
「おはようございます〜
今日は雨模様の前川邸からお送りします。」
「って‥‥さん、まだやるんですか?
前回酷い目にあったのに。」
「ふはははは‥‥千鶴ちゃん、思い出させてくれるな。」
「原田さんも悪気は無かったんでしょうけど‥‥」
「ああ、左之さんのは別に何ともないよ。」
「え。」
「それよりは、その後だ後。
土方さんの不機嫌さ全開の部屋で、無言、無言、ひたすら無言‥‥」
「‥‥」
「いっそ叱ってくれる方がまだま‥‥し‥‥」
ずーんと沈むを見て、千鶴はなんと声を掛ければいいのか躊躇う。
土方に怒鳴られても平気な顔をしている彼女がそこまでとは‥‥よほど怖かったらしい。
「‥‥それじゃ、やっぱりもう止めた方がいいんじゃないですか?」
「何を言う!!
寝どきは新選組を愛する世の女性達の為にやらなければいけない使命なのだよ!」
「‥‥世の女性‥‥って誰ですか?」
「まあ、それはそこ置いておいて‥‥」
はにこっと笑った。
「さて、今日も元気にいってみよう!!」
やけに嬉しそうに廊下を歩く彼女の背中に、千鶴は深いふかーいため息を零した。
今回も、付き合わないといけないようだ。
「それで‥‥今日はどなたの所に行くんですか?」
「うん、今日は在る意味厄介だぞ。」
「‥‥厄介?」
千鶴は眉根を寄せる。
嫌な予感がした。
はそんな彼女を見て、にやりと笑う。
「総司の部屋。」
「私、帰ります!」
「いやまてまてまて。」
くるりと踵を返す千鶴の襟首を掴んで、は苦笑する。
「寝てるアイツはそんなに怖くないから大丈夫だって。」
「怖いとか怖くないとかそういう問題じゃないです!」
「じゃあどういう問題?」
「それは‥‥やっぱり、人様の寝ている所に入るのは‥‥」
「今まで散々やってきたじゃん。」
「そ、それはさんが!」
「総司の寝顔見たくないの?」
う。
千鶴は言葉に詰まる。
沖田の寝顔。
それはちょっぴり見てみたい。
見てみたけど‥‥
でも、
「ほーら、行くよ。」
そんな彼女の心の葛藤などお構いなし、という感じではずるずると引きずるように歩い
ていった。
シン。
と静まりかえる部屋の前。
「や‥‥やっぱりやめましょう。」
「往生際が悪い。」
千鶴の言葉にがぴしゃりと言葉を返す。
中からはいびきどころか寝息さえ聞こえない。
もしかしたらいないのかもしれない。
それなら安心‥‥いや、残念?
「行くよ。」
「はい‥‥っていうか、さん。なんで刀の柄を握って‥‥?」
襖を片手で開けながら、何故かは刀に手を伸ばしている。
隙のない動きだ。
「そりゃ、相手が総司だからに決まってるじゃん。」
「え?」
「襖を開けた瞬間に飛び出してくる‥‥とかあり得なくもないし。」
「ええっ!?」
「ああ、多分、斬りかかってくるのは私にだけだから千鶴ちゃんは安心して。」
「いや、そういう問題じゃ‥‥」
「ってことで、開けるからね。」
「ま、待ってください、心の準備がっ!」
――す――
襖は開く。
開けた瞬間刃が突き出てくるか、それとも沖田がにこにこ笑顔で立っているか‥‥
と思いきや、
「あれ?」
そんな事はなかった。
それどころか、部屋を覗き込めば布団の中に転がる彼の姿があって‥‥
「ね、寝てる?」
「嘘だ!」
は信じられないという風に声を上げた。
いや、今は普通の人は眠っている時刻だ。
布団で寝ているのが当たり前で、二人のように歩き回っているのが異常なのである。
でも、には信じられない。
あの沖田が‥‥普通に眠っているなど。
「さん‥‥沖田さんの事なんだと思ってるんですか?」
「化け物。」
即答されて千鶴は返答に困った。
化け物‥‥とはちょっと言い過ぎじゃなかろうか。
「沖田さんだって疲れるときがあるんですよ、きっと。」
「‥‥そうかなぁ‥‥」
とにかく部屋の中を静かに歩く。
あまり物を置いていない部屋の中は綺麗なものだ。
枕元には、とりあえず畳んだ着物と、刀。
