ひらひらと揺れる色とりどりの短冊を見つめ、千鶴はほうっと溜息を吐いた。

  個性的な文字が並ぶそこには‥‥彼女の望む人の物はなかった。

  やっぱり‥‥

  と千鶴はもう一度溜息を吐き、

  「こういうのは好きじゃないのかなぁ‥‥」

  あの人は、と寂しげに呟く。


  「何が好きじゃないって?」

  唐突に声を掛けられ、千鶴はびくーんとあからさまに飛び上がり、慌てて振り返った。
  そこにいつの間にいたのだろう。
  飄々とした笑みを浮かべる彼の姿があった。

  「おおおおお、沖田さん?!」

  いつの間に、と慌てて言うと彼はにっこりと笑って「今」と答える。

  「それより、どうしたの?
  そんなの見つめて溜息なんか吐いちゃって‥‥」
  何かあった?
  と問いかけられ、千鶴は慌てて首を振った。
  「あ、いえ、そのっ」
  「溜息吐きたくなるようなお願い事ばっかりだった?」
  さくさくと足音を立てて近付くと、ひょいと短冊を無造作に掴む。

  「‥‥どうしてあの三人は同じような事しか書いてないのかなぁ?」

  藤堂、原田、永倉の三人の短冊を見て、沖田は苦笑で感想を零す。
  いやそんなの人の勝手だろとその場に三人がいたら反論されただろう。
  別に誰に迷惑を掛けるわけではないのだから。

  「一君は‥‥副長の悩みの種が一つでも減りますように‥‥ってこれ、遠回しに僕に対して喧嘩売ってるんだよね。」
  「あ、あの‥‥」
  「山南さんは‥‥えーと‥‥皆が大人しくなってくれますように?
  あはは、そんなの絶対無理だよ。」
  「お、沖田さん、人の短冊を勝手に見るのは‥‥」

  あまり良い事じゃないのでは?

  沖田はぺしっと指先で弾いて短冊を離すと、意地悪い笑みを彼女に向ける。

  「さっき、千鶴ちゃんだってしてたじゃない。」
  「あ、あれは!別に見ていたわけではなくてっ‥‥」

  別に願い事の内容を見ていたわけではない。
  ただ、
  その人の短冊を探していただけだ。
  いやでも、そこにもしその人の短冊があれば‥‥見てしまうかも知れないけれど‥‥

  「お、沖田さんは‥‥飾られないんですか?」
  千鶴は訊ねてみた。
  彼ばかりではなく、土方のだって、のだってないけれど‥‥何より彼の短冊が気になっていて‥‥
  訊ねると彼はひょいと肩を竦めてみせる。
  「うん、興味ないから。」
  「興味ない‥‥」
  「どうせ、飾った所で叶わないでしょ?」
  それはそうかもしれないけど‥‥と千鶴は口ごもった。

  別に願い事が叶う叶わないが重要なのではない。
  千鶴にとっては、彼の願い事というのを知るのが重要なのに‥‥

  「‥‥なんで千鶴ちゃんが落ち込むのかな?」

  しょぼんと落ち込んでしまう少女の頭をぽんと、沖田は大きな手で撫でる。
  わしゃわしゃと少しその手を動かすと、どうやら痛かったらしく、小さな悲鳴を上げられた。
  女の子というのは本当に力加減に困るものだ。

  「痛くはないんですけど、髪の毛が‥‥」

  ぐちゃぐちゃにと言って顔を上げた情けないそれに、えいっと自分の持っていたそれを押しつけた。

  「なに?これ?」
  あまりに近くにありすぎて、千鶴にはそれがなんなのか分からない。
  とりあえず、
  彼らが巡察に出る時に羽織る羽織の色によく似ている。

  「‥‥それ、飾っておいて。」

  沖田は目を白黒させる千鶴に『それ』を押しつけてひらっと背中を向けてしまう。

  「あ、ちょ、ちょっと!」

  千鶴は慌てて引き留めようとしたが、彼はその足の長さを存分に生かして、あっという間にその場からいなくなってし
  まった。
残された千鶴は何が何だかわけがわからないという風に身勝手な背中を見送った後、

  「‥‥これ‥‥」

  押しつけられたそれに視線を落とし、驚いたように声を上げた。
  そこにあったのは、浅葱色の紙切れ。
  そうつまり、短冊だったのだ。

  後ろ向きらしくそこには何も文字は書かれていない。

  いけないと思いつつ、知りたい気持ちが膨らんで、

  「‥‥」

  千鶴はそっと短冊を裏返してみた。

  そこに――

  「っ!?」

  千鶴はそこに書かれていた彼の願いを目にすると、言葉を失った。
  少し震えた、どこか寂しげな文字で、
  こう、
  書かれていた。



  『千鶴ちゃんと‥‥いつまでも一緒にいられますように』



  「‥‥読んじゃったの?
  いけない子だなぁ‥‥」
  さっき僕のこと責めたくせに?
  と沖田は苦笑を漏らす。
  からかわれているのは分かっていたけれど、もうそんなことどうでもいい。
  ただ、千鶴は言葉にならない想いを伝えるみたいに、その手に力を込めた。

  「‥‥叶わないって‥‥決めてかかってたわけじゃないんだよ。」

  沖田はそっと、まるで溜息でも零すみたいに呟いた。

  どうせ、飾っても叶わないと諦めていたわけではない。
  そうじゃなくて、

  「そんなこと書かなくても‥‥叶うって知ってるから。」

  だから、書かなかったんだよと言う言葉と共に自分の腹部に回っている手を取って、口づけた。

  まるで、
  誓いのように――


  
七夕



  総司君は確信犯。