毎日のように出てくる食事は違う。
  献立は勿論の事、味も、量も、毎日、毎回違う。
  それもそのはず、食事を作るのは当番制なのだ。

  食事には個性というのが現れる。
  どうにも食べられない‥‥というものは今では少ないが、それでも沖田の味付けは最悪だ。
  喉を越さないくらいに塩っ辛いか、もしくは味がしないか、どちらかである。
  また同時に、
  千鶴の料理は絶品であった。



  「おー、今日は千鶴ちゃんが食事当番かぁ‥‥」
  永倉は忙しく用意をする千鶴を見て、頬を緩ませた。
  目の前に置かれている膳は、綺麗に盛りつけされている。
  さすが女の子‥‥と彼は満足げな顔で頷いた。
  「えっと、鯖に‥‥おひたし‥‥あとは、南瓜と芋の煮物か。」
  原田も自分の膳を見て美味そうだと喉を鳴らした。
  その隣に腰を下ろした藤堂も同じく美味そうと言った後、
  「あれ‥‥でも、この南瓜と芋‥‥随分でかいなー」
  皿に盛ってある煮物を見てそんな事を呟いた。
  言われてみると、随分と大きい。
  割と大きめの芋は、豪快に半分に切っただけで、南瓜は掌くらいの大きさがある。
  これを一口で‥‥というのは多少無理がある。
  彼らは苦笑を漏らした。
  「おいおい、誰だよ、千鶴ちゃんと一緒に食事作ったやつはー」
  左之か?
  と永倉は笑った。
  「俺じゃねえよ。」
  「あの、今日は‥‥」
  と千鶴が口を開くが、永倉は聞いていない。
  「じゃあ、総司か?」
  「僕でもないよ。」
  沖田が首を振る。
  彼はじっとその切り口を見て、多分、と口を開いたが、藤堂が遮った。
  「せめてもうちっと小さく切ればいいのになー」
  「そうそう、一口くらいの大きさ‥‥」
  永倉は隣のお浸しの皿を掲げて、
  「千鶴ちゃんくらいの気配りが欲しいよなー。」
  そう言う。
  「これって男の料理っていうよりも、ただ切ってぶち込んだだけじゃん。」
  藤堂の同意に、そうだと永倉は笑って、
  「これじゃ、千鶴ちゃんの料理がぶちこわし――」
  そう言った瞬間、

  どん!!

  激しい音と共に、畳に湯飲みが置かれた。

  「っ!?」
  それに一同はびくっと驚き、顔を上げる。
  見ればが湯飲みを置いた姿勢のまま、止まっていた。
  思い切り置かれたらしい湯飲みからはお茶が溢れ、畳と、の手とを濡らしている。
  因みに‥‥熱々のお茶だ。

  「‥‥‥‥?」
  は俯いたまま言葉を発しない。
  まさか、と二人は青ざめた。
  この料理を作ったのは‥‥
  豪快に芋や南瓜を切ったのは、

  「‥‥すいませんねぇ。」

  妙に間延びした声が聞こえる。
  はゆっくりと顔を上げた。
  その顔は、満面の、笑顔。

  「っ!?」

  にこにこと、それは楽しげに笑う彼女が‥‥非常に恐ろしいと二人は思った。
  しかし、

  「折角の料理を台無しにしてしまって‥‥」

  すいませんねぇ、とそう言った瞬間、その瞳が一瞬だけ、歪む。
  それは明らかに‥‥傷ついた‥‥悲しそうな瞳。

  「!」

  すっくと立ち上がるとは背を向け、部屋を出ていこうとした。
  そんな彼女の様子に、沖田と斎藤は同時に立ち上がり彼女を引き留めようとする。
  それを、

  「――来ないで。」

  鋭いの声が二人を拒絶した。

  「‥‥」
  「‥‥」

  二人は腰を上げ掛けた状態で止まり‥‥

  は一つ、溜息を零して、声の調子を少しだけ緩め、なんでもないことのように言った。

  「手が濡れたから洗ってくるだけだから。」



  「ったく‥‥」

  足音が完璧に聞こえなくなり、部屋の中にはなんとも嫌な空気が立ちこめた中。
  緩慢な動きで腰を上げたのは土方だ。
  やれやれといった風に立ち上がり、部屋を出ていく。
  「副長‥‥」
  「先に食ってていいぞ。」
  「ですが‥‥」
  言いかけた斎藤を、土方は振り返り、苦笑を漏らした。

  「あっちは、俺に任せろ。」
  そしてこっちは‥‥
  部屋の中を見回して、

  「おまえに任せる。」

  ばちりと、目があったその人は‥‥無言だった。


  すたんと静かに襖が閉じる。
  「‥‥」
  沖田と斎藤はじろっと永倉、藤堂を睨んだ。
  原田はその間で居心地悪そうな顔をして肩を竦めている。
  やばいと二人が青ざめる中、その中で誰よりもっとも二人をこらしめられるその人が、
  「永倉さん‥‥平助君‥‥」
  ゆっくりと振り返った。

  千鶴は顔を真っ赤に染め、あまりの怒り故に涙を潤ませた瞳で、二人を睨み付けた。

  「そこに正座!!」

  「はぃいいい!!」

  沖田曰く、
  可愛い子が怒ると怖い――



  さわさわと涼しげな風が吹いている。
  土方は離れへとたどり着くと、庭へと降り、やがてそちらを振り仰いで、

  「やっぱりここにいやがった。」

  屋根を見上げてそう呟く。

  ふわふわと屋根の上で青い衣が揺れている。
  彼女はこちらに背を向けて、膝を抱えて座っていた。

  昔から、
  は一人になりたい時には屋根の上に昇っていた。
  屋根の上で、何をするでもなくぼんやりとしている事が多かった。
  そしてそれは特に嫌な事があった時だった。

