「何かしてほしいことあります?」
  その日、は出会うなり彼の顔を見て訊ねてきた。
  一体何事かと眉を寄せれば、彼女は僅かに目を丸くした。
  「あれ?今日が何の日か、覚えてない?」
  「‥‥なんかあったか?」
  別に今日は特別な何かがあった日だと記憶していない。
  今日も今日とてやるべき事があり、部屋で書き物にいそしまなければならなかったはずだ。
  そういえば、大鳥がやってくるとか言っていたような気がするが‥‥いや、それは確か来月だ。
  何かあっただろうか?
  「‥‥覚えて、ないんだ。」
  そか、と何故かは肩を落とした。
  だがすぐに気を取り直すと、
  「まあ覚えてないならそれでいいです。
  何かして欲しいことありませんか?」
  と、そう訊ねるのだ。

  して欲しいこと‥‥

  問いに、土方は首を捻る。
  生憎と今手を付けている仕事は土方がしなければいけないものばかりだ。
  申し出は嬉しいが、彼女が出来る仕事は、ない。
  「‥‥ない。」
  「えー!もう少し考えてくれたって!」
  「ねえもんは、ねえ。
  それより、たまにはゆっくりしたらどうだ?」
  ここ最近‥‥というか、は戦いが終わってからもずっと、なんだかんだと忙しかったはずだ。
  勿論、人を斬ることに、ではなく、彼の身の回りの世話に、である。
  朝も早くから夜も遅くまで、彼の世話をしてくれている。
  本当に気の利く女であるが、それ以上に彼女も疲れているはずだ。
  たまには休めと言うが、は首を振った。

  「あ、それじゃあ、私、肩揉みます!」
  「爺じゃねえんだ、肩なんか凝ってねえ」
  「そんなことないっしょ。疲れてるはずだし、ほらほら!」

  その背中を押して部屋へと向かう。
  おい、という抗議の声を無視して彼の部屋に入り、机の前に座らせた。

  「別に凝ってねぇって‥‥」
  「いいから。」
  彼女は宣言通り、肩をもみ始めた。
  とはいえ、男の肩は非常に固い。
  これは凝っている、というものじゃないだろう。

  「もう、毎日遅くまで書き物、してるから。」
  文句を言いながらは指先に力を入れて凝りをほぐそうとした。
  かなり力を入れているが、男はどこ吹く風、だ。
  痛みさえ感じないとは‥‥こりゃ相当。
  「ほんとに、土方さん‥‥痛くないの?」
  「痛くねえよ。」
  「これ‥‥ひどい‥‥っ」
  「それよりおまえの方が辛そうじゃねえか。」
  「そんなこと‥‥ない、です」
  肩越しに振り返ると、はしかめっ面で肩を揉んでいる。
  力を入れる為、顔が歪むのだろう。
  「もういい」
  やめろ、と言ってその手を取った。
  「でも‥‥」
  中断させられは口を開くが、土方は遮った。
  「少し楽になった。」
  助かったと言い土方はの手を離し、今度こそ机に向き合ってしまう。

  「あ、じゃ、他にしてほしいことは?」
  「ねえ。」
  大丈夫だ、と言って彼は筆を執り始めた。
  広げた真っ白な紙に流麗な文字が書かれていく。
  「今の所、何もねえから‥‥部屋で休んでろ。」
  たまにはそんなゆっくりした時間を過ごすのもいいだろう?
  と彼女の提案すれば、ふいに、

  「っ?」

  女の腕が後ろから伸びてきた。
  ふわりといつかよりももっと甘く芳しい香りが鼻孔をくすぐり、温もりが背に触れる。
  驚いて振り返れば、すぐそばにの顔があった。
  背後から抱きしめられ、土方は筆を取り落とした。
  ぽたりと、
  白い紙が黒く染められていく。
  はそれを見ながら、そっと口を開いた。

  「今日、何日だか覚えてます?」
  唐突な問いに、一瞬土方は眉を寄せた。

  今日?

  「‥‥五日だろう?」

  確か、そうだ。
  答えれば、はそうですよと唇を尖らせた。

  「五月の五日。
  端午の節句です。」
  「それがどうし‥‥」
  「土方さんが、産まれた日じゃないですか。」

  言われて、そのとき初めて男は思い出した。
  ああそうだ。
  言われてみれば、自分がこの世に生を受けたのが、三十五年前の‥‥今日。

  五月の五日だ。

  「‥‥ほんとに、忘れてたんだ‥‥」
  は呆れたという顔で見た。

  そんなことすっかり忘れていた。
  自分が産まれた日がいつかだなんて‥‥
  それも当然だ。
  自分が産まれた日を祝う、なんて事、一度だってなかったし、誰かから言われた事もなかったから。

  「本当は、何か贈りたかったんですけど。」

  はそっとため息混じりに呟いた。

  「生憎、私、土方さんよりも趣味のいいものなんて選べませんし。」

  土方はしゃれた男だ。
  趣味はよりもいい。
  日頃欲しい物はないかと注意深く見ていたが、彼は必要なものはいつの間にか自分で手に入れている事が多い。
  それならば今度は自分がしてもらったように身につけるものを‥‥とも思ったのだが、彼の好みに合いそうな物が見つか
  らなかったというわけだ。

  「だから、何か行動で返せないかなぁって思って‥‥」
  「‥‥ああ、だから‥‥」
  だから彼女があんな事をいったのかと納得した。

  何か、してほしいことはないか?

