
「おはようございまっす。
今日もいい具合に、朝靄の残る朝です。」
「‥‥さん‥‥またですか?」
「やるよ、やるに決まってるでしょ。
ということで『突撃、寝起きどっきり大作戦』‥‥略して、寝どき大作戦!」
「‥‥寝どきってなんだか、寝る頃合いみたいですね。」
「千鶴ちゃん、なかなか新選組に馴染んできたね。」
「いえ‥‥そういう意味では馴染みたくないです。」
ため息を零しながら千鶴はやはりの後に続く。
前回、酷い目に遭った‥‥というのに、どうにもに頼まれると断れない。
まあ今まで色々と面倒をみてもらっていたのだから、彼女の道楽‥‥につき合うくらい‥‥
安いものなのかもしれない。
‥‥出来れば二度と、男の裸なんて見たくないけど。
千鶴はぶんっと頭を振った。
「とりあえず、今日は左之さんの所だ。」
すたすたと廊下を進み、は目的の場所の前で止まる。
「原田さん‥‥いらっしゃいますかね?」
正直、留守であってほしい。
千鶴は思う。
「んー、まあ島原に行ってた形跡はないから‥‥いるんじゃない?
たまーに、朝帰りとかするけど‥‥
まあ、男だから仕方ないよな。そういう鬱憤を晴らす必要もあるし。」
「は、はあ‥‥」
千鶴には分からない男の事情とやらをはけらけらと笑って告げ、そうして襖に指先を
かけた。
「お邪魔しまーす。」
す。
襖を開ける。
入ってすぐに、は、げ、と小さく声を上げた。
「こ、これは‥‥」
「予想通りに‥‥」
汚い部屋だ。
入ってすぐに酒瓶が転がっていた。
どうやら昨夜は部屋で飲んでいたらしい。
そりゃ島原に出ないわけだ。
「どんだけ飲んだんだよ。左之さん。」
部屋に籠もる酒のにおいに顔を顰めた。
つん、と独特なそれに千鶴も一瞬、う、と顔を顰め、あまりにおいを吸い込まないように
口元を袖で覆った。
部屋の床には酒瓶の他に、着物も散乱している。
脱ぎっぱなし‥‥そんな感じだ。
「なんつーか、すごいな。」
「‥‥男の人の部屋って感じですよね。」
「そうだなぁ‥‥」
は足下に転がる徳利や酒瓶をひょいひょいと避けながら床に転がる原田へと近づく。
こちらも平助同様に半身裸だ。しかし、原田の元々の服があれ‥‥なので、千鶴も今回は
前回ほどの過剰反応はない。
ただやはり直視はできないようで、ちらちらと別の方へと視線をやる。
「つまんないのー、普通に寝てるし。」
と一人呟き、面白くないのならば早々に起こすのが吉と思ったらしい、彼女は転がっている
酒瓶に目を向けた。
「さて‥‥左之さん起こすにはやっぱり、酒のにおいかなぁ?」
どれ残っている酒は‥‥
視線をそちらに向け、僅かに彼女が離れた瞬間、
「‥‥っ!?」
むくりと。
長身の彼が起きあがる。
それは突然すぎて、千鶴はまるで幽霊でも見るかのような目を向けてしまった。
ぼんやりとした眼は焦点があってない。
そして、次の瞬間、
「さ‥‥っ!」
「っ!?」
丁度しゃがみ込んでいたの上に、原田は倒れ込んだ。
突然の事で彼女も反応が出来ず、そのまま彼の下敷きになる事になって‥‥
「い‥‥てて‥‥」
は呻いた。
「だ、大丈夫ですか!?」
千鶴が声を掛けた。
「ああ‥‥大丈夫。大丈夫だけど‥‥これ、重‥‥」
上に乗っている原田が重たい。
むかつくことにまだ眠っている。
しかも、
「んー、夕桐‥‥」
などと遊女の名だろうか?を呼びながらの身体をまさぐり始めた。
「原田さっ‥‥」
千鶴は顔を真っ赤にした。
こらこらこら。
は半眼になって睨み付ける。
寝ぼけて何をする気だ。
もしかして、寝ぼけたまま最後までやるつもりじゃなかろうな‥‥
冷静にそんな事を考えるとは違い、千鶴は半泣き状態だ。
「や、やだ原田さん!やめてください!!」
大きな手がの帯に伸びる。
千鶴同様袴を履いているが、しかし帯を解かれ、下ろされたらそれはそれで問題なわけで、
「いい加減に‥‥」
は疲れた声で、引きはがそうと懇親の力を込め‥‥
ごす!!
「ぐぁ!?」
彼の頭を、思い切り刀の先が突いた。
勿論抜き身ではない。
鞘で‥‥だが、遠慮無く思い切り一発、入った。
原田は低く呻いた後、動かなくなる。
狼藉を働いていた手は止まり、はほっとため息を零す。
そうして、ひょいと身体が軽くなる。
「あ‥‥ありが‥‥」
は助けてくれたその人を見やり、
「うっ!」
うめき声を上げる。
そこに立っていたのは‥‥
「ひ、ひじかた‥‥さん‥‥」
千鶴も青い顔で彼の名を呼んだ。
常に不機嫌な顔だが、今日は、また、一層‥‥極悪な、顔。
ぴきとこめかみに青筋さえ立てて、彼は冷たい目で気を失った原田を見ている。
やばい。
左之さん殺される!!
猫のように襟首を掴んでつまみ上げたまま、土方はしばし彼を見ていて‥‥
そして、
「‥‥‥」
無言のまますたすたと歩き出す。
「ちょ、土方さん!!斬るのだけは待って!」
「そ、そうです!土方さん待ってください!!」
と千鶴は慌てて彼の後を追いかけた。
その制止の声など聞こえないという感じで彼は襖を開け、
ぺい、
どさ――
「ぐぉっ!!」
庭に原田を放り投げた。
「え?」
「あ?」
二人は間の抜けた声を上げる。
原田は動かない。
庭の土の上で、まだ、眠っているようだ。
いや、在る意味‥‥死んだか?
斬られなくて良かったとは思うが、これはこれでどうなんだ?うーん。
等とが考えていると、ふいに、
ひょい、
「ふお?」
身体が浮いた。
見れば地面が遠い。
それから、視界に艶やかな黒髪と、背中が映って‥‥
「土方さん!?」
千鶴は慌てて声を上げる。
その方にはが米俵よろしく担がれている。
呆然としているはまだ状況に追いつかず‥‥
「千鶴‥‥」
土方は静かに彼女を呼んだ。
「後、始末しておけ。」
それだけを言い残してすたすたと歩き去ってしまった。
残された千鶴は呆然と、その背中と、その肩に担がれたと、原田を見やって‥‥
「後‥‥って‥‥どうするの?」
ただ小さく零した。
千鶴茶はなくなく左之助を放って帰りました
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