脚を挫いた自分のために甲斐甲斐しく世話をする男を見ては思った。

  「おまえ‥‥まるで犬だな。」

  ご主人の命に忠実な、忠犬だ‥‥

  残念ながらころころと可愛らしい子犬という印象ではなく、でかい‥‥ちょっと強面の犬だ。

  「‥‥なんだと?」

  犬と表された斎藤は難しい顔でこちらを見た。
  以前、ぽち、と呼ばれて真顔で「わん」と冗談を言ったのが怖かったと三馬鹿が言っていたのを思い出す。
  わんとは言うなよ、怖いから‥‥と先には釘を刺しておいた。
  するとしゅんと少し落ち込んだ様子で「そうか」と呟いた。

  「別に土方さんに言われたからって私の面倒見なくていいんだぞ?」

  確かに右足を挫いているので不自由ではあるが‥‥何も出来ないというわけではない。
  それほど遠い距離でなければ片脚で跳ねていけばいい。
  最悪右足を使えばちょっと痛いだけで歩けるのだから。

  「おまえ忙しいんだし私の世話なんかしなくても‥‥」
  「それは出来ぬ。」

  これが今日の任務だ、とでも言いたげなくそ真面目な顔で首を振られてははぅと溜息を吐いた。

  彼の好意はありがたいのだけど‥‥正直男に甲斐甲斐しく面倒を見られる、というのはどうにも居心地が悪くていけない。
  外に出ようものなら男に担ぎ上げられるのだ。
  これが一番‥‥なんというか恥ずかしい。

  こんなことなら挫いたと言うんじゃなかった‥‥

  「他に、欲しい物などはないか?」
  「あー、うん大丈夫。」

  目の前に置かれた暖かいお茶と、それから暇つぶし用に書物を用意され、は疲れたように手をひらひらと振った。

  「では、何か他に用事はないか?」

  至極真面目な顔で問われては呆れたような顔になった。
  自分の前に正座での言葉を待つ姿は‥‥さながら主人の命令を待つ犬のようである。

  「本当に今日一日私の傍で私の言うとおりにするつもり?」
  「無論だ。」
  迷うことなく斎藤は答える。

  「無理難題だったらどうするのさ‥‥」
  「あんたが俺に無理難題を吹っかけるはずがない。」
  「そりゃ信用してくれてんのか、牽制のつもりかどっち?」

  ははーっともう一度深い溜息を吐いた。
  斎藤は‥‥やはり動かない。
  の命令を待っている。

  「何でも?」
  「ああ。」

  迷わず頷く彼にあのねぇ、と彼女は唸るように呟いた。

  「じゃあ、跪いて脚を舐めろって言ったら舐めてくれんの?」
  「‥‥それは必要な事なのか?」

  一瞬狼狽えた後、斎藤は至極真面目な顔で聞いてくる。

  はそうだと頷いた。

  「実はさっき怪我をしたから舐めて消毒しろ‥‥」
  「‥‥」

  難しい顔のまま固まる彼に、ほらな、と彼女は苦笑を漏らした。

  「こんな無茶苦茶な事をたまには私が言うこともあるんだぞ?」

  だから気軽に何でも言うことを聞くとか言わない方が‥‥と彼女が言ったその瞬間、

  ――ふわと、黒髪が揺れた。

  え?

  琥珀がゆっくりと見開かれていくのと同時に男の手が、足首に触れたかと思うと‥‥

  ちろ、

  「っ!?」

  と脚の指先に、濡れた感触が‥‥走る。

  「な、な、な‥‥な‥‥」

  は自分の口にした事ながらなんてことをするんだと男を信じられないものでも見るような目で見つめた。

  「――これで‥‥構わぬか?」

  目元を恥ずかしそうに染める癖に、どこか艶然とした色を瞳に湛えて言う男に、何故か‥‥何故かひどく‥‥女は恥ずか
  しくて――

  「うわああぁああ?!」

  振った脚が見事に彼の顔面に炸裂した。


  さあ、命令をご主人様。



  命令に忠実な振りをして、舐めてみたかった
  とかだったら本当にむっつりである。