「新選組って、便利屋なんですかねぇ?」
  嫌になっちゃうよ、と溜息を零す沖田の隣で藤堂がそうだよなと同意を示す。
  「まあ、今まで散々色んな仕事させられたけど‥‥」
  「これはまた違うよなぁ。」
  原田が嫌そうな顔でがしがしと頭を掻く。
  「あーくそ!こんなことなら暇だなんて言うんじゃなかった!」
  その横で永倉が喚けば、向こうにいる土方が大股でやってきて、
  「てめぇら!何腐ってやがる!きりきり働け!!」
  と怒鳴りつけた。

  「だって。」
  「なあ?」
  怒鳴りつけられた幹部連中は嫌そうな顔を彼に向けた。
  不満たらたらと言いたげなそれに、土方は腕を組み、眉間の皺を濃くして呟く。
  「仕方ねえだろ‥‥会津藩の頼みじゃ‥‥」
  そんな副長の顔も‥‥他の人間と同じ心底嫌そうな顔だ。

  それもそのはず、
  本来、京の治安を守るはずの新選組が会津藩から直々に頼まれた任務と言うのは‥‥

  ばたばたと苛立った足音が近付き、身なりのいい服に身を包んだ彼らの腰ほどもない少年はびしりと彼らを指さして、喚く。
  「おぬしら!隠れんぼをする気はあるのか!」

  此度の任務は――子守――なのだ。



  なんだってこんなことに‥‥
  と土方は頭を抱える。
  確か自分たちは重要な任務があるからと言われて邸に呼びつけられたのだ。
  なのに来てみれば待ち受けていたのは我が儘気ままな子供を、今日一日、見ていて欲しいというしょうもない頼み事を
  され、会津藩の手前無碍に断ることは出来ず、渋々といった体で子供と一日過ごすことになった。

  任務とはいえ、

  「藤堂!もう少し優しくもまぬか!」
  と腕を揉んでいた彼を若様は怒鳴りつける。
  瞬間、藤堂の口元がひくっと引きつった。
  それでも笑顔でいるあたりは褒めてやりたい。
  先ほどから、何かを言いつけては難癖をつけ、また新たに言いつけては難癖を‥‥というのを繰り返している。
  これはただ単に自分たちに嫌がらせをしたいという事なのだろうか。
  最初こそは大人しく聞いていたものの、段々腹が立ってきた。
  貴族というのはどうしてこうも傲慢なのだろう?
  守られるばかりで何一つ自分で出来ないくせに、言葉だけは人一倍偉そうだ。

  第一‥‥なんで子守を新選組に任せるんだ?
  いくらこの邸の人間に借りがあるからといって、子守ごときを引き受けるなというのだ。
  全く‥‥

  「これ土方」

  若様が彼を呼びつける。

  「馬になれ。」

  楽しげに笑う子供は、鬼の副長が人知れずぶち切れたのに気付かない。

  泣く子も黙る鬼の副長に「馬になれ」という子供がいようとは‥‥

  「ま、待った!土方さん!そいつはまずい!!」
  握りしめた拳に気付いて永倉が止めに掛かる。
  「殴りたい気分はよーく分かる!分かるけどおさえてくれっ!」
  「‥‥どけ、新八‥‥
  こいつにゃ少しばかり世間の厳しさってやつを教えてやる必要がある。」
  低く唸るような声で男は呟いた。

  若様は何故そのような反応をされるのか分からず、しかし、鬼の形相で近付いてきた土方に恐れ、半泣き状態になっている。
  それでも、父親の権利を翳して、精一杯虚勢を張ってみせる。

  「ち、父上に言いつけるぞ!
  ひどい事をされたと言ってやるぞ!!」

  嗚呼本当に、このガキの口を塞いでやりたい。
  勘に障る甲高い声に、土方のこめかみにまた青筋が浮かび上がった。

  「ほ、ほら平助!左之!おまえらも止めろって!」
  永倉に言われるが、二人は若様を庇う素振りはない。
  いっそ殴って、このガキを痛めつけてくれと心の底から思っている。
  因みに沖田なんかはにこにこと笑顔で「手伝いましょうか、土方さん」なんて言う始末だ。
  子供が嫌いではない沖田だが‥‥どうにもこの世間知らずの若君は好きになれないらしい。
  いや、正直に言うと嫌いなのだ。
  それに子供というのは少しばかり年齢を重ねている。
  甘やかしてあげたい年頃ではない。

