
「おはようございます。
寝起きどっきり大作戦‥‥です‥‥あれ?」
朝靄の残る早朝。
此度、小声で挨拶をするのは雪村千鶴であった。
あれ?
と挨拶をして、違和感に千鶴は首を捻り、振り返る。
「さん?」
彼女はそこにいた。
もちろん眠っているとかそういうものではない。
起きていた。
しかし、
非常にやる気のない顔をしている。
「千鶴ちゃん‥‥元気だね。」
「ど、どうしたんですか!?いつもやる気に満ちていらっしゃるのに!」
「うんなんていうか‥‥今日、ほんと‥‥やる気がないっつーか、乗り気じゃないっつーか。」
「ええ!?どうしちゃったんですか!?」
それはそれで平和なはずなのに、のその様子に千鶴は慌てた。
何かあったのかと訊ねれば、彼女はどよーんと沈んだ調子のまま、
「今日の‥‥どっきりを決行する相手‥‥さ‥‥」
はぁ。
と彼女はため息を吐く。
太陽が空に昇る。
皆が元気良く動き回っている頃、達はようやく動き出した。
「なんだってこんな時間に突撃しなくちゃいけないんだ。」
まったくと彼女は一人ごちる。
「仕方ないですよ。あの人が眠るのがこの時間なんですもの。」
千鶴が後ろで答えた。
普通の人間は起きて、元気に動き回っている時間帯だ。
しかし、彼は普通の人間ではない。
いやむしろ、
人ではない。
「鬼って日光に弱いわけ?」
「いや‥‥そういうわけじゃあ‥‥」
ないと思いますと千鶴は答えた。
鬼云々というのではなく、彼が、この時間に好んで眠ると言うだけではないのだろうか?
「自堕落な生活。」
「それ、本人の前で言ったら怒りますよきっと。」
「わかってる。むしろ怒らせてやりたい。」
はぶつくさ言って、廊下を進んだ。
そして立ち止まる。
襖の前。
「気配は、あるな。」
「‥‥出来れば居てくれない方が、嬉しいです。」
「同感。」
二人は揃って、はぁ、と一つため息を吐く。
彼に関していい思い出はない。
出来れば近付きたくもないと思うところだが、ここはやはり読者様の為に人肌脱がねば‥‥という気持ち
からか、二人はそのまま踵を返すことなく、揃って襖へと手を掛けた。
「い、いい?」
「は、はい。」
行くよ。
と互いの顔を見合わせ、そろりと襖を開けた。
意外。
二人は中を覗き込むやそう思った。
てっきり襖を開けるなり刀を持ったその人に出迎えられる、若しくは待ちわびたぞとばかりに笑みで迎え
られるかと思ったが‥‥
彼は眠っていた。
しかも、
「布団の上で‥‥」
「眠ってる。」
此度の対象、風間千景は布団の上で眠っていた。
きちんと掛け布団をかけ、すやすやと眠っている。
二人はまた顔を見合わせた。
「ど、どうします?」
千鶴は問う。
「‥‥お、起こすまでが私たちの使命、だからな。」
出来れば寝てるのを確認してすぐに逃げたい所だが‥‥とは唸る。
しばし悩んだ後に、彼女は一つ頷いた。
「虎穴に入らずんば、虎児を得ず、だ。」
危険を冒してこそ、いいものが得られる。
いや、この場合のいい物って何だろう?
千鶴は疑問に思うも彼女が入ると決めたのであれば自分も腹を括ろうと一つ深呼吸をして、二人は揃って
部屋へと侵入した。
此度は細心の注意を払って、
足音一つ、
呼吸をするのもゆっくりと、
音を立てないようにする。
きし。
とたまに床が軋むたびに心臓が飛び出しそうになる。
起きあがって斬りつけられたらどうしよう。
いや、起きた時点でもう終わりかも知れない。色んな意味で。
とりあえず起きた瞬間、全速力で逃げよう。
「‥‥ね、寝てます?」
「寝てる。」
途中何度も口から心臓が飛び出す思いをしながらも、布団の傍にたどり着く。
枕元には刀さえない。
どうやら安心して寝ているのか、それとも人間の襲撃など取るに足らない物と思われているのか。
不用心なものだとは思った。
勿論、彼女の腰にはしっかりと久遠がある。
千鶴の腰にも小通連があった。
そして二人とも鎖帷子を身につけていた。
今まで色んな人間に突撃したが、これほどに武装してきたのは初めてだ。
しかし拍子抜け‥‥である。
眠っているとは。
「それにしても‥‥なんで俯せで寝てるんだろうな?」
こいつ。
とは風間を指さした。
行儀良く布団の上で眠っているが、彼は何故か俯せで、枕に顔を押しつけて眠っていた。
これでは寝顔は見れない。
「‥‥やっぱり寝顔くらいは拝んでいかないとね。」
はにやと笑みを浮かべた。
これがものすごく平和そうな顔で眠っていたら笑いものだ。
「さん大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。」
二人、揃って彼の人の寝顔を覗き込むべく身をかがめた。
瞬間、
ぎらりと光る物があった。
「っ!?」
咄嗟に反応したのは意識ばかり。
それに身体が追いつかなかったのは本能的な恐れに違いない。
一瞬、
身体が浮いた。
次に感じたのは、
どさ!
