副長助勤が青い顔をしてふらふらとしているのを見かけると至る所から報告があった。
ここ数日、は碌に休みを取っていない。夜通し走り回っては屯所に戻って、一刻程休んでまた飛び出していく。それを何日も繰り返せば彼女の疲労が溜まっていくのは当然の事。
大丈夫なのかと心配する声と、無理をさせすぎだと上司を責める声が半分ずつ。
言われるまでもなく彼も知っていた。が、彼女は自分の前だと疲れた様子を見せようとしない。疲れているようだから休めと言っても頑として認めようとはしないのだ。
動いている方が気が紛れるとか言って。
そんなこんなで見逃し続けて十日……ついに過労で倒れてしまった彼女を見て、土方は漸く重たい腰を上げた。
沖田からは「今更遅い」と散々馬鹿にされた。
「お仕事が、ない?」
二日程たっぷり休ませて貰った所で副長の部屋にやって来ると、開口一番にこう言われた。
「仕事はねえ」
は一瞬、何を言われたか分からずに目を丸くし、だがすぐに言葉の意味が分かると慌てて口を開いた。
「な、なんでですか? 私が、仕事の途中で倒れたからですか?」
そんな役立たずに仕事は任せられないと言う事だろうか。
確かにその通りだ。どれほど多忙だからと言っても自分からやると決めた仕事の途中で倒れてしまった。多大な迷惑と心配を掛けた事だろう。倒れた先が屯所の中だったから良かったものの、任務の途中に倒れていたらどうなっていたか。が捕らえられていたら、新選組に迷惑を掛けた可能性だってある。誰かと一緒の所に倒れれば、その誰かの命を危険にさらしたかもしれない。
自分の力量も見極められずに安請け合いをして申し訳ないと思う。だからこそ、には挽回の機会を与えて欲しいのだ。
「次は、絶対、こんなへまは、」
「駄目だ。おまえには仕事は与えられねえ」
だが彼女が言い切るよりも先に遮られてしまう。
ぴしゃんと言うと、視線を手元へと向けて土方は続けた。
「部屋で休んでろ」
まだ二日だ。二日しか彼女は休めていない。
この数日、彼女が摂るべきだった休息にはほど遠い。
「心配はいらねえよ。おまえの仕事は斎藤と山崎に振っておいた」
仕事には穴はあかない。
だから安心して、
そう言いかけた土方は視界の隅で、小さく震える何かに気付いて、何かと視線をもう一度戻したところで思わず手に持っていた筆を取り落としてしまった。
ばた、と書きかけの文が黒で染まる。
また書き直しじゃねえかと普通ならば怒鳴りつけていた事だろう。しかし、
「な、なん、だよっ」
土方の声が上擦った。
その表情は驚きというよりは怯えた色を浮かべている。あの泣く子も黙る鬼の副長が、である。
そしてその前にいるは、
「っ」
肩を震わせ、その瞳を滲ませて、今にも泣きそうな顔で男を見ているのだ。
そう、不逞浪士に斬りかかられても、鬼の副長の怒鳴り声にも怯まない、あの副長助勤が。
今にも泣き出しそうな顔で、
「私、役立たずです、か」
「え、いや、あのっ」
「もう迷惑かけないようにする、から」
「いや、だからっ」
「お仕事、くださいよぉ」
次の瞬間何故かとんでもなく酷い事をしてしまったような気がして、土方がすまなかったと頭を下げたのは言うまでもない事。
そして嬉しそうに役目に出る彼女を見て、幹部連中が冷たい眼差しを副長に向けたのも。
「他にどうしろって言うんだよ!」
鬼の目にも
鬼にだってどうしても勝てないものがある。
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