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こんこん。
と控えめに戸を叩く音が聞こえる。
そろそろ眠ろうかと思っていた土方は、真夜中の来訪者に眉を寄せて低く訊ねた。
「誰だ?」
問いに、一瞬の、間。
それから、彼よりももっと小さな声で、
「、です。」
彼女の声が返ってくる。
こんな時間に何事だろうかと男は不審に思い目を眇め、かつかつと扉まで近付くと、そうっと扉を開いた。
廊下に立っていたのは確かに、彼の部下であるの姿。
真夜中だというのに彼女はまだいつもの服のままで、
「どうした?」
と訊ねれば、彼女はなんだか決まり悪そうな顔でこんな事を言った。
「その‥‥釦を外して欲しいんですけど‥‥」
これは――どんな罰だというのだろう?
「なんで俺の所に‥‥」
土方はぶつくさ言いながら、椅子に腰を下ろした彼女を睨む。
突然とんでもない事を頼みに来た彼女ではあるが‥‥まかさそのまま突っ返すわけにもいかず、ひとまず部屋に招き入れた。
こんな時間に男の部屋にやってくること自体がどうかと思うが、彼女とは今更な気がする。
いや、それでも男に向かって「釦を外して欲しい」という発言はいただけない。
無防備にも程がある。
と睨み付ければ、彼女はぱたぱたと足を揺らしながら反論した。
「だって、大鳥さんにこんな事頼めないし‥‥」
当然だ。
「それに、島田さんにだって、悪いでしょ?」
だから当然だ。
むしろそんな考えさえ起こさないで欲しい。
島田はきっと可哀想なくらいに恐縮して「自分には無理です」と辞退してくれるだろうが、大鳥は‥‥ちょっと信用でき
ない。
勿論、彼女にそういう感情を抱いていないとは分かっている。
が、それでも彼も男だ。
うっかりこの色香にやられてしまわないとは言い切れない。
しかし、
「‥‥」
土方は心の中で呟きながら、どうしたものかとがしがしと首の後ろを掻いた。
「だから、土方さんに頼みに来たんです。」
言っては自分の釦を外そうと試みた。
しかし、細かいことが大の苦手であるのと同時に、慣れない釦ということで苦戦を強いられている。
しばらく格闘した後、
「あー、やっぱり無理」
と彼女は手を離した。
それからちらっと土方を見る。
上目遣いに見遣る目は、ちょっと甘えた色を浮かべていた。
が最近習得した技だ。
その目に、男は弱い。
「っ‥‥分かったよ。」
案の定、彼は低く呻いた後に、苛立たしげに頭を掻いて了承してくれた。
「外してやるから、ほら、手を退けろ。」
丁度後ろに置いてあった椅子を引き寄せ、彼女の前に腰を下ろした。
言われるまま手を離して、はどうぞと言った。
これまた、
『警戒心は皆無』
である。
いつか、きちんと言い聞かす必要がありそうだと男は思いながら、手を伸ばした。
彼女の服に触れる。
器用なはずの彼の手は、しかし、
「‥‥」
釦を上手く掴むことさえ出来なかった。
「土方さん。」
「なんだ。」
「指先、震えてる。」
「‥‥震えてねえ。」
「嘘だ。」
「気のせいだ。」
「だってほら‥‥」
の手が彼の手を取った。
その瞬間、あからさまにびくんと手が跳ねた。
それをしかと包み込んで、はにぃと目を猫のように細めて笑った。
「‥‥緊張中?」
「うるせぇ‥‥」
言うな、と彼は決まり悪そうに視線を背ける。
「釦を外すくらい、なんてことないじゃないですかー」
はクスクス笑った。
人の気も知らないで‥‥
土方はおかしげに笑う彼女をじっと見下ろした。
「緊張‥‥するに決まってるだろ。」
「どして?」
今までだってこうして着せて貰ったりしたことあるのに?