刀はいつでも抜き放てる場所に置いてある。
「怖い奴。」
「え?何か?」
「ううん、なんでも‥‥」
首を振り、二人は沖田の顔を覗き込む。
平助や左之助のように寝相は悪くはない。
むしろあまり布団も乱れていない所を見ると寝相は相当いい方らしい。
横向きに眠った彼の寝顔は、
「可愛い‥‥ですね。」
存外幼い。
常に飄々とした、獰猛な色さえ湛えるその瞳を閉ざせば、とても穏やかで無邪気な寝顔に
見える。
「睫長いですね‥‥」
「っていうか、こいつも綺麗な顔してるよなぁ。」
寝ている時は天使。
でも起きている時は悪魔だ。
「蹴り飛ばしたい。」
「だ、駄目です!」
「まあ、阿呆な事言ってないで‥‥起こすか。」
はくるっと背中を向ける。
千鶴はしゃがみ込んでその寝顔を見つめたままだ。
あどけない寝顔に愛しさが募る。
自然、目元が緩み、浮かぶのは笑みだ。
「‥‥‥」
そっと、彼女は畳に手をついて距離を縮める。
滑らかな頬に、そっと、口づけを落とす為に。
身を、かがめて‥‥
「千鶴ちゃんって大胆なんだね。」
そんな楽しげな声が急に聞こえてきた。
途端ばちっと千鶴は目を見開き、飛び退く。
それより前に風のように身体を攫われて、
「っきゃ!?」
とさ、
次に感じるのは、背中と、上に、温もり。
そして、
「‥‥お、沖田‥‥さん。」
自分を見下ろす、彼の楽しげな顔。
はら。
と乱れた髪がこぼれ落ちる。
あ、なんか新鮮。
呆然としながら、そんな事を思った。
「まさか、寝込みを襲われるとは思わなかったなぁ‥‥」
君に。
と彼は言う。
言葉に、はっと我に返る。
「お、おおおお沖田さん!こ、これは!!」
違うんです!
と彼女は慌てた。
というか、この状況は!!
「お、沖田さん!ど、どいてくださいっ!!」
今更ながらに顔を真っ赤にして慌てる。
千鶴は彼に押し倒された状態だったのだ。
しかも、
彼の布団の上に。
今し方まで彼が眠っていたそこに、だ。
そりゃ温もりが残っていて当然だ。
寝起きの乱れた胸元がやけに艶めかしくて、それを見てしまった彼女は慌てて視線を逸ら
した。
「なんで?
千鶴ちゃんから誘ってくれたんでしょ?」
「さ、さそっ!?」
「それじゃ、応えないと男の沽券に関わるよね。」
「な、何の話ですかっ!?」
慌てながら千鶴はもう一つ忘れていた事に気付く。
そうだ、ここには一人で来たんじゃない。
「さん!!」
助けてください。
と彼女は声を上げる。
そうだ。
確かここには彼女と一緒に来た。
きっとならこの状況を打開して‥‥
「ああ、なら来ないよ?」
あっさりと。
一縷の望みは絶ちきられた。
それはもう楽しげな沖田の声に。
え?
泣きそうな顔を向ければ、彼はくすくすと笑いながら、
「うん、多分今頃土方さんに見つかってどやされてる。」
「ええ!?」
「ここに君たちが来る前にね、またが馬鹿な事をしてるから‥‥
って伝えておいたんだ。」
だから来ない。
と言われて、ぱくぱく、と千鶴は金魚のように口をぱくつかせた。
さて。
沖田は笑みを深くした。
「それじゃ、続けて良いよね。」
手が滑る。
「え、ちょっ‥‥!」
続けるって何!?
千鶴は顔を真っ赤にして、半泣きで問う。
「あんまり暴れないでね。酷くしちゃうから。」
「ひ、ひど!?」
「あ、でも‥‥」
に。
と口元に艶めいたそれはもう色気たっぷりの笑みを浮かべる。
獲物を狙う猫を思わせる、無邪気で残酷な瞳に、濡れた欲の色を湛えた。
それだけでまるで薬を盛られたように身体が痺れ‥‥動かない。
「僕――暴れられると燃える性質だから‥‥」
死の宣告にも似た言葉、
そして、
距離は縮み、
「いっぱい‥‥可愛がってあげるからね。」
にこりと悪魔が微笑むのを前に、千鶴はただ目を閉じるしか道はなかった。
総司がらみは何故かアダルティに(笑)
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