楽しげに話をしていると、ふと視線を感じる。
  見れば向こうでこちらを見つめる榛色の目とぶつかった。
  まんまるいそれはぼんやりとして、
  私の視線と、多分、重なってない。

  「‥‥でね。」

  彼女が見ているのは私の隣。
  にこやかに話をしているこの男。

  新選組一番組組長、沖田総司。
  天才的な剣の使い手で、敵からも味方からも恐れられている‥‥といえば、なんだか歴史を動かしそうな猛将のようだが
  実際はそんな格好のいいものじゃない。
  一言で言えば、
  性格がねじ曲がったガキ。
  それだ。

  本人に言うと「いやだな、こんな大きい子供はいないでしょ」なんて笑顔で否定されると思う。
  しかもその後嫌がらせの応酬だ。

  大人なら、笑って流せ。

  そんな大きな子供に熱い眼差しを向けているのは、これまた外見が子供みたいな女の子。
  雪村千鶴ちゃん。
  哀れなくらいに素直な心の持ち主で、総司にいいように遊ばれている。
  そんな彼女が総司に対して他とは違う感情を抱き始めたのは、いつだっただろう?

  彼女は、総司の事を一人の男として好いていた。

  あれだけ苛め倒されてるってのに‥‥

  「、聞いてる?」
  上の空で聞いていると、総司がひょいと人の顔を覗き込んできた。
  「あ、ごめん。」
  慌てて何でもない、と首を振ると、総司は「そう」と肩を竦め、やがて彼女に気付いた。
  「あれ?千鶴ちゃん?」
  ひら、と手を振られ彼女はびくんっと身体を震わせた。
  見つかった!とあからさまに怯えた顔を見せるので、私は苦笑で「だいじょうぶ」と言葉にせずに告げる。

  ややあって‥‥

  「ご、御苦労様です。」
  ぺこ、と頭を下げながらこちらへと近付いてくる。
  「はい、御苦労様。」
  「お疲れ。」
  総司も私も応えた。
  それから彼女の手にしている畳まれた着物を見て笑う。
  「あ、もしかして洗濯物取り込んでくれたの?」
  そういえば庭に干しっぱなしだったっけ?
  誰か隊士にでも頼もうかと思ってたけど、まさか千鶴ちゃんが取り込んでくれたなんて。
  しかも、ちゃんと畳んである。
  「ごめんね、ありがとう。」
  受け取り、総司のものは総司に渡す。
  「ありがと。」
  と彼も礼を述べると、千鶴ちゃんは僅かに目元を細め、嬉しそうな顔で笑った。

  その笑顔はすごい可愛い。
  つい、ころっといってしまいそうなほど、可愛い。
  彼女の魅力は幼さの中に時折見せる女っぽい表情だなと私は思う。
  時折、はっとするような大人っぽいそれを見せるけれど、それは決まって総司の前でだけ。

  狡いなぁと私は苦笑で隣の男を見た。

  「千鶴ちゃん困るなぁ。」

  にこにこ笑顔のまま、総司は突然そんな事を呟いた。

  なにが?
  と私も千鶴ちゃんもきょとんとして総司を見る。

  「部屋で大人しくしてなさいって、言われたでしょ?」
  一昨日まで風邪ひいてたのに、と言われて私も彼女も「あ」と小さく声を上げる。
  そういえばそうだ。
  風邪引いて寝込んでたんだっけ?
  昼日中で暖かいとはいえ、病人が起きあがっていいはずがない。
  「千鶴ちゃん、部屋に。」
  また風邪をぶり返したら大変だと促せば、あろうことか、その男は笑顔のままにこういった。

  「風邪、みんなに伝染すつもり?」

  「っ!」

  その瞬間、千鶴ちゃんはびくりと肩を震わせ、もうあからさまなくらいに衝撃を受けたという表情を浮かべる。
  そりゃそうだ。
  総司は「人に迷惑が掛かるから、部屋にすっこんでろ」とそう取られてもおかしくない言葉を口にしたのだ。
  見る見るうちに顔が歪み、泣き出す寸前みたいな顔になった。
  そりゃそうだ。
  普通、泣く。

  「ち、千鶴ちゃ‥‥」

  違うんだよ、そうじゃない。
  こいつが言いたいのは‥‥

  慌てて言いかけるより、千鶴ちゃんが踵を返すのが先だった。

  「し、失礼します!」

  震えた声でそう言って、止めるのも聞かずに廊下を走って戻っていく。
  や、だから、ぶり返すから走っちゃだめだってば。
  その背中に声を掛けることさえままならず。

  「‥‥」
  やがて足音が遠ざかると、私はじろりと総司を見た。
  「意地悪。」
  言われて総司はひょいと肩を竦めた。
  「やだな、に言われたくない。」
  「私はおまえほど性悪じゃない。」
  いくら彼女の為だって、あんな言い方ないだろうに。
  「もっと優しくしてあげれば?」
  あれじゃ嫌われてると千鶴ちゃんも誤解する。
  そう言えば、総司はくすくすと笑って答えた。
  「だって楽しいじゃない?」
  千鶴ちゃんの反応。
  と言うから、もう一度心の中で性悪、と呟いておいた。

  「いちいち真に受けて、反論してくれるし。」
  面白いよね、と総司はしみじみと呟く。
  相手にはひどく同情した。
  ああでも、もしかしたら私の平助に対するのと同じかな?
  違うか。
  私はここまで性悪じゃ‥‥

  「ああしてると、そのうち‥‥さ‥‥」
  総司はぽつんと、庭先を見て呟いた。
  なに?
  視線を上げれば彼はちょっとだけ、ちょっとだけ寂しそうな顔をしていて。

  「そのうち、僕のこと好きになってくれないかなぁ‥‥」

  ――いや、もうとっくになってるだろ。

  でも、少しは悩めばいいと思うから、心の中で言っておく。
  やっぱり私も性格が悪いのかもしれない。



その男性悪につき



総司の千鶴ちゃんいじめは、小学生並だと思う。
でも加減のないガキんちょなので、千鶴ちゃん
大変だなぁ‥‥