「欲求不満なんですよ。外出禁止って言うんなら、相手して下さいよ」
お酒の勢いも借りずにそう言い切れた私は、恐らく相当切羽詰まっていたんだと思う。
普段総司とかに下世話な話をされても赤面はしないものの…因みに千鶴ちゃんは真っ赤だ…だからといって『こういう事』
に慣れているわけでもない。色町に潜入していても、ぶっちゃけそれは酒の相手だけ。身体の関係なんてのは皆無であし
らい方は知っていても誘い方なんてものは知らない。
だからそんな情緒もくそもない直接的な言い方しか出来なかったし、でも、言えただけ奇跡。
自分で言って噛まなかったかな、とか、顔赤くないかな、とか不安になったけど、それ以上に鬼の副長が間抜け面を曝し
て私をまじまじと見つめているのがおかしくて……
つい、ふっと口元を歪めて笑えば、次の瞬間、彼の瞳がすいと眇められて、
――それから、
私が『人』ではないと知ったのは数日前。
私が『鬼』の血を引き、あの風間達と同じ化け物であると知ったのは。
しかも、先祖返りとかいうとんでもない濃い血が流れていて……どうやらそんな私を風間は欲しているらしい。理由は
勿論、鬼の血を絶やさない為だ。つまり、あいつが欲しいのは私の身体。子を宿す為の器として。
そんなの真っ平御免とはね除けたいけれど、私はあの鬼の強さを知っている。
勿論、彼らもだ。
何度も風間と刃を交えた土方さんなんかは、悔しい想いをしているくらいだろう。あいつは、強い。
多分鬼の力を顕現させれば、彼は…負ける。
負け、つまりは彼の死。
そんなのどうしたって見たくない。
彼が死ぬのなんて絶対に嫌だ。
だけど、私がここに居続ければきっと彼らは再び刃を交える事になる。
風間は私を諦めないだろう。
そしていつか、土方さんはやられる。
だからその前に、私はここを出なければならなかった。
彼らの元を離れなければならなかった。
でも、その前に一つだけ、
どうしてもしておきたい事があった――
気付けば身体が上へ上へと這い上がっていく。
押し寄せる何かから逃げるように身体は逃げるように上へ。
無意識に伸ばした指先ががりと畳を掻き、そのまま更に上へと上り詰めようとすれば、大きな手がさせまいと私の細腰を
捕らえ、
「てめえから仕掛けておいて逃げてんじゃねえよ」
「ひぁっ――」
己が腕の中に抱き込みながら、息の根を止めるように奥までねじ込まれる。
笑いを含んだ意地の悪い言葉ごと、耳孔に舌をねじ込まれ、唾液を注がれ、耳朶に噛みつかれ、私は身を捩った。
捩っても腰をしっかりと捕まれているせいで逃げられず、そればかりか身を捩ればその分だけ事実を突きつけるみたいに
中で緩やかに動かれる。
瞬間、私の敏感な内部が捕らえるのは彼の存在だ。
大きくて、熱くて、
それも生きているのだと主張でもするようにどくりどくりと脈打つのが生々しいほどに感じる。
私の鼓動とは違う、早さで刻み、私の意志とは違う動きをするそれに……私の中に、私以外のものが在るのだと突きつけ
てきて、
「ぁ、あぁ、だめっ…だ、めっ」
それでぐりと強く中を擦られ、背筋がぞわぞわぞわっとおかしなくらいに震えた。
込み上げる何かから逃げようとまた爪先は足掻き、背は撓る。
弾みで零れた涙を、土方さんは舌先でねっとりと拭った。
その感触さえも私の快楽を煽り、嫌がれば顎を捕らえられて頬に緩く歯を立てられた。
「い、たぁっ」
「痛ぇのも、好いんだろう?」
掠れた声で言うのが壮絶な色香を醸し出す。
「おまえの中、いいだけ締まったぞ」
「い、やっ」
「自分の事だろうが、何を恥ずかしがる事があんだ、よっ」
なんて意地悪な言葉を吐いたその人はまた、私の奥をぐんっと突き上げる。
