
「阿呆、木刀にしとけ。」
そうすれば、土方にため息で窘められ、ははいはいと肩を竦めやがて、木刀を手にした。
互いに距離を取り、一礼。
斎藤は右に差した木刀を構えた。
以前までは不調法者と飛んでくる罵声も、ここでは、ない。
それどころか相手の女は、
「‥‥」
構える事すらなく、その木刀を手の中でくるりと遊ぶ。
無礼と言うのならばの方が一枚上手だ。
「来ないのか?」
「いつでもどうぞ。」
構えることさえない彼女に訊ねれば、これまた挑発的な答えが返ってきた。
ならば、
斎藤は目を眇め、一気に距離を詰めた。
だん、と強く床を踏み、一撃が振り上げられる。
それをは、
「っ――」
ひょいと避けた。
早い、と斎藤は素直に認める。
下から振り上げた一刀目は、ただ風を切っただけ。
にんまりとは笑みを浮かべて、木刀を突き出す。
それを、斎藤は最初から予想していたらしい。
流れるような動きでかわされ、はへぇと目を丸くした。
「やっぱ、強いじゃん。」
「‥‥」
軽口を受け流し、次を繰り出す。
今度は低い体勢だった彼女の脳天に一撃、振り下ろせば、これまた女は風のようにすり抜けた。
ちょこまかとすばしっこい事この上ない。
まともに刀を打ち合うことも出来ぬ。
ただ一撃を繰り出しては、避け、避けては一撃を繰り出す。
この繰り返し。
からかっているのか。
斎藤は瞳を細める。
「まさか‥‥」
とは笑った。
「これが私の戦い方だよ。」
相手とまともに打ち合うことなく‥‥相手を斬り殺すのがの戦い方なのだ‥‥と彼女は囁いた。
なるほど、確かに彼女は女だ。
男とまともに打ち合えば‥‥力で負ける。
しかも、斎藤のような半端ない一撃を繰り出す相手となると、下手をすれば骨がいく。
だからこうして戦うのだと。
「相手の隙をつくのが、私の戦い方。」
こんな風に。
とは右足を軸に逃げ回っていた身体をくるりと回転させる。
そうして、向かってきた男の懐へと飛び込んだ。
「っ!?」
それは予想外だったらしい。
一度大きく体勢を低くし、飛び上がりざまに男との距離を限りなく無くした。
目の前に、女の顔がある。
まるで口づけるような距離で。
すいと眇めるその人は‥‥ひどく悩ましげな視線でこちらを見ていた。
そして、
「おまえって‥‥近くで見ると結構、可愛いのな。」
その一言に、我に返る。
慌てて振りかぶれば、はあははと笑いながら一歩を下がった。
しかし、
ずる、
「うわ!?」
踏み出した一歩が滑ったらしい。
うわわと彼女は咄嗟に手を伸ばして斎藤の腕を掴んだ。
掴まれた男も虚を突かれ、
「っ!?」
二人はどさりと、道場の床に倒れることになる。
「ったく‥‥何やってんだ、あいつらは。」
土方は呆れたような口調で言う。
後ろで見守っていた三人組はけらけらと笑っている。
「あいたた‥‥」
とは打った背中をさすりながら上体を起こす。
斎藤も小さく呻き、やがて身体を起こして、
――むにぅ‥‥
「――」
その手にある不思議な感触に、怪訝そうな顔をした。
むにゅ、となんだか柔らかいものが右手に触れている。
なんだこれは‥‥
「さ、斎藤っ」
おまえ、と誰かの焦りの声を聞いた。
怪訝な顔で斎藤は自分の手に触れているものを見る。
それは、丸い膨らみだった。
丸い、
柔らかな、
膨らみ。
そしてそれは、
「‥‥」
の身体の一部。
つまり、
彼女の、
女の胸。
「っ!?」
びしりとその瞬間に斎藤は固まる。
見ていた三人組は「おお‥‥」と何とも変な声を上げ、土方は面食らった顔で止まっている。
当の本人も驚きにきょとんとしている。
きょとんとしたまま、自分の胸を掴む大きな手を見つめた。
ああそういえば、今日はサラシを巻いていなかったんだっけ?などと場違いな事を考えているあたり、少し気が動転して
いるらしい。
いやしかし、何よりあれだ。
互いに固まっているのはいいのだけど‥‥彼の手がなかなか離れない。
これは、
如何に‥‥
ふいに、
「なにしてるの?」
ぐいと乱暴な力が斎藤を引き離す。
唐突に降ってきた声にそれぞれが視線を向ければ、
「総司!?」
にこにこ笑顔の男が立っていた。
ぐいと些か乱暴に腕を捻り、彼は斎藤へと向き直る。
「一君‥‥おもしろそうな事してるよね。」
おもしろそう、というのが果たして手合わせの事か、それとも違うことかは分からない。
ただ、口を挟む気になれないほど、笑顔の沖田は、
「今度は、僕と手合わせしようか。」
ものすごい殺気を放っており、その場の全員が揃って口を噤むほか無かった。
「、ちょっと僕にも触らせてよ」
「おまえ、なんでそう直球で言うわけ?」
「いいじゃない。一君に触らせたんだからさ。」
「あれは事故だって言っただろ?」
「事故でもなんでもいいよ。僕より先っていうのが気に入らない」
「あのね、そんなこと言ったって‥‥」
「いいからほら。」
「ほらじゃない!あ、ちょっとなんでおまえは直に触ろうとするんだ、この助平っ!!」
「総司!てめえ、何してやがんだっ!」
「だって土方さん!一君ずるいじゃないですか〜」
「馬鹿な事言ってねぇで、稽古に戻れ。」
「馬鹿な事じゃないですよ。土方さんだって羨ましいと思ったくせに‥‥」
「‥‥思ってねぇ」
「あ、その間が気になる」
「思ってねぇ!」
「だって、の柔らかそうじゃない、触りたいと思いません?」
「てめぇ‥‥人の話を‥‥」
「ちょっと左之さーん、あの助平二人斬っていいー?」
手合わせ
初手合わせにして、事故。
ということで斎藤さんはまたまともにと打ち合う
事が出来なかったようです。
そしてしばらくまた総司から禁止令が出たんですよ。
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