まるで夢のような光景だった。
満開の桜の花びらが青空を覆い隠すように咲き乱れていた。
もう、桜は散ったはずなのに‥‥どうして?
そう、不思議に思ったのはつかの間。
そのあまりに美しい光景を前にそんな事を考えるのは野暮だと、思った。
「。」
それを一人見上げていると声を掛けられた。
振り返ると、そこに、その人がいて、私は目を丸くした。
「近藤‥‥さん?」
一瞬、
幻かと思った。
だって、近藤さんがここにいるはずがないから。
『この世界』にいるはずがないから。
だって、彼は‥‥
死んだのだから。
「どうした?驚いた顔をして‥‥」
いや、
そこにいたのは彼だけじゃなかった。
「源さん‥‥」
いつものように優しい顔をした彼が、いた。
その横に穏やかな顔をした山南さんも立っていた。
「何か驚くような事でもありましたか?」
「そりゃあきっと、桜が綺麗だからだよな!」
山南さんに笑いかけたのは平助。
「平助にも桜が綺麗だ、なんて思う風流さがあるとは思わなかったぜ。」
その平助をからかう新八さんがいて、
「平助の場合は桜より、酒、だな。」
苦笑で頷く左之さんが。
「でもまあ、刹那が驚くのも無理ないよね。」
そう意地悪く笑って言うのは総司だった。
「そうだな‥‥これは、見事な桜だ。」
総司に同意して目を細めたのは一。
「絶好の花見日和、ですね。」
控えめに山崎さんが言った。
「おい、てめえら。花見の準備をしろ。」
と、声を飛ばしたのは土方さんで‥‥
これは‥‥夢だ‥‥
私は、彼らを呆然と見ながら、それに気付いた。
現実であるはずがないと。
これは、夢なのだと。
だって、近藤さんは‥‥死んだ。
源さんだって、死んだ。
それだけじゃない。
今笑ってるあの人だって、
あいつだって、
みんなみんな、
死んだ。
私を置いて、
いってしまったんだ。
だからこれは、現実であるはずが‥‥ない。
それが分かっているのに、
私はそれを夢だと諦めてふりほどくことが出来なかった。
だって、会いたかったんだから。
もう一度、
みんなに、
会いたくて会いたくて堪らなかったんだから。
「さん。」
私を、彼女が呼んだ。
千鶴ちゃんだった。
「‥‥いきましょう。」
千鶴ちゃんは私に言った。
一緒に。
いこうと。
「みんなで一緒にいきましょう。」
どこへ――
私は心の中で問うた。
彼らと私の行く道は違うというのにどこへ共に行くというのだろう。
「いきましょう」
千鶴ちゃんはもう一度言った。
「そうだ、も来いよ!」
賑やかな声が私を誘った。
「みんなで一緒にいこうぜ。」
みんなで、一緒に。
ああ、
それも、
いいのかもしれない。
彼女たちと共に、どこまでもいくことも。
いいのかもしれない。
「‥‥」
私は静かに手を伸ばしていた。
差し出してくれる彼女の小さな手に重ねようとした。
その時、
――――
どこかから、声がした。
私を呼ぶ声だった。
決して小さくない声が、自分を確かに呼んでいた。
引き留めるように。
繋ぎ止めるように。
「‥‥あ‥‥」
私は、手を、引っ込めていた。
もう少しで取れるはずだったその手を‥‥引っ込めた。
千鶴ちゃんが、悲しそうな顔をするのが、見えた。
このまま彼らと共に行くことも悪くない‥‥そう、確かに思った。
だけど、
それは、
「できない‥‥」
私は頭を振る。
彼らと一緒にいくことは、出来ない。
「どうして?」
近藤さんが問いかけた。
顔を上げるとみんなが悲しそうな顔で私を見ていた。
寂しそうな顔だった。
そんな顔をされたら‥‥一緒に、ついていきたくなるのに。
「どうして『その世界』を選ぶ?」
近藤さんは静かに問いかけてくる。
「そこには永遠の幸せはないだろう?」
確かに。
そこには永遠の幸せはない。
「ここにいればもう二度と、苦しむことも悲しむこともないんだぞ。」
ここにいれば、確かにもう二度と、苦しみや悲しみを味わうことはない。