ぐりと更に奥まで潜り込む感覚にちかりと瞼の裏が明滅。
かは、と変な声が喉の奥から零れたのは内側から押し上げられたせいなのか、だけどすぐにぎりぎりまで引き抜かれ粘膜
を引きずり出される感覚に私は悲鳴を迸らせた。
「ひぁ、あーっ!」
そしてまたじゅぶと濡れた音を立てて奥まで穿たれ、仰け反った身体はまるで糸が切れた人形みたいに力を失い畳の上に
沈む。
「ぁっ、だめっ、…も、もう、ぁ、あっ」
軽く頂を極めた私に土方さんはのし掛かり、更に激しく動き始めた。
「あ、ぁあっ…んっ…は、ぁあっ!」
自分の声が涙声で塗り潰される。
何故泣きたいのか分からないけど、大声を上げて泣き出したい。
そんな私を土方さんは優しく労るように抱きしめたかと思うと、
「っ――!?」
突き破る勢いでぐんっと最奥を穿たれ、まるで私は身体の中から刃にでも貫かれたのかと思った。
だとすればどくりと身体の奥から広がるのは血、だろうか。
彼の手に掛かって死ぬのならば、それも悪くはない――
暫し余韻に浸るみたいに土方さんは私の背中に張り付いたまま荒い呼吸を繰り返していた。
彼は私以上に欲求不満だったのだろうか? 血だと思っていたのは彼の精で、勢いよく飛び出したそれはだらだらと惰性
のように暫く流れ続け、やがて溢れた精が太股を伝って落ちる。
その何とも言えない感触に身震いをしつつ、徐々に冷静になっていく頭で私は一つの区切りをつけた。
これで、
もう、
思い残す事はない。
そっと瞳を閉じ、ゆっくりと半身を腕で支えてのろのろと彼の下から這い出た。
いつまでも彼の部屋にいるわけにはいかない。
すぐに湯浴みをして、荷を纏めて、それから、それから、
あれこれと今後の段取りを頭の中で考えていると、再び背後からぐいと引き寄せられた。
「え…ひゃっ!?」
何かと振り返ればそのまま仰向けに転がされて、押し倒され、
「な、にっ――あぁっ!?」
次の瞬間、再び身体を貫かれて私は仰け反った。
私の身体を貫いたのは冷たい刃ではなく、彼の熱い半身。
先程確かに放ったばかりのそれはいつの間にか硬度と熱とを取り戻して、私の中を再び支配した。
衝撃に一瞬、涙がにじみ、世界が歪む。
その歪んだ世界の中で見上げた土方さんは、何故かこんな時なのにすごく不満げな顔をしているのが分かった。例え私の
目が潰れていても、不満げな顔をしているって。
その顔で、彼は言ったんだ。
「これで、最後になんかさせねえぞ――」
息が、止まった。
これで最後になんかさせない。
それは……ただ彼がまだ満たされていないから。
だからもう一度抱かせろとそういう意味に違いないと自分に言い聞かせたけど、私の瞳には驚きと、それから、悲しみと
後悔の色が浮かんでしまった。
それだけで、土方さんには十分だ。
ううん、多分彼は最初から気付いていた。
私の意図になんて。
「どうせてめえのこった。俺たちに迷惑掛けねえようにここから出ていこうとか考えてやがったんだろ」
お見通しなんだよ、と土方さんに吐き捨てられ、私は漸く我に返り、足掻く。
見抜かれてしまっていたのではそれこそ長居は出来ない。
逃げなければと藻掻いたけれど身体をぴったりと合わされ、体重を掛けられては身動きさえ出来ず、
「ひぅっ――!」
私が逃げようとするのを察した土方さんに腰を軽く揺すられれば思考が甘く霧散してしまった。
霧散した思考の欠片が身体のあちこちにでも飛んでいくみたいに、疼きと快楽が爪先から身体の中心までじわじわと集ま
ってきて、私はまた背を撓らせる。
「俺が、あの鬼野郎にでもやられるとでも思ったのか?」
見くびられたもんだな、と不機嫌に漏らしながら彼の手が繋がった場所に伸びた。
「ひっ」