  「何、しにきたんですか?」

  尖った声が返ってくる。
  相手が土方一人だと分かると、は容赦がない。
  これも甘えられている証拠かと彼は苦笑をしつつ、

  「降りてこい。
  危ねえだろうが。」

  と声を上げた。

  「平気です。
  慣れてます。」
  「慣れてる‥‥じゃねえよ、いいから降りてこい。」
  「平気だってば。」
  「副長命令だ。」
  「‥‥」

  命令され、の背中が明らかに不機嫌そうに強ばる。
  無言で、でも動かないのは彼女なりの抵抗らしい。

  「。」
  「‥‥」
  「おい、無視すんな。
  聞こえてんだろうが。」
  降りてこいともう一度言う。
  すると、

  「どうせ‥‥不器用ですよ。」

  のふて腐れた声が聞こえた。
  立てた膝に顎を乗せ、は身体を小さく丸めてしまう。
  そうするとやっぱり彼女は小さかったのだなと改めて感じた。
  「男の料理以下、ですよ。」
  「。」
  「野菜よりも自分の指を切る方が得意ですよ。」
  「‥‥そうなのかよ。」
  それは知らなかった。
  ああ、だからあれだけ大きかったのか。
  小さく切ろうとすると彼女は自分の手を切ってしまうらしい。
  本当に不器用な女だ。

  他の事は天才的にこなしてみせるのに‥‥

  「どうせ、土方さんだって思ったくせに。
  ああそうですよ、私は人の事も考えない料理の下手くそな女です。」
  やけくそぎみに言う彼女は完璧に拗ねてしまっている。
  本来そんな態度を取る事自体珍しいが、折角喜んで欲しくて作ったのに、それを『台無し』と言われたのだ。
  そりゃいくらでも傷つく。
  彼女なりに感謝の気持ちを込めて、慣れない料理をしたというのに‥‥

  「私、もう食事当番したくない。」

  泣きそうな声が耳を打つ。

  ――あの馬鹿ども、本気でこらしめてやる。

  土方は今頃説教されているだろう二人を心の中で呪った。

  何を言われても大抵笑ってみせる彼女がこれほどに落ち込んでいるのだ。
  その傷の深さが分かった。
  たかだか、食事の事だ‥‥と言っても、彼女にとって大事なのは新選組の皆。
  何も持たない彼女が唯一与えられた暖かい家族なのだ。
  そんな彼らに否定されるのは、にとっては何よりも悲しい事だ。
  昔っから、彼女は自分たちの為に一生懸命だったというのに‥‥
  自分の事も省みずに彼らの事だけを考えてくれていたのに。

  「千鶴ちゃんが作ってくれる方が嬉しいでしょ。」
  「誰もんなこと考えちゃいねえよ。」
  「だって、私が手を加えるとぶち壊しだって‥‥」
  「少なくとも、俺は言ってねえ。」
  「‥‥」
  は黙った。
  まだこちらを拒む背中を見て、土方は一つ溜息を吐く。
  それから、

  「多少豪快だろうが、俺は食ってやるから。」

  極めて優しい声で、そう、話しかけた。

  もし、例えば。
  他の人間が食べないと言ったとしても。
  自分だけは何があっても食べてやる。
  見た目がまずそうだろうが、多少大きかろうが‥‥
  が自分たちのためにと思って作ってくれたなら、自分だけは食べてやる。
  と。

  「‥‥‥ほんと?」

  はそこで漸く、振り返った。
  への字に曲がった情けない顔だが、その顔が土方には愛しくて仕方がない。
  ああ、と彼は頷いた。
  だから降りてこい。
  そう言うと、は一瞬、迷った後に、

  「‥‥」

  ゆっくりとこちらへと向き直り、
  ――ふわり、
  音もなく、地面に着地した。

  はらりと最後に落ちてくる飴色の髪を土方は何となく掴みたい気分にさせられた。

  は視線を逸らしたまま、ざり、と足下の砂を蹴った。
  さて戻ろうかと促せば、もう一度、
  「ほんとに、食べてくれるんですか?」
  とが訊ねてきた。
  ちろ、と少し不安げな視線を向けられ、土方はつい口元が緩む。

  「おおきくて、口に入らないくらいでも?」
  「何、でかけりゃかぶりつけばいいだけだ。」
  「南瓜が丸々一個入ってても?」
  「そいつはせめて半分にしろ。」
  土方は苦笑する。
  まあ、南瓜が丸々一個‥‥は勘弁願いたいが、大きい具ぐらいなら全然構わない。

  それに、と彼は付け加えた。
  「味付けに関しちゃ千鶴とかわらねえよ。」
  そこは保証できる。
  彼女の味付けはどちらかというと、安心して任せられる。

  いや、それよりも‥‥と土方は言う。

  「俺は、おまえの味付けの方が好きだ」

  暖かくて、優しくて。
  少しだけ不器用な愛情を感じられる彼女の味が好きだと。

  そっと目を細めて、優しげに笑う彼に、

  「っ〜〜っ!」

  は何とも言えない声を上げて、ぎゅっと抱きついた。



料理は愛情



珍しく拗ねる嬢。

因みに新八と平助は、半日正座の刑(笑)