「、ここ、どうした?」
  「‥‥え?」
  突然どうしたと訊ねられたは首をひょいと捻る。
  「首のここんところだよ。」
  目聡く見つけたのは永倉で、彼はちょん、と自分の首筋を指さした。
  「赤くなってんぞ?」
  「‥‥」
  指摘に、沖田は目を眇めた。
  言われてみればの首筋には赤く、まるで蚊にでも刺されたような痕があった。
  とはいえ腫れてもいなければ、夏でもない。
  蚊が発生するには少しばかり寒すぎる時期で‥‥

  「‥‥」

  は視線をそれへと向けて、

  「歳三に噛まれた。」

  呼びかけに、足下でにゃあと猫が一つ鳴いた。
  自分を呼ばれたと思ったらしいその黒猫の名は『としぞう』と言う。

  「ああ、なるほどな!!」
  永倉はぽんと手を打ち、
  「おいおいとしぞう、駄目だろ−?
  いくらの事が好きだからって、傷はつけちゃいけねえよ。」
  足下でごろごろと喉を鳴らす黒猫を咎める。
  「女の肌に傷を残すなんて‥‥ふてぇ男だな!」
  「まったく。」
  は意味ありげな笑みを一つ浮かべて肩を竦めた。

  「歳三ってば、いくらやめてって言っても離してくれなくてさー」
  「‥‥」
  「しかも、引きはがそうとしたら今度は背中に腕に爪を立てられて‥‥」
  「‥‥」
  「嫌がると嬉しいみたいで、どんどんひどくなるし‥‥もう、歳三ってば最低‥‥」
  「――」

  少しばかり低い声が、彼女の言葉を遮る。
  振り返らなくても、誰が呼んだのか分かる。
  そしてその人がどんな顔をしているのかも‥‥

  「どうした土方さん、難しい顔して?」
  永倉が訊ねるが、彼は答えず、
  「ちょっと‥‥こい。」
  「はぁい。」
  彼女を伴って部屋を出てしまった。

  その後ろ姿をどことなく不機嫌そうに見送った沖田は、ぽつんと、零す。
  「ほんと‥‥ってとしぞうに好かれるよね。」
  つぶやきに、にゃーと黒猫はまた鳴いた。



  「なんですか、土方さん。」
  部屋に通されるなりは問いかける。
  真正面に座った彼は、こほん、と咳払いを一つしてみせた。
  それから、
  「さっきのは‥‥」
  とぼそぼそと呟く。
  「さっきの‥‥ああ。」
  は意地悪く、首筋の痕をとん、と叩いて‥‥
  「これをつけた歳三の事?」
  「‥‥」
  土方は半眼で睨む。
  「睨みたいのはこっちの方なんですけど。」
  痕をつけた張本人のくせに‥‥と呟けば、土方は罰が悪そうな顔を背けた。

  見える所に痕はつけないで、とあれほど言ったのに。

  「この時期じゃ、虫に刺されるはずもないし‥‥
  あんな苦しい言い訳に誤魔化されてくれるの、新八さんくらいですよ?」

  沖田にはすぐにばれただろう。
  それが、情交の痕だということは。
  そして彼女の意地悪な言葉で、犯人が彼だということも、ばれた。

  「だからって‥‥」

  褥の中でくらいは名前で呼べと言っても一向に従わないくせに、こう言うときだけ名前で呼ぶのは卑怯だ。
  しかも‥‥あてつけのように。

  「あてつけだってしたくなります。
  まったく、酔ったいきおいで女を抱くなんてどういう事ですか?」
  昨夜は久しぶりの島原で‥‥久しぶりに土方も酒を飲んだ。
  元々酒に強くない男だったので、なるべく強い酒を飲まさないようにしていたのだが気がついたら隣にいた原田の
  酒を飲んでいたらしい。
  絡み酒で、酔うと人に絡む男だった。
  これ以上飲ませるのは危険と思っては部屋を借りて、そこに彼を押し込めたのだが、それがまずかったかもし
  れない。
  酔いに任せて、彼はを抱いた。
  酔っ払いというのは厄介だ。
  こちらの言う事を半分も聞かないのだから。

  「あ、あれは‥‥酔ってはいたが、おまえを抱いたのは酔いに任せてじゃなく‥‥」
  おまえが抱きたかったからという恥ずかしい科白をは遮る。
  じゃないとこのままなし崩しに彼に絆されてしまうと思ったからだ。
  確かに彼に抱かれる事は嬉しい。
  嬉しいけど、酔いに任せて‥‥なんていうのはごめんだ。
  衝動的に目の前にいたのがだから、という事で抱かれた気分になってしまう。

  「私、昨夜、仕事があったのに。」
  手加減せずに抱かれて、結局仕事は出来ず終い。
  代わりに山崎を向かわせる‥‥なんて事になってしまった。
  「そ、そいつは‥‥」
  悪かったなとぼそぼそと男は謝罪した。
  「しかも、何度も何度もするし。」
  女は一度でもものすごい体力を使うというのに、彼は何度も彼女を貫いた。
  確かに気持ちよかったし嬉しかったが、正直今日は身体が重たい。
  声も上げすぎて今日は喉がひりひりする。

  言われっぱなしの男は、心なしか縮こまってしまっている。
  好きだから抱いた‥‥という事は後悔してはいないが、相手の気持ちを無視して無理矢理事を運んだ事は一応悪い
  と思ってくれているらしい。

  「おまけに‥‥あんな事まで‥‥」

  ぽそっと呟いた一言にぴくりと男の肩が震えた。
  視線を逸らしたの頬が、僅かに赤く染まっていた。
  ほうっと溜息を吐く横顔はひどく、色っぽい。
  何を思い出したのか、彼女の様子に土方は眉間に皺を寄せる。

  「あんな事って‥‥なんだよ。」

  酔ってはいるが、記憶は無くしていない‥‥はずだ。
  確かに彼女を無理矢理抱いたが、そんな、彼女が赤面するような事をした覚えは‥‥

  「私に言わせたいんですか?」

  そう言えば、はこちらを睨み付けて唇を尖らせた。
  「‥‥言えねえようなことをしたのか?」
  なにをした?
  記憶をひっくり返すが、そういえば途中から若干危うい。
  一度、精を放ってから‥‥何をしたのかがあやふやだ。
  そして次の瞬間は、布団の中で目を覚ました。
  その間に何かがあったらしい。

  「ちょっと待て、俺は何をした?」
  そこは非常に気になる。
  自分は一体、彼女に何をしたのだろう?
  そんな土方の様子に、

  「これだから酔っぱらいは‥‥」

  は、とは両手を挙げて、やれやれと肩を竦めたのだった。


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  ふたりの歳三と聞いて浮かんだネタ。
  「としぞう!!」とかが呼び捨てにしてる
  のを微妙な顔で見ているといい←