においにさそわれ







「わ。珍しい。」

 

千鶴はそれを見て呟いた。

今日は暖かな日差しが差し込んでいる。

風も穏やかで、なんて気持ちがいいんだろうと、思っていた。

 

こんな日は日向ぼっこもいいかもしれない。

 

そう思いながら廊下を歩いていると、それを見つけた。

 

縁側にごろんと横になったまま、寝息を立てる、

 

「沖田さんが無防備に寝てるなんて。」

 

その人の姿。

 

普段から気配に聡い男だ。

どんな時でも物音一つに反応し、驚かされるのはいつも自分の方。

なのに、

今目の前の男はぐっすりと眠りに就いている。

 

いつも笑みを湛える瞳は、閉ざされている。

長い睫が影を落とし、その無防備な寝顔は‥‥少しばかり幼く見えた。

可愛い。

と言ったら彼はどんな顔をするだろう?

 

「沖田さん‥‥」

 

千鶴は控えめに名を呼んでみる。

起きる気配はない。

よほど疲れていたのだろうか。

 

「‥‥‥」

 

うーん。

と彼女は悩む。

寝かせてあげたいのは山々なのだが、このまま風に当たり続けるのは身体に障る。

いくら鍛えているとは言っても、夕方になれば風は冷たくなるのだ。

 

「あ、そうだ。」

 

千鶴は今し方自分が取り込んだ洗いざらしの隊服に目を落とした。

お日様のいいにおいがするそれはまだ、ほかほかと暖かい。

 

「気休めかもしれないけど‥‥何もないよりはいいよね。」

 

一人呟いて、彼女はその一枚を広げて、彼の身体に掛けてやる。

 

その手は、

 

「っ!?」

 

唐突に伸びてきた大きな手に掴まれた。

かと思うと、ぐいと引き寄せられ、

「っ!」

世界が回る。

思わずという風に目を閉じた彼女は、

 

「捕まえた。」

 

少し低い声が聞こえて、漸く目を開いた。

 

青空が見える。

でも、それより視界を占めているのは、

 

「沖田さん‥‥」

 

笑みを浮かべた彼の顔。

 

確かにさっきまで眠っていたと思ったのに‥‥

何故か自分は彼の腕の中にいて、見下ろされていた。

背中にはしっかりと大きな腕。

お日様よりも暖かな温もりが自分を包んでいる。

 

「どうせ暖めてくれるならこっちがいいなあ。」

 

「起きてたんですか‥‥」

 

くすくすと笑いながらの声に千鶴は唇を尖らせた。

 

「いや、今さっき起きたところ。」

「嘘だ‥‥」

「ほんとだよ。」

沖田は答えて、抱きしめる腕に力を込める。

「いいにおいがして捕まえてみたら‥‥千鶴ちゃんだった。」

すり。

と髪に顔を埋められて千鶴は顔を赤くした。

「うん、やっぱり君だ。」

「お、沖田さん。」

「ねえ‥‥一緒にお昼寝しない?」

 

でも。

 

千鶴は口を開く。

 

「駄目?」

 

少しばかり身体を離して、沖田は真っ直ぐに目を見つめてくる。

いつもよりも、幾分、優しい、甘い色。

 

もう。

 

千鶴は困ったように笑った。

 

「そんな顔されたら駄目、なんて言えないじゃないですか。」

 

そう言いながらも、伸びた手は沖田の背中に回る。

沖田は嬉しそうに笑って、

 

腕の温もりをしかと抱いたまま、瞳を閉じた。

 

「おやすみ、千鶴ちゃん。」

 

いい夢を。

 

眠たげな声に、千鶴が小さく笑ったのが、遠くなっていく意識の中で聞こえた。




総司はなんかいいにおいがしそう