  それは、贈り物の代わりなのだろう。

  「‥‥まあ、何の役にも立たなかったみたいですけどね。」
  はむくれた様子で言う。

  そうと分かっていたならばあのように邪険にはしなかったものを‥‥

  「先に言ってくれりゃ良かっただろうが‥‥」
  土方は言って、前に回された手をそっと取る。
  指先を絡ませると彼女は少しばかり嘆息した。
  「だって‥‥まさか自分の産まれた日を覚えていないなんて思わないですもん。」
  「そうか?」
  「それに‥‥」
  とは続ける。
  「欲しい物を聞いても‥‥土方さんは遠慮して言わなさそうだし。」
  こういうときに変な遠慮するから、と言われ、彼は苦笑した。

  違いない。

  別に遠慮をしているつもりはないが‥‥
  かといって、欲しい物は生憎と、ない。

  あ、いや。

  土方は何かを思いついて、に、と口元を歪めた。

  「あるぜ、欲しい物」
  目をすがめ、悪戯っぽく笑いながら振り返る男に、はなになに?と訊ねる。
  「耳を貸せ」
  「はい」
  なに?
  とは素直に男の言葉に耳を傾けると、彼は手を宛がい、囁く。


  「俺とお前の子が欲しい」


  そんなささやかとは言い難い願いに、年下の奥方は一瞬‥‥呆気にとられ、

  「そんなの‥‥今すぐに出来るわけないじゃないですか‥‥」

  次の瞬間、半眼になり、反論した。
  冷静な言葉だがしかし、顔は、赤い。
  普段そうして顔を赤らめることなどそうそうない女である。
  その反応に土方は気を良くしたのか、それともその気になったのか、立ち上がり振り返る。
  そうして、

  「わっ!?」

  ひょいと軽やかにを抱き上げると部屋を出ようとした。

  「ちょ、ちょっと土方さん!?
  一体、何を‥‥」
  抱え上げられ慌てて飛び降りようとしたが、生憎と男の力の方が強い。
  無駄なあがきとは分かっていたが手足をばたつかせる。
  それに別段気にすることもなく、土方は楽しげに笑いながら廊下を進んだ。
  「いやな、今すぐに子は出来ねえが‥‥」
  嫌な予感だ。
  この先は、そう、二人の寝所‥‥

  まさかとは口元を引きつらせ、そんな彼女に土方は笑みで答える。

  「子が出来るために、やらなきゃいけないことがあるだろ?」

  それは今からでも出来る――

  と、そう、土方は楽しげに言うのだ。

  「で、でもまだ昼ですよ。」
  「時間なんて関係ねえだろ?」
  「そ、それに布団だってしまって‥‥」
  「布団なんかなくたっていいだろうが。」
  「それじゃ背中‥‥」
  「ああ、痛くねえようにしてやるよ。」
  「そういう問題じゃなく!」
  「いいじゃねえか、今日は端午の節句でもあるんだ。」
  男の子の健やかな成長を祈願するんだろう?
  と土方は言いながらを畳の上に下ろす。
  そうしながら帯を解く男はにやりと得意げに笑った。
  「これで子が出来たら健やかに成長するだろうよ。」
  「そ、そういう行事じゃないですよ!!」
  それに出来る子が男の子とは限らないじゃないですか、と言いながらは男の肩を押し返す。
  「いや、男だな。」
  「なんでっ」
  「女の場合は悪い虫がつくんじゃねえかって気が気じゃねえ。」
  だから最初は男にしとけ、と言いながら着物の前を開けようとする男にはぎょっとした。
  「ちょ、ま、待っ‥‥」
  待ってとその手を取れば、土方の紫紺の瞳がこちらを見つめ、その瞬間、色を変える。
  男の欲をまるだしにした、熱く艶めいた色。
  それに見つめられ、ぞくりと背筋が震えた。

  「俺の欲しいもの‥‥くれるんだろう?」

  吐息八割の声で問われ、は口を噤んだ。

  彼が欲するのは。
  子供なのか。
  それとも、
  彼女自身か。

  男の腕に暴かれながらは不服そうに訊ねれば、彼はまた、嬉しそうに笑った。

  「そりゃ、こうすりゃ‥‥」

  目眩がするほどの熱にの喉は小さく鳴り、彼のたくましい背にしがみつく。
  きつくしがみついた愛しい人を抱きしめながら、こう囁いた。

  「両方手に入るだろう――



端午の節句



五月五日は土方さんの誕生日ということで。
似合わないとか思ってすいません←
いやいや、普段がんばってる副長さんのため
にばっちりお祝いですよ!
時系列としては、戦いが終わった後‥‥なので、
35歳以降なんですけどね(苦笑)
土方さんはなんだかんだ言って、親ばかになり
そうですよね♪