「悲しい別れが‥‥待っているかもしれないのに‥‥」
私はきっと、そう遠くないうちに、何度も体験した悲しい別れが‥‥やってくる。
その時私は、絶望し、この夢の世界を選ばなかった事を、後悔するかもしれない。
でも、
「‥‥あの人を、ひとりにすることは、出来ないんです。」
彼を、一人にすることは、出来ない。
彼を一人、
あの世界に置いて行くことは、
出来ないから。
例えばここがどれほどに望んだ幸福な時だったとしても‥‥
彼との時間がもうほとんど残されていないとしても‥‥
私には、
今あの場所で私を待っている彼を捨ててまで選ぶことは出来なかった。
「さん。」
「‥‥ごめん。」
悲しそうな顔で見上げる千鶴ちゃんに、私は謝罪の言葉を口にした。
「ごめん。
やっぱり私は‥‥」
共にいけない。
みんなの所にはまだ‥‥
行くことが出来ない。
「‥‥そう、ですか‥‥」
言葉に千鶴ちゃんは小さく呟き、やがて、笑った。
「それが、さんの決めた道なら‥‥」
「千鶴ちゃん!!」
ざあ、と強い風が吹くと同時に世界が薄紅色に染まった。
桜の花びらがまるで世界を覆い尽くすかのように舞い散り、彼らを飲み込む。
すぐ傍にいたはずの千鶴ちゃんさえも見えなくなり、手を伸ばしたその手は彼女の手を掴むことさえ出来ず、ただ、空を切った。
花びらが舞い上がったその後には‥‥もう、
なにもなかった。
ただ、
闇が広がっていた。
「」
声が、
聞こえる。
自分を呼ぶ声だった。
「」
何度も、声は自分を呼んだ。
必死に、何度も。
呼び起こすように。
「夢を‥‥見ていた。」
ぼんやりとした呟きに、彼は「夢?」と鸚鵡返しに問いかけてくる。
「暖かくて‥‥優しい夢だった。」
「‥‥」
「近藤さんがいて、土方さんがいて、
総司が、一が、平助が、左之さんが、新八さんが、
山南さんが、源さんが、山崎さんが、千鶴ちゃんが‥‥」
みんながいて、
みんなで、笑っている夢だった。
「‥‥幸せな夢だった‥‥」
「」
「私はずっと、あの場所にいたいと思った。」
「‥‥」
私の素直な言葉に、彼は口を噤む。
私の幸せを自分が引き裂いたのだと後悔するように、苦しそうな顔をして黙った。
確かにあの時、私を彼が呼ばなければ‥‥私はあの場所にとどまったまま、今でも幸せな夢を見られていたんだろう。
でも、
あの場所を望めばきっと、
二度とここには戻ってこられなかった。
「‥‥?」
そっと、私は手を、求めるように伸ばす。
彼はどうしたのかと訊ねながらその手を取ってくれた。
手は温かくて‥‥涙が出るほど、優しかった。
ああ、
この世界を選んで良かった、と私は思う。
彼を選んだのは間違いではなかった、と。
だって、こんなにも暖かくて、優しい世界じゃないかと。
「‥‥‥‥どうした?」
突然涙ぐんだ私に、彼は心配するような顔になって覗き込んでくる。
「なんでも、ない。」
ただ、ここに自分がいられるのが幸せで幸せで‥‥
「‥‥」
困ったような顔をした彼に、私は手の甲で涙を拭う。
それから今更のように、
彼に言わなければいけなかった言葉を思い出した。
「あのね‥‥」
私は涙で揺れる声で紡いで、笑った。
「ただいま――」
ここが、
私の戻るべき場所だ――

いろいろあって、長いことお休みしてしまって
すみませんでした。
実は閉鎖の危機でした(爆)
ちょっと余裕がなくなったから‥‥なんですが
(とはいっても家族や友人に不幸があったとか
じゃありませんからねっ(汗))でもやっぱり
この世界で何かを作り出して伝えたい、
その一心で恥ずかしながらもう一度ここに戻ら
せて戴ききました。
拙い作品ばかりでまだまだ未熟なのですが‥‥
また、ここで、
皆さんにお会いできたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
因みにこの作品のお相手は皆さんの好きな相手
を選んでくださいね。
2011.3.25 三剣 蛍
|