と言えば、彼は勘弁してくれよと溜息を零す。
確かに彼女の言うとおり、今まで着物を着せてやったりしたことはある。
出会った当初なんかは風呂に入れてやったりだってしたことはあるけど‥‥
でも、
「あの時と、今は、違う。」
と男は言った。
あの時は、目の前の彼女を、仲間としか見ていなかった。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
でも、今は、
「‥‥おまえは、特別な、女だ。」
彼が、
愛した、
たった一人の女。
焦がれるほど好いた女を前にして、
その女に服を脱がせてと言われて、
普通でいられるわけがないじゃないか。
「ひ‥‥じかたさ‥‥」
は間近で見てしまった。
男の瞳が、色を変えるのを。
いつもの冷静で、どこか強い色のそれから、
甘く、余裕のない、熱っぽく潤んだそれへと変わるのを。
「‥‥っ」
その瞬間、も自覚した。
自分のしている事の大胆さと愚かさ。
そして、
彼の交錯する想い。
自覚した途端にものすごく恥ずかしくなって、は視線を落とす。
珍しくも耳まで真っ赤になる彼女は慌てて彼の手から逃れようと後ろに引いた。
こうなると、
土方の方が強かった。
「逃げるな。」
先ほどまで緊張して手先が震えていたくせに。
彼は迷わず彼女の腰を抱いて引き寄せる。
あ、と思ったときには男の腕の中だ。
おまけに長椅子の上にどさりと押し倒され、慌てた。
「あ、ちょっ‥‥」
待ってと制止を掛ける。
今度はが追いつめられる番だ。
男という生き物は逃げられると追いたくなる性を持っているのだから。
「待ったなし。」
言って、男の指が釦を一つ外した。
瞬間、白い肌がその間から見える。
恥ずかしさから肌まで僅かに赤く染まっていた。
ひどく扇情的だと彼は思う。
「や、やだ‥‥」
「おまえが脱がせてくれといったんだろう?」
「わ、私が言ったのは釦を外しくださいって事で‥‥」
脱がせてとは一言も‥‥
ぷつ、
「っ!!」
最後の釦が外された瞬間、
さらりと素肌の上を衣が滑っていった。
白いそれの下から、僅かに色づいた女の肌が現れる。
胸に巻かれた白いサラシがその色の差をはっきりと見せつけ、これはこれでひどく欲を煽るものだと土方は内心呟いた。
勿論、
そんな冷静ではいられなかったが。
「‥‥ひ、土方さん‥‥」
はじっと肌を見つめられ恥ずかしさに視線を逸らす。
逸らしても肌には視線が突き刺さってくる気がした。
釦を外したのだからもう退いてくれればいいのに、男は組み伏せたまま動かない。
いい加減恥ずかしすぎてどうにかなりそうで、
「も、もう退いて‥‥」
が言って彼を押しのけようとしたとき、
くん、
と胸元を引っ張られる感覚がした。
まさかと思いぎょっとして彼を見れば、胸に巻かれたサラシを引っ張っていた。
ふくよかな胸の谷間、それとサラシとの間に出来た隙間に、指を突っ込んで。
引っ張った。
「っ」
下の方を引っ張られているので彼女には彼の指がどう差し込まれているのかは見えない。
ただ、男の指が、胸に触れる感覚はある。
それだけでどうしようもない恥ずかしさがを襲った。
同時に男は、その柔らかさに、堪えようのない性欲が身体を支配される。
ごくりと喉を鳴らし、僅かに残る理性を総動員し、
しかし、余裕たっぷりの意地の悪い笑みを浮かべて、
男は訊ねた。
「こっちも‥‥外してやろうか?」
くいと指先でサラシを押し上げながら、彼女の柔肌に触れた。
爪の先が肌を掠めては擽ったさとは違う別の感覚に背中を震えが走る。
声を噛み殺すために、唇を噛んで目を眇めた。
堪える様がひどく、男の欲を煽り‥‥
「‥‥」
抗っていた理性が、いとも簡単にうち崩れる。
一つが崩れたら簡単だ。