  「‥‥一度くらいは痛い目を見て置いた方が‥‥将来の為だろう?」
  「ひ‥‥」
  にたりと、それこそ化け物じみた笑みを浮かべる土方に若君は小さな悲鳴を漏らした。
  瞬間、

  「はい、そこまで」
  ぺしん、と彼の頭を叩く人間がいた。
  「ああ?」
  不機嫌を露わに振り返る彼は、そこにいた人物に目を丸くする。
  「?」
  彼の助勤である彼女の姿がそこにあった。
  は呆れたという顔で土方を見ている。
  確か、彼女は別件で用事があったはずだ。
  何故ここに?
  と見れば、隣には別件で動いていたはずの斎藤の姿がある。
  「仕事が速く片づいたんで応援に‥‥」
  必要ないかと思ったけど、来て良かった、とは肩を竦めるとにやりと笑みを浮かべ、
  「あとはまかせて。」
  小声で言うと男の横を通り過ぎた。

  「お、おぬしは‥‥」
  若君はまだ恐怖の色を濃くしながら彼女を見上げる。
  見上げられたは、そっと膝を着いた。
  へたりこんだ子供と視線を合わせるためだ。
  「若君のお相手を勤めるよう仰せつかりました、と申します。」
  はじめまして、とは挨拶をした。
  敵意の欠片もない彼女に、若君は少しばかり警戒の色を解く。
  「お、おぬしは麿と遊んでくれるのか?」
  「ええ。」
  は頷き、
  「私でお相手がつとまりますか分かりませんが、若の気分転換になればと思います。」
  その言葉と共に、にこりと、優しい、極上の笑みを浮かべれば子供の心はいとも簡単に奪われた。

  「わかった!おぬしと遊んでやろう!」
  ぴょこんと立ち上がると表情を明るくして、やはり偉そうな言葉と共に彼はの手を取った。
  「ありがとうございます。」
  そんな若にはにこにこと邪気のない笑みを向ける。
  「よし!それじゃ鬼ごっこをしてくれるか?」
  「勿論ですよ。
  じゃあ私が鬼になるので若は逃げてください。」
  「分かった!」

  すっかり気に入られたようで、若は嬉しそうな声を上げぱたぱたと走り去っていく。
  は十数えたら行きますからねーとその背中に言って、姿が見えなくなった所で苦笑で振り返った。

  「まったく、幹部が揃って何子供にいいようにされてるんですか。」
  呆れたような口調に、藤堂がだって、と反論した。
  「かわいげがねーんだもん。」
  不満げに唇を尖らせる。
  その言葉を受けて、沖田が不満を口にした。
  「我が儘だし、煩いし、面倒な事ばっかり言うし。」
  まったく嫌になっちゃうよと言えば、一同はそうだそうだと頷いた。
  「言うことなんざ聞きやしねぇ。」
  苛立った様子で土方が呟く。
  おまけに一つ深い溜息。
  そんな彼らを見て、

  「そりゃそうですよ。」
  は当然だと口を開いた。

  それからぐるりと彼らを見回す。
  「皆、あの子の事最初から「ガキだ」って馬鹿にしてたでしょ?」
  「‥‥そりゃ‥‥」
  何も出来ない、我が儘な公家の子供だと決めてかかっていたのは認める。
  認めるがそれとこれとは‥‥
  「子供って、自分に向けられる感情に敏感なんですよ。」
  は言い放つ。
  「好きとか、嫌いとか、自分をどう思ってるのか、肌で感じるんですよ。」
  誰から教わったわけじゃない。
  ただ、彼らは大人の感情に敏感なのだ。
  「嫌いだと思って掛かってたら子供に逃げられるに決まってる。」
  馬鹿にしていたら馬鹿にされる、当然だとは言った。
  だから、こちらが好意を持って近付いてあげれば彼らは安心するし、言うことも聞いてくれるのだ。
  生意気だからと押さえつけるのが一番いい方法ではない。

