「‥‥一、いつまでこのままでいるつもり?」

  何度目になるだろうか。
  その問いかけをするのは。
  若干呆れたような声に、返ってくる答えは先ほどと同じものだ。

  「も、もう少し待て!」

  元新選組三番組組長、斉藤一。
  常に冷静沈着な彼とは思えないほど、動揺しきった声に、は何度目か分からない溜息を零した。

  溜息だってつきたくなる。

  何故ならこの状態でもう長いこと動けずにいるのだから。

  膝をつき合わせ、お互いに何故か正座の状態で‥‥だ。

  因みに何故そんな情況かと言うと‥‥
  隣にある一組の布団と、
  二人の白の襦袢姿で分かって貰えるかと思う。

  今日、二人はひっそりと祝言を挙げた。
  は斎藤の妻になることを、斎藤はを妻にすることを、誓った。
  盃を交わし、質素ながら二人で祝いの料理を食べた。

  そう、
  つまり、この日の夜。
  ‥‥初夜を迎えるはずだったのである。


  「‥‥」
  しかし、いざ布団を用意して膝をつき合わせて緊張した面もちで顔を合わせると、斎藤はまるで固まってしまったかの
  ように動かなくなってしまった。
  勿論最初こそも緊張していたが、夫になる斎藤は顔も真っ赤で‥‥視線さえ合わせてくれない。
  自分よりもがっちがちに緊張している相手を長い間見ている内に、の緊張とやらはどこぞへと消えてしまったらしい。

  一体いつまでこのままなのだろう。

  は正座をしたまま、畳へと視線を落としている男をじっと見つめた。

  それからまた‥‥暫く無言の時が過ぎる。

  もう、日が変わってしまったのではないか‥‥
  そう思うくらい、長い、ながーい時間だ。


  やがて痺れを切らしたのか、溜息が一つ聞こえる。
  そして、

  ぼすっ、

  「‥‥?」

  彼女は一足先に布団の上に転がってしまったのである。
  突然横になってしまった彼女に男驚いたような顔になった。

  「ちょっと脚痺れたから横にならせてもらう〜」

  ひらひらと手を振って、緊張感のない事を口にした。
  脚が痺れた、というのは嘘だ。
  どちらかというとこの長すぎる、何もしない時間とやらに疲れてしまったと言う方が正しい。
  はごろっと転がって、布団の中に潜り込んだ。
  そうしてちょいちょいと手を招くように動かして、

  「一も、一時休んだら?」

  雰囲気もなんにもないその言葉に、男は間抜けな顔で「え」と小さな声を上げる。

  ――今夜は特別な夜ではなかったのか?

  「だって、疲れたでしょ?」
  長いこと正座するの。
  とは苦笑を漏らした。
  まるでいつも通りの彼女に、男はなんともいえない不思議な顔で、ううと一つ唸るのだった。



  ようは不甲斐ない自分がいけないのである。
  布団に入った男は、自分の情けなさを呪った。
  確かにかつて共に戦った土方や、原田のように女慣れはしていない。
  あの頃は別段興味がなかったのだが、それにしてもこの不甲斐なさはどうだろう。
  がちがちに固まって動けなくなるという情けない姿を見せるくらいなら‥‥少しくらい戯れに付き合っても良かっただ
  ろうか。
  いや、だが、しかし。

  「‥‥な、一。」

  あれやこれやと一人ああでもないこうでもないと考えていると突然声を掛けられた。
  ぎくっと身体が強ばり、

  「な、なんだ?」

  努めて平静を装ったが、声は強ばってしまった。

  「別に、私は形に拘る事はないと思うよ。」

  そんな彼に、は言い放つ。

  一瞬、何を言われたのか分からなくて、
  「‥‥なんのことだ?」
  男は訊ね返していた。
  何が形に拘らなくていいというのだと。

  だからさ、とは言った。

  「祝言を挙げたからって‥‥無理して私を抱くことはないってこと。」

  彼女は思うのだ。
  別に肌を合わせずとも‥‥気持ちさえ繋がっていれば夫婦になれると。
  それがしきたりだからとか、そんな事を考えて無理をしなくてもいいと思うのだ。
  お互いに好きで‥‥一緒にいたいという気持ちがあればそれでいい。
  今無理をして慣れないことをしなくても、いい。
  いずれ、
  彼の気持ちが自分を欲した時、
  その時に抱いてくれればいいと。

  「‥‥」

  斎藤はこの時になって初めて、の方を見た。
  当の本人は、背中を向けていて漸く夫が自分を見てくれているとは気付かない。
  だから、
  その男の表情にも、気付かない。

  先ほどまでがっちがちに緊張していた男の‥‥変化にも‥‥

  「私、待てるし。」

  は明るく言った。

  待つのは嫌いじゃないんだと。

  「だから一も難しく考えないで‥‥」
  もっと、楽に‥‥

  そう言いかけた言葉は覆い被さるような影に遮られた。

  なに?

  と重なる影に驚いて僅かに身体を返せば、琥珀の瞳に映る‥‥
  零れる黒髪と‥‥蒼い瞳。
  いつもは静かな蒼い炎を灯らせるそれが、
  火傷しそうなほどの熱を湛えているのに驚いた。
  それよりも驚いたのが、

  「んっ!?」

  唇に、触れる、温もり。

  口づけられている。

  何故だか、
  どうして?
  と思ってしまった。

  どうして、口づけられるのかと。

  「‥‥は‥‥じめ‥‥?」

  驚きに目を見開く彼女に男は僅かに目元を染め、こう告げる。

  「‥‥今、思った。」

  告げながら中途半端に返した肩を強く押して、敷布に華奢な身体を縫い止める。
  その上に男は覆い被さりながら続けた。

  「おまえが‥‥欲しいと。」

  今、思った。

  このどこまでも優しくて、可愛い女を。
  情けない姿を見せる自分に、健気に待つと言ってくれた女を。

  心の底から、欲しいと‥‥思った。

  だから、

  「‥‥おまえを、抱く。」

  僅かに躊躇いがちに紡がれた言葉。
  でも、その瞳にもう迷いはない。
  それよりもずっと激しい男の欲の色に‥‥は言葉を失った。


  



  多分初めてはこんな感じでがっちがちになる
  と思う。