ぐいと先ほどよりも強くサラシを引っ張れば、押し込んでいただけの端は解け、見つけた端から手早く何巻かを解いてや
れば後ははらりと素肌を滑った。
緩んだサラシの隙間から手を差し込んでその柔らかさに直に触れる。
「ぁっ」
男の無骨な手に包まれ彼女は小さく声を上げた。
それが不安げな声で、彼はこめかみに口づけながら、
「怖がらなくていい」
とだけ囁いた。
その言葉通り、指は決して乱暴な事はしない。
柔肌を傷つけまいと、やんわりと乳房を弄られ、喉の奥から甘い声が溢れそうになる。
そうする一方で男の手は皮の帯紐、無効の言葉ではベルトというのだっけか、それへと掛けられた。
片手で器用に釦を外された頃には緩んだサラシの下で、赤い果実が尖り始めた。
「あっ、やっ」
解けた白の隙間から見えた己の胸の先端。
それに絡みつく男の指をはっきりと見てしまい、は羞恥に声を上げ身を捩った。
「なにが、いや‥‥だよ」
ここがいいんだろう?と意地の悪い男が笑いながら聞いてくる。
そんな事言えるかとはぎゅうと目を閉じ、ついでに甘い声が漏れてしまわないように奥歯も噛みしめた。
そうしてそっぽも向いてしまう。
「。」
そっぽを向かれ、土方はこちらを見ろと囁きながら、耳孔を舌で犯した。
ぐちゅと濡れた音が響き、常では聞かない音にぞくりと背筋が震えるのを感じる。
「‥‥」
「んっ、や‥‥」
「‥‥‥‥」
もう一度名を呼ばれた瞬間、
こつ、
と彼女の耳にははっきりと音が聞こえた。
あれ?なんだろう。
はぼんやりと霞がかる頭で考える。
こつこつと、続いて聞こえてくる音はどうやらこちらに近付いているらしい。
こつこつ。
こういう音を立てるのはなんだっただろう?
何かを叩く音だ。
固い何かを、叩く音。
そう、あれに似ている。
固い床を、靴底が叩く音。
靴音‥‥
あし、おと?
答えがぴたりと当てはまった瞬間、彼女は一気に引き戻された。
「ちょ、待った!」
慌てて男を押しのけようと肩に手を掛ける。
人が来ていると言うことを教えようとしたのだが、生憎と男はそれを恥ずかしいが故の抵抗だと感じたらしい。
「暴れるな」
と一言告げて全体重で彼女を押さえつけてきた。
「ちょ、土方さん!駄目ですって!」
ほんとに、とは慌てた。
まずい、足音はこちらに近付いてきているのだ。
こんな所を誰かに見られたら、何を噂されるか分かったものじゃない。
というのに‥‥
「だめだ」
土方歳三、ただいま暴走中。
止まらない男は、あろうことか下へ手を伸ばしてきた。
手っ取り早く抵抗する力を奪おうというのだろう。
待って、それだけは待ってくれ。
は涙目になった。
「土方さん、落ち着いて!!」
「喚くな‥‥」
「ほんとにまずいって!」
今、
こつ、
「足音‥‥ひゃぁっ!」
言葉を最後まで告げる前に、男の指が最も弱い所に触れた。
途端、びりりと痺れが走り、口から甘ったるい声が零れ、それに応えるように指が押し込まれる。
声にならない声を上げ、喉を晒して感じる女を前に、土方は笑みを浮かべた。
が、
――こんこん、
突如聞こえた戸を叩く音。
そして、
「土方君、ちょっと失礼するよ?」
次いで聞こえたよく知る声に、
「っ!?」
男は驚きの表情を浮かべた。
そしてその瞬間、我に返り、事態を把握したが事既に遅し――
「土方君、明日の事なんだけど‥‥」
大鳥は靴音を響かせて室内へと歩みを進め、
「明日は――っなっ!?」
ばさばさと手にしていた書類を床にばらまいた。
ぎぃいと聞こえる扉の音が、なんだかやけに寂しげだとは思って、瞳を閉じた。
ただ今暴走中
時々暴走します。
うちの副長。
この後、大鳥さんに笑顔で説教されるといい。
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