「俺はおまえが好きなんだよ」

  最終的には飾り気のない愛の告白と相成ってしまった。
  これまで女相手には百戦錬磨だった色男‥‥土方歳三が、気の利いた科白の一つも言えず、気持ちを吐露した。
  そうすることしか出来なかった。
  何故ならば彼が惚れた女というのは、自分に寄せられる好意にとんでもなく鈍い女だったから。


  「私も土方さんの事好きです」


  しかし、直球勝負の告白でさえ、彼女には伝わらないとはこれ如何に?




  ある日突然、
  「おまえは綺麗だ。」
  と言われては一瞬我が耳を疑った。
  どう反応すればいいのかと迷っていると、
  「おまえみてえないい女は‥‥見た事がねえよ。」
  と背中が痒くなるような言葉を掛けられ、もしやこの男、酔っているのだろうかと疑ったものである。

  その日から数日が経って、
  今度は美しい若草色の着物を贈られて困った。
  どうやら今の着物が古くなってきたからと言うらしいのだが‥‥花街で目の肥えた彼女にはそれが一目で高価なものだと
  分かったからだ。
  着物の次は、簪を贈られた。
  いかに酒を飲まない彼が金を余らせているとはいえ‥‥自分に贈り物をする意味が分からない。

  そして、極めつけが――


  「おまえと俺なら、いい夫婦になれると思わねえか?」


  そんな彼の言葉である。


  は思いきり眉間に皺を寄せ‥‥発言した彼をじっと見つめた。
  一方の彼は何故か妙に満足したような顔で庭先を見ている。
  彼女が訝っている事になどまるで気付いてもいないようで‥‥そよそよと優しく吹き込む春風を受けていた。
  その横顔はやはり美しかった。

  「‥‥土方さん、大丈夫ですか?」

  やがて、たっぷりと間を空けた後にが訊ねる。
  問いかけに彼は漸くこちらを振り返った。
  その顔も‥‥妙に清々しい笑顔だ。こいつ別人か?とが思った程に優しい顔だった。

  「その、頭、大丈夫ですか?」

  疑問がそのまま口から出ていた。
  言うに事欠いて、
  『頭大丈夫か?』
  と。
  これには流石に上機嫌だった彼も眉間に皺を刻み、その瞳を細めて「あ?」と凶悪な面に変えた。
  ちょっとほっとした‥‥のは内緒だ。

  「‥‥‥どういう意味だ?」
  「どういうもこういうもありませんよ。」
  はなんですか、と未だに怪訝の色を消さずに告げる。
  「土方さんと私が良い夫婦になれる‥‥なんて、本気で言ってるんですか?」
  「‥‥‥何か問題でもあるのか?」
  一瞬、彼の表情が狼狽えるような色を浮かべるのが不思議だった。
  いやいや問題もなにも‥‥
  「土方さんと私は、部下と上司ですよ?」
  土方は副長で、はそれを支える助勤だ。
  いや、正確には『だった』――
  「そりゃ、前まではそうかもしれねえが‥‥」
  過去形である。
  何故なら戦いは終わり、今では彼が副長という役目を担っていないから。
  土方はひとりの男としてここにあり、そしてもひとりの女としてここにいる。
  彼はそう思っている。
  しかし、
  「私はずっと土方さんの部下でいるつもりです。」
  それは絶対だとでも言わんばかりのに土方はちょっと待てと抗議の声を上げた。
  戦いが終わった今だというのに、この先も上司と部下?そんなの彼はまっぴらごめんである。
  「俺は、だな、いずれおまえと夫婦になっても良いって思ってるわけでっ‥‥」
  いずれは彼女ときちんとした婚姻の儀を執り行うつもりで‥‥数少ない仲間たちと密かに計画なんぞを立てていたりする。
  死んだ事になっているので大々的にというのは無理だけど、彼女に白無垢くらいは着せてやりたい。