  「手懐けて言うことを聞かせるのが一番ですよ。」

  はにやりと、口の端を引き上げて笑う。

  彼らは面食らったような顔で、お互いを見遣る。

  「まあ、皆はあの子の相手は手に余るでしょうから、私が引き受け‥‥」
  「!!」
  私が引き受けますよという言葉を遮り、彼女を呼ぶ声と、足音、そして次に、

  どん、

  「わ?」
  背中から、若君が飛びついてきた。
  細い腰に手を回し抱きつく子供に、はおやと目を丸めて振り返る。
  「私が鬼だったはずなのに、どうして若が捕まえるんですか?」
  「だって、もう十たった。」
  若君は唇を尖らせた。
  でもそれは不機嫌、というよりは拗ねたようなそれで、彼女に対して怒っているのではないのだと分かる。
  「探しに来ないから麿が捕まえてやったんだ。」
  感謝しろ、と尊大に言われ、は気を悪くした風はなく、そうですねと笑みを零す。

  彼女を怒らせるのは骨が折れる。
  怒るという感情が無いのではないかと思うほど、彼女は寛容だ。
  まあ、近藤の事を言われればそれこそ刃傷沙汰になるのは目に見えているが、それでも必要とあらばそれを制御すること
  が出来る。
  ようは、良くも悪くも自分の感情を押し殺すことが出来ると言うことだ。

  すごいと感心はする。
  見習うべきだ。

  そう、
  所詮相手は子供なのだ。
  かりかりすることはない。

  「それじゃ今度は‥‥」
  「、おんぶをしてくれ!」
  「おんぶですか?いいですよ。」
  答えればひょいっと子供はその背に引っ付いた。
  屈む前によじ登ってくるのでは苦笑で待ってくださいと言いながら膝を折る。

  瞬間、男達の顔が引きつった。

  どさくさに紛れて、子供の手が彼女の胸に触れたのだ。
  いや、今はサラシをしているのだから直接、彼の手が彼女の柔らかいそれに触れるはずはない。
  触れるはずが‥‥

  「は、なんだか柔らかいな。」

  子供が素直な感想を口にする。

  びきき、と男達のこめかみに青筋が浮かぶのを、彼らは気付かない。

  「そうですか?
  太ったかなぁ‥‥」
  これまた見当違いな事をは言った。

  落ち着け、相手は子供だ。
  男ではあるが、子供だ。
  目くじらを立てて怒ることはない。
  そんな女に対して邪な感情を持つ年頃ではないはず‥‥

  「若?」
  若君がの背に張り付き、ふいに鼻面をその首に押しつけた。
  くん、とにおいを嗅ぐ犬のように鼻を寄せ、やがて、
  「いいにおいがする。」
  何故かひどく、
  幸せそうな顔をした。

  羨ましいくらいに――


  そこが、
  限界、


  ぷつん


  ぐい――
  「うわぁ!?」
  唐突に後ろから、首根っこを掴まれ引きはがされる。
  咄嗟に手を伸ばしたせいでは思いきり着物を引っ張られ、彼女も後ろに引かれる。
  それを今度は別の手が引いて、二人を引き離した。

  「とばっかり遊んでないで僕とも遊びましょうよ。」

  若君の首を猫よろしく持ち上げたのは沖田だ。
  にこやかな笑みを浮かべているが、何故だろう、背筋が冷えるほど、不気味だ。

  「そうそう、俺たちと遊んでくださいよー」

  さっきまで離れていたはずの原田や藤堂もにこやかにやってくる。
  遊ぶ‥‥といってるくせになんで指なんぞ鳴らしてるんだおまえら、とは止めに入ろうとして、

  「土方さんっ」
  引きはがした副長に遮られる。
  振り返って、ぎょっとした。
  副長は‥‥こりゃまた素敵に笑顔だった。
  笑顔なんだけど、目は、いっちゃってる人のようだった。

  「たまにゃ、俺も子供と触れあわねえとな‥‥」
  絶対子供が嫌いそうな副長はそう言って、後ろに立っていた斎藤と永倉にを預けた。
  ひぃと情けない声と、
  「!」
  と助けを呼ぶ声が聞こえる。

  「‥‥ちょっと、新八さん、一‥‥」
  止めなくていいのかと振り返れば、二人は沈痛な面もちで一つ頷き、

  「こればっかりは、止められねぇ。」
  「諦めろ。」

  呆れたような口調の二人もまた、
  拳を握りしめていた。



大人げない大人たち



馬鹿殿道中記を聞いて‥‥
浮かんだネタ(笑)
きっとならこんな感じだなぁと‥‥