「っ!?」
背中に強い衝撃。
ついで、身体の上に衝撃と重みを感じた。
ただ、背中にあったものが柔らかかったのでさほど痛くはなかったし、身体の上に乗った物もあまり重た
くはなかった。
それよりも目を開けてぎょっとした。
「か‥‥ざま‥‥」
の引きつった声に、千鶴は漸く目を開く。
そうすると、自分の下にがいた。
彼女は、自分ではなくその向こうを見ていた。
しかし、その瞳に映るその人の顔を見て、言葉を無くした。
そこに映っていたのは‥‥笑みを浮かべた、
「風間さん‥‥」
鬼の姿。
は慌てて逃れようとした。
がしかし、
上に千鶴が乗っていると同時に、彼女の背中を男の手が押さえつけている。
身動きを取ることが出来ない。
「どこの賊かと思えば‥‥貴様達か。」
「っ‥‥」
「暇つぶしに斬ってやろうかと思ったが‥‥」
これはいい獲物が掛かったものだと彼は低く笑う。
「そちらから来てくれるとは思わなかったが。
貴様らが望むならばいくらでもくれてやろう。」
「ちょっと待て、なんでも都合良くとらえるな!
私たちはあれだちょこっと寝起きを見に来ただけだ!」
別に何をしようとしに来た訳じゃないとは慌てて言った。
「なに遠慮はするな。」
「してないっつーの!つか人の話を聞け!」
「きゃあ!?風間さんどこ触ってるんですか!?」
千鶴が声を上げた。
には彼が何をしているのか見えないが、千鶴の慌てぶりからして変な所を触っているのは確かで。
「こら!風間!千鶴ちゃんに何してっ‥‥」
足をばたつかせ、彼を蹴りつける。
何度か蹴られた所で、風間はにたりと笑みを浮かべて、細い足首を掴んだ。
「二人同時に‥‥か‥‥くっ、どうやら楽しませてもらえそうだな。」
「ちょっと待て!おまえ今の発言どう考えても助平親父の発言だぞ!」
「ああ分かった、後で貴様もたっぷり可愛がってやる。」
笑うと同時に、掴んだ足を自分の足に絡ませ足首から太股までなで上げる。
ひ。
と悲鳴が漏れた。
さて、
彼は嗤った。
「‥‥楽しませてもらうとするか‥‥」
「かぁざまぁあああ!!」
どこからともなく声が聞こえる。
世界が暗闇に閉ざされかけ、若干自我を彼方に放り投げてしまいかけている二人には‥‥
その声は幻聴かと思えた。
しかし、
すぱーん!!
勢いよく襖が開き、燦々と日の光が薄暗かった室内を照らす。
襖を開けた、その人は小さく息を飲んだ。
風間が顔を上げた。
身体を少しずらしてくれたお陰で、には見えた。
そこに仁王立ちで立つ‥‥人の姿。
「お千‥‥ちゃん‥‥」
差し込む光と共にやってきたその人は、まさに、天の救いだった。
その人物はぶるぶると震え、やがて、最強の鬼に匹敵する怒りの表情を露わにした。
「私の大事な友達に‥‥何してくれてんのよぉ!!」
千姫のお陰で二人は事なきを得たが‥‥勿論、邸に戻ると土方と沖田双方からのきつーいお説教が待って
いたとか。
風間様よりも強いお千ちゃん。
因みに帰った2人は半日くらい正座させ
られてました(笑)
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