  そんな彼の気持ちなど微塵も知らない彼女はきっぱりと言った。

  「土方さん、いくら私がずっと傍にいるからって‥‥そんな簡単に相手を決めちゃ駄目です。」

  もっと真剣に、
  好きになった人を選んでください。

  そう、真剣に言われ‥‥彼は口をあんぐりと開けた。
  色男が台無しなほど、彼は唖然とした表情でしばし固まった。
  そして、

  「――っおまえなぁっ!!」

  我に返った途端、激昂したように彼は声を上げた。
  優しかった目元は吊り上がり、顔が真っ赤に染まる。
  あ、怒った?と思ったが、次の瞬間、まるでしゅうと空気が抜けてしまうかのように、彼は勢いを無くして項垂れてしま
  った。

  「‥‥ひ、土方さん?」
  突然の変貌ぶりには困惑する。
  更にはひどく落ち込んだ様子の彼に心配になって声を掛けた。
  彼は項垂れたまま、くそ、と吐き捨て、
  「おまえ‥‥そんなに俺の事が嫌いなのかよ‥‥」
  と力無く呟いた。
  いや、そんな事一言たりとも言ってない――
  「そりゃ、俺はおまえに今まで散々ひでえ事をさせてきたから、俺の事なんぞ何とも思っちゃいねえって分かってはいた
  けどよ‥‥」
  の反論よりも前に、やけくそ気味に土方は零す。

  「優しくもしてやれなかったし、女使いだってしてやれなかった。」
  「そりゃ‥‥仕方なかったんじゃないですか‥‥っていうか、別に女扱いはしてもらわなくても‥‥」
  「だから、これからは少しでも良いから伝わるようにって俺は色々と‥‥」

  ぶつぶつと零す彼はの声なんぞ聞いちゃいないのだろう。

  「そんなに嫌いかよ。」
  「や、だから嫌いだなんて一言も‥‥」
  「着物だって着てねえし、俺が何を言っても困った顔をしやがるし‥‥」
  「もしもし、土方さん?」
  私の話少しは聞いてくれません?というの声は見事に無視された。
  彼はなおもぶつぶつと続ける。
  あの着物はおまえが喜ぶと思って、とか、簪も似合うから、とか、別に俺は世辞を言ったんじゃなくて本心を、とか色々。

  「なのに、なんでわかんねぇんだよ‥‥」

  最後にまるで恨み言のように呟かれ、思わず反論してしまった。

  「いやいや、そもそも私になんでそんな事するのかが分からないんですが。」

  という女は、非常に鈍い女である。
  分かっている。分かっていた。
  それでもあからさまにすれば気付くと思ったのだ。
  甘かったと思い知らされた。いまさらのように。

  「俺はっ!」
  彼女の心底不思議そうな言葉にぶつんと何かが切れた。

  「俺はおまえが好きなんだよ!」

  全く気の利かない、愛の告白だった。
  だが、不器用な告白は何よりも直接的に彼の想いを表していた。
  彼女が好きなのだと。

  そんな告白に、彼女はにこりと、邪気のない笑みを浮かべて言う。

  「私も土方さんの事が好きです。」


  言葉に何故か先ほどよりも激しく落ち込んで「もういい」と出ていく彼の気持ちは、見かねた仲間に助言されるまで全く
  気づく事が出来なかった。



  「土方さん!ごめんなさいってば!!」
  「‥‥別に謝られるような事なんか一つもねえよ。俺の気持ちが全然籠もってなかったってだけだろ。」
  「うわぁあん、違うんです!私が馬鹿だったからです!!ほら、私も好きだから、ね?ね?」
  「無理して言うな。余計に虚しくなるだけだ。」
  「無理じゃないから!!ほんとに好きだから!!だからこっち向いてくださいよー!」


 難攻不落な彼女



  リクエスト『土方さんにこれでもかと口説かれるのに伝わら
  ないお話』

  土方さんがとんでもなく残念な男になりました( ´艸`)
  なんて言うんですかね、こういう格好いい男の残念な姿っ
  てとっても書いてて楽しいですね☆
  きっとおもっくそ落ち込んでるんですよ♪
  この後はちゃんとラブラブになったはずです☆
  それでも若干土方さんが引きずってたりすると‥‥イイ!

  そんな感じで書かせていただきました♪
  リクエストありがとうございました!

  2011.1.30 三剣 蛍