「どうした‥‥そいつぁ‥‥」

  の様子を見て、土方は躊躇いがちに問いを口にした。
  どうした‥‥と訊ねるのを憚られたのは、の着衣が乱れていた事だ。
  朝方見たときの彼女は確かに髪の毛もきちんと纏めていたし、着物だってきっちりと着込んでいた。
  それが今はどうだ。
  髪の毛は引っ張られて、ぼさぼさに乱れ、帯は解かれて着物はただ羽織っているだけという格好だ。
  思わず、
  最悪の考えが頭をよぎる。

  思わず部屋に隠すように引き入れた。

  怖い顔になった彼に気付いて、は違いますよと先にその考えをうち消す。

  「最後まではされてないです。」

  「‥‥そうか‥‥」
  土方はちょっとほっとした。
  いや、そうか、じゃない。
  ぶるっと頭を振ると、そうじゃねえと彼は苦い顔で呟く。

  「誰にやられた?」
  聞けば彼女はよいしょと乱れた着物を直しながら口を開いた。
  「芹沢さんに決まってるでしょ。」
  屯所の中で、こんな馬鹿げた事をしてのけるのはあの人だけだ‥‥とは言った。
  あの人か、と土方は顔を歪める。

  新選組筆頭局長である芹沢鴨は、とにかく酒の好きな男だった。
  酒を飲んでは大暴れをして、あちこちで問題を起こしていた。
  今日も今日とて真っ昼間から酒を浴びるように飲んでいたらしく、運悪く、そこをが通りかかってしまったのだ。

  「酌をしろと言われちゃ、断れません。」
  なんせ相手は筆頭局長。
  自分が仕える土方よりも上の人間だ。
  そんな人間に抗えば、後で彼がどんな叱責を食らうか分からない。
  というので仕方なく酌をしていればこの有様だ。

  「酒を飲んで女と見間違えたんじゃないですか?」
  「見間違えた‥‥っつうか‥‥」
  本当ならば見破られた、だ。
  は女なのだから。
  しかし、芹沢は知らない。
  彼女の性を知っているのは近藤派の一部だけだ。

  そんな彼女を酒に酔って女と見間違い、組み敷き、狼藉を働いた、とそういうことらしい。

  「ちょいとサラシの上から胸を撫でられた程度です。
  見た目ほどひどい事はありませんよ。」
  はこともなげに言ってのけ、やがて乱れた髪をさらりと解いた。
  「酔っぱらってたから、蹴りの一発股間にお見舞いして逃げてきたんです。
  多分覚えてないでしょうけど、もし後で文句言われたら謝っておいてください。」
  「‥‥‥‥」
  そんな言葉に、土方はなんとも言えない顔で彼女を見た。

  言いたいことはたくさんある。
  しかし‥‥なんだかには言うだけ無駄な気がした。
  いや、多分、無駄だろう。
  彼女は男に襲われた事を、微塵も気にした様子はない。
  自分を本気で男だと思っているのか‥‥それとも、がそういった事に鈍感なせいか。

  ううむと頭を抱える彼に気付かず、はよいしょとどうにか髪を纏めると、くるりとこちらを見た。

  「それじゃ、私戻ります。」
  「‥‥あ、ああ。」
  ぺこと一礼するとはそのまま背を向けて歩き出してしまう。
  ふわりと髪の毛が揺れた瞬間に、甘い香りがして、ああ多分あれが芹沢を惑わせたんだなと彼はまた苦い顔をした。

  「そうだ、土方さん。」

  ふと、は思い出したように声を上げて立ち止まる。
  振り返ると、飴色の髪が柔らかく揺れた。

  「私‥‥芹沢さんに局長命令で「自分に抱かれろ」って言われたらどうしたらいいですか?」

  そんな言葉に土方は思いっきり顔を顰めて、決まってるだろと答えた。

  「斬り殺してでも、断れ。」

  俺が許す――という言葉に、は満足そうな顔で、
  頷いた。



そのむかしの話



芹沢さんがいたころの話です。
彼らがいた頃はどうだったかなぁ‥‥と考えていて、
あの人の酒癖の悪さ‥‥故にできた話。
芹沢さん話はまだ膨らみそうだ。