めいっぱい拡げられ、今まさに犯されている入口をそろりと撫で、そのまま蜜と精とを絡めた指先で彼が触れたのは繋が
ったそのすぐ上にある陰核。
「ぁあっ――」
人差し指と薬指とで皮膚を押し下げるようにして皮を剥くと、無防備になったそれを中指の爪でかりかりと引っ掻いてきた。
軽い頂を極めるも彼はなおも追撃を繰り返す。
びりっびりっと断続的に襲う強すぎる快楽に私は彼の腕にしがみつきながらやめてくれと訴えた。
「誰が風間なんぞにやられるかよ。馬鹿にすんな」
「ぁあ、や、ひじっ、ひじかたさん、やめてぇっ」
「うるせえ、俺は怒ってんだ」
吐き捨てる声がが不自然に揺れ、彼の動きが再び忙しなくなった。
忙しく中を擦り上げながら、指は未だに私の弱い部分を弄っている。
だめ、だめ、
「い、いっちゃ――」
込み上げる排泄感に近しい何かを涙混じりに訴えれば首筋に思い切り噛みつかれ、
「おまえは、ずっと俺の傍にいるんだよ」
俺の物だときっぱり言い切るその人の瞳に、私は囚われて……もう二度と逃げ出せない。
そう思い知った。
鳥の囀りが聞こえた。
顔を上げれば、きっと襖の向こうは明るいんだろう。
当初の予定ならばもうとっくの昔に邸を抜け出していた。
どこで何が狂ったのか、私は未だに邸の中で、しかも、彼の部屋にいる。
土方さんは今日、仕事で詰めているはずだから今日が絶好の機会だったはずなのに。
今日を逃せば暫く抜け出す事は出来ない。
私の予定は狂いまくりだ。
勿論、彼の予定も多少狂ったはず。本来ならば会津藩に持っていく文を書き上げて、今頃別の仕事に取りかかれただろうに。
「っ」
つ、と私の腰を彼の手がなぞる。
ぞわりと腰の奥が甘く痺れたのは彼に徹底的に快楽を教え込まれたせいなのか……私は奥歯を噛みしめて悲鳴を押し殺す
と、布団に顔を押しつけて固い声音で言った。
「もう、無理です」
「わかってる」
もうしねえよと彼は答えたけど、じゃあなんでそんなやらしい触り方をするんだ。
「っ」
どうにも変な気持ちになりそうで、ごろりと寝返りを打つとぴんっと引っ張られる感覚に私は呻く。
顔を上げれば土方さんが私の髪を引っ張っていて、まるで逃がさないと言うみたいで私はくしゃと顔を歪めて溜息混じり
に零した。
「もう逃げないっての」
もう何処にも行かない、そう、彼に言わされ、言質を取られてしまった。
約束を違えるのは簡単だけど、私には出来ない。少なくとも彼と交わした約束を反故には。
だからぎりぎりの追いつめられた状態でも私は迷った。迷って迷って散々迷って、気が狂いそうになって、結局私は誓う
羽目になった。それだけに飽きたらずこの男、私が許しで「ごめんなさい」って言うまで好き勝手しやがって、お陰でも
う立ち上がる事も出来ない。
畜生。
これで逃げたら私、この人に殺されるんじゃないだろうか?
つい数刻前まで彼の事を心配していたってのに、何で私はその相手に殺されると心配しなきゃならないのかな……
自分でも恐ろしい人に惚れてしまったもんだと内心で嘆息をつく私になど気付かず、土方さんは指に巻き付けた髪をぴん
っと指先で弾き、きしりと軋む床の音にはっとすれば彼の影が私の身体をすっぽりと包んでいた。
「先に俺のガキでも出来りゃあ、風間の野郎も諦めるんじゃねえか?」
そう言いながら私の中に再び潜り込んでくる彼は……私との約束を果たしてくれるつもりはないらしい。
選択肢はただ ひとつ
鬼の血を引いていると知って逃げようとする
にどう対応するか。
これしか選択肢はねえよって感じですね。土方
さんの場合。
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