そういえば今朝は彼女の姿を見ていないと藤堂は気付いた。
とはいえ彼女は専ら夜に動く人間だ。
朝飯の時に顔を見せない事は多かったが、それにしても夕方まで顔を合わせない‥‥ということも珍しい。
また出掛けたのだろうか?
多忙な助勤殿だからな‥‥などと口の中で呟き、藤堂は頼まれたものを物置まで取りに行き、
「あれ?」
そこで彼女を見つけた。
物置として利用している離れ。
それの前に彼女はうずくまっていた。
こんな所で居眠りをしているだなんてさすが大物だと思ったものの、近付くにつれ彼女の様子がおかしい事に気付いた。
「!?」
額に大粒の汗。
そしてどことなく顔色が悪く、僅かに眉間には皺を刻んでいた。
それは何かを堪えるような表情だ。
「‥‥平助?」
呼ばれ彼女はいつもよりも覇気のない声で応える。
こちらを見る瞳に力がない。
「だ、大丈夫か!?
どっか悪いのか!?」
慌てて近付き、膝を着いた。
「平気。」
大丈夫と彼女は頭を振ったが、顔色は悪いままだ。
どこが悪いのかと見れば彼女は自分の腹部に手を当て、そこを守るようにして身体を丸めている。
腹を、どうかしたらしい。
「腹‥‥腹でも壊したのか!?」
その瞬間、悲しいかな彼の頭に閃いたのはその言葉で、はくっと喉を震わせて笑った。
振動が断続的に鈍痛を起こす腹にまで響いて痛かった。
それをおくびにも出さず、彼女は微かに笑みを湛えたままで口を開く。
「平ちゃーん‥‥そんなだから女の子に鈍感って言われるんだよ?」
意地の悪い笑みでからかわれ、一瞬、藤堂は呆気に取られる。
だがすぐに我を取り戻すと、
「う、うるせっ!」
人が折角心配してるのに、と反論を口にした。
面白いくらいに反応を返してくれた藤堂にはくすくすと笑みを漏らした。
その瞬間、鋭い痛みがまるでそんな彼女を苛むように、襲う。
「っ」
小さな悲鳴が喉の奥で弾ける。
途端眉間の皺は深くなり、女は痛みを堪えるべく唇を噛みしめた。
それから痛みを堪えるべく、身体を丸めるのだ。
わたわたと藤堂は慌てる。
「月の、ものだから‥‥」
そんな彼に、はなるべく普通に声を発した。
月の物。
つまりは女特有の、あれ、らしい。
それが分かると今度は藤堂の顔が真っ赤になり、すぐに、が呻いたところでまた青くなった。
本当に忙しい男だ。
「だ、大丈夫かよぉ‥‥」
情けないことに、男にはその痛みがどれほどのものか分からない。
そしてその痛みをどうやって和らげてやればいいのかも分からない。
ただおろおろとするばかりで情けないったら、ない。
「痛ぇ?」
恐る恐る訊ねれば、は閉じていた瞳を開いた。
見れば男の方が泣きそうな顔をしていて‥‥おかしかった。
「仕方ないよ。」
は安心させるように笑みを浮かべる。
狡いけれど、彼の問いには答えなかった。
ただ大丈夫と言わんばかりに笑みを浮かべられ、漸く、藤堂は自分が落ち着いていくのが分かった。
「仕方ないよ‥‥こんなんでも、女だから。」
彼女の忌々しげな言葉に、
今更ながら、思い出す。
は自分を落ち着かせるように溜息を漏らす。
その瞬間、ふわ、と飴色の髪が揺れた。
頬を汗が伝い落ち、いつもよりも色づいた唇が意味もなく開閉される。
きゅと自分の腕を守るように抱いていたのは自分のものよりも細く小さな手。
丸めた身体は‥‥思ったよりも小さかった。
彼女は、
女の子だって事。
小さくて、か弱い、
女の子なんだって事。
「‥‥平助?」
そっとは名を呼ぶ。
呼ばれて答えるよりも前に、
どきりと、
鼓動が高鳴った。
唐突に、意識した。
麗しい目元を眇めて、人差し指を己の唇に押し当て、
「内緒に、しといて。」
意地悪く微笑む彼女を、
――女として意識してしまった瞬間。
女の子
平助が意識するのはこんな瞬間。
そして女の子である事を意識しておろおろすると
いい(鬼)
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