「千鶴ちゃん、後ろ乗って。」
ほら。
ぺちぺち、と後部座席を彼は叩いた。
千鶴は一瞬目を瞬く。
愛用のシルバーの自転車。
その後部座席に乗れ、と突然言われてもついていけない。
「今から、海見に行こうよ。」
「今から!?」
「そ、だから、乗ってって言ってるの。」
海岸に出るにはおそらく、車で1時間。
自転車では2時間も3時間も掛かりかねない。
まだ日は昇っているとはいえ、もう4時だ。
ついた頃には夕日が海に落ちるくらいになっている。
「で、でも‥‥」
「いいから、ほら、早く。」
乗って。
と彼は笑顔で促す。
決して強い口調じゃないのに、従ってしまうのは惚れた弱みか‥‥それとも、彼が沖田総司という策士だからか。
それは分からない。
千鶴は仕方ないなぁと呟きながら、彼の言うとおりに後部座席に横座りに乗る。
人目があるので少しばかり恥ずかしい。
「ちゃんとつかまっててね。」
服を掴む程度にしていると意地悪く言われてしまって、千鶴はその引き締まった腰に手を回した。
「どうぞ。」
「それじゃ、出発。」
ちりんちりん。
となんだか楽しげにベルなんぞを鳴らしながら沖田はゆっくりと走り出した。
平坦な道を自転車は行く。
学校からしばらくは塗装された道。
でも、そこから横道へと入ると、でこぼこ道が続いた。
小石を踏みつけるたびに千鶴は小さく声を上げる。
自転車で二人乗りをするときは、跨いで座るよりも横座りの方が安定が悪く、そして怖い。
しかし、スカートなんだからそれもできない。
せめて振り落とされないようにと千鶴はぎゅっと彼にしがみついた。
自然、
身体は密着する。
「千鶴ちゃんってさぁ‥‥」
暫く黙って自転車をこいでいた沖田だったが、ぽつんと、前を見つめたまま呟いた。
「はい?」
「見かけに寄らず‥‥」
見かけに寄らず、
重たいだろうか?
千鶴は青ざめる。
ここ最近お菓子を食べてたから太っただろうか。
まずい、体重計に乗ってないから気付かなかった。
あわあわと青ざめる彼女に、しかし、沖田はにやりと笑って、
「――胸、あるんだね。」
そう言ってのける。
青ざめていたはずの千鶴は、ぽかんと、一瞬口を開けて、
その言葉の意味。
そして自分の体勢。
それとを結びつけて彼のいわんとしている事を理解すると慌てて身を離す。
しかし、それを見越してか、沖田の手がぐいっと彼女の腕を引っ張る。
「駄目だよ、離しちゃ。」
危ないから。
器用に片手運転をしながら言う声はひどく楽しそうだ。
先ほどより更に密着する姿勢に、千鶴は真っ赤になった。
「お、沖田先輩の馬鹿!えっち!!」
「あはは、男はみんなえっちだよ。」
「うわーん、離してください!」
「離したら危ないでしょー」
「だ、だって‥‥」
「僕は全然気にしないよ?」
「私が気にします!」
「僕は大歓迎だよ。」
「先輩っ!」
あはははは。
と楽しげな声が上がる。
海へと続く長い道のり。
これくらいのご褒美があってもいいと思うんだと沖田は心の中で呟いた。
背中に感じる君の体温
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