餅米が余ったからと馴染みの店の主人がくれた餅を、皆で、縁側で食していた所だった。
人斬り新選組‥‥と恐れられている彼らが雁首揃えて平和そうに餅を食っているなど、京の人間は想像も出来まい。
鬼の副長でさえも、暢気に餅にかぶりついている。
偏に、本日は平和なのだ。
大きなもめ事もなく、春の優しい日差しのお陰でより、長閑さが増す。
あまりに平和なせいで、頭の方も呆けたのか――
「餅の感触って、似てますよね」
ふいに、沖田が餅をぐにぐにと指先で弄びながらのんびりとした口調で呟いた。
食べ物で遊ぶんじゃない、と窘めながら、なにが似ているのかと土方が問う。
返事は暫く、餅の感触を確かめた後で、
「女の人の胸」
――ぶはっ!!
盛大に藤堂が茶を噴いた。
運悪く横にいた原田はまともに彼が吹き出した茶の攻撃を受ける事となり、汚ねえな、などと言って手拭いで自分の着物
を拭いながら沖田に不審な眼差しを向ける。
「突然、何だってんだよ」
「だって似てると思いません?」
この感触、と無意味に餅をむにむにと摘んでみせる。
彼の指によって自由自在に形を変えるそれは‥‥確かに色といい、感触といい、女のそれに似ているかも知れない。
「こうやってやると、すごい似てる気がするんですよね」
「っつか、総司! おまえ、変な触り方すんじゃねえよ!」
手のひらに収め、揉み込むように餅を握る彼に土方は思わずという風に顔を顰めて窘める。
違うと分かっていてもそんな妖しげな手つきをされれば不思議と女のそれを揉みしだいているように見えて‥‥どうにも
居たたまれない。
因みに、ここに藤堂・原田・土方・沖田の他に斎藤もいるのだが、その人はただいま猛烈に理性と戦っている最中である。
はじめこそは何を言っているのかまるきり理解できなかった、というか、理解するのを思考が拒んでいたのだが、理解し
てしまうと‥‥恐らく彼はいろんな意味で真面目で実直な性格だからなのか、沖田の誘導に掛かり素直に真面目に、考え
てしまったのだろう。
女の乳房の感触というのが似ているのか似ていないのかということを。
そして似ている事に気付けば、もうどうしようもなく想像の方が走り出してしまって‥‥止まらない。
いけないと分かってはいても、止まらないのが本能というものだ。
「やだな土方さん。そんなに慌てて何を想像したんですか? いやらしい人だな」
「想像もなにも、そもそもてめえの言ってる事自体がどう考えてもいかがわしいだろうが」
「そうかなぁ?」
普通の感想だと思うけれどと言う彼に「普通じゃねえよ」と原田・土方のつっこみが入るけれど、沖田は気にしない。
そういえば茶を噴いた後の藤堂はどうしただろう?
視線を向ければ不自然に腰を丸めて向こうを向いている。
理由は聞かないでやってほしい。彼とて年頃の男なのだ。
「やっぱり似てるよ」
「もういいから、さっさと食っちまえ」
「似てると思いません?」
「どこが‥‥」
言いかけて、土方はふにっと指先に返ってくる弾力に思わず沈黙する。
確かに、似ている。
この柔らかさといい、弾力といい、おまけにこの温もりが人肌の熱のような気さえして否定の言葉が途切れた。
そして思わずまじまじと見つめてしまうと横から「土方さん?」なんて意地の悪い声が聞こえ、彼は慌ててはっと我に返
ると、
「似てねえよ! さっさと食え!!」
と怒鳴り散らす。
さっさと食えと土方は言うが、だからといって先程の話を聞いた後に餅を食えるほど彼の神経は図太くない。さりげなく
取り皿に戻して後で誰ぞにくれてやろうなどと考えるのは彼だけではないらしく、原田もなんだか微妙な表情で餅を戻し
ていた。
そうしてこの居心地に悪い空気を切り替えるように二人して苦い茶に手を伸ばしたところ、まるで頃合いを見計らったよ
うにまた、沖田がとんでもない事を言いだした。
「の胸ってこんな感じだったと思うんだけど」
ぶはっ!!!!
今度は二人して茶を噴き、げほげほと揃ってむせ返った後に、おい、と二人は慌てた様子で詰め寄った。
「おまえ、なんであいつのそんな事なんて知ってんだ!」
「こんな感じって‥‥まさかおまえ、見たのか!?」
「いくらおまえらが仲良いからってやって良い事と悪い事があってだな!」
「もしかして触ったとか言わねえよな!!ちらっと見ちまったとかだよな!?」
「うわぁ、必死だなぁ」
胸ぐらを捕まれているというのに、沖田は楽しそうだ。
大人二人が自分の発言でここまで動揺してみせるのが可笑しいのだろう。
むしろ動揺するなと言う方が無理だと言うのに。
「でもほら、触ったのって僕だけじゃなくて」
事と次第によっちゃあただじゃおかないぞ、と殺気立つ兄貴分二人ににこりと笑みを向けながら、ほら、と視線をそちら
に向ける。
「一君や、平助だって」
俺(オレ)にふるな!
両名が心の中で叫びながら、ぎらりと殺気立つ視線を向けられてひくりと口元を引き攣らせる。
どちらも事故だったとはいえ、彼女の胸を触ってしまった過去があるのは事実だ。
下心は無かったと、必死に目で訴えかけても却下とばかりに二人に睨み付けられた。
恐ろしい形相に、寿命が縮みそうである。
「でも、の胸ってこんなに小さくないよね?」
そんなのお構いなしに、沖田はにこやかなまま二人に問い続ける。
ぎょっと土方・原田両名の肩が驚きに上がり、次の瞬間また、ぎろっと先程よりも更に殺気立ったそれで睨まれて、斎藤
・藤堂は青ざめた。
知らない。
大きさなど知らない。
そこまで確かめる余裕はなかった。
だから、そんな風に睨まないでくれ。
むしろ何故か餅を物色しているその男に聞いてくれ。
「そうだな、大きさ的には‥‥これくらいかな?」
言いながら沖田が手にしたのは保存用にと大きく纏めて貰った餅。
沖田の手から零れてしまうほどの大きなそれに、何がだと一同が怪訝な表情を向ければ、
「の胸、大きさはこれくらいだよ」
やはりにこやかに笑いながら彼は言った。
「あ、ここにいた」
捜したんですよと言いながら広間に入ってきたは、盆に四つの椀を乗せてやってくる。
「これ、千鶴ちゃんがちょっと餡が残ってたからって汁粉にしてくれたんです」
良かったら餅を入れて食べてはどうかと、盆を畳の上に顔を上げ、
「‥‥なに?」
何故かじっとこちらを注目する一同に、は眉根を寄せた。
大の男四人にまじまじと見つめられて、その迫力に思わずと言う風に顔を引けば自然と男達の目がそこへと集まっていき‥‥
「どこ見てんですか、この助平共が」
流石に胸に注目されている事に気付いたは電光石火の如く早さで、男達の頭を叩くのであった。
喩え話
似てると思うんだ!
|