「を泣かせたい?」
  「いやいや、総司!おまえが言うとなんか卑猥に聞こえるって!
  つか、オレたちは泣かせたいんじゃなくて、泣き顔が見てみたいってだけで‥‥」
  「いやだなぁ、そういう事ならなんで僕に言ってくれないの?」

  いや、おまえに言うと嫌な予感しかしないから。



  
涙 3 〜むしろ、死〜



  「いいか、絶対に絶対に痛めつけるのだけは無しだ!」
  原田に再三念を押された。
  どうして?と訊ねると、彼はものすっごい罪悪感という顔で黙り込むだけで、ああこりゃ何かしたなと沖田は察した。
  勿論原田の事だからわざとではないのは分かっているので制裁だけは勘弁してあげた。

  さて、痛めつけずに泣かせる。

  やっぱり簡単だと彼は笑った。


  「ちょっと待て、こんな時間に何するつもりだ。」

  真夜中。もう誰もが寝静まっているだろう時間に、
  「それじゃあちょっとを泣かせてくる」
  と言って部屋を出ていこうとした彼を、原田と藤堂が慌てて止めた。

  沖田はにっこりと邪気のない笑顔で振り返って言った。

  「なにって‥‥泣かせるなら褥の中が一番手っ取り早いじゃない。」
  「やっぱりか!!!」

  却下。
  と原田と藤堂に揃ってはねられる。
  ええ、と不満げに声を上げた。

  「ええ、じゃねえよ!ええ、じゃ!
  なんでそっちの話になるんだよ!」
  「だって手っ取り早いでしょ?」
  沖田はしれっとした口調で言う。
  「あの時ばっかりは、止めようとしても涙が出ちゃうものだし?」
  「そ、そうだけど!」
  でも駄目、と藤堂が真っ赤な顔で頭を振る。原田も頭痛でも患っているかのように頭を押さえたまま頷いた。藤堂の言葉
  に同意を示しているようだ。

  「それ以外、で!」
  「‥‥それ以外‥‥なぁ‥‥」

  うーんと腕を組み、ついでに首も捻る。

  「あるにはあるけど‥‥」
  「けど?」
  永倉が言葉の先を促すと、彼は眉根を寄せて、溜息を吐きながら言った。

  「あんまり僕が面白くない。」

  誰がおまえを喜ばせるためだと言った?の総突っ込みが入った。


  「―」
  いるー?と障子戸の向こうから声を掛けられる。
  は布団の上にべそっと横になったままで、うぃーと覇気のない返事をしてみせた。相手が相手なので取り繕う必要は
  ない。

  「‥‥寝るところだった?」

  す、と戸が開き、顔を出した悪友には苦笑を向ける。

  「普通の人はみんな寝てる時間だよ。」
  「確かに。」
  とか納得しながら部屋に入ってくるあたりが彼らしい。
  「どした?何か用?」
  「うん、まあ用って言えば用かな。」
  「‥‥この時間じゃないと駄目な用?」
  問いかけに、翡翠の瞳に悪戯っぽい色が浮かぶ。
  あ、なんかまずいかもと思ったときには捕食者を捕らえる獲物のように飛びかかられて、

  「っ」

  どさ、と布団の上に飴色が広がった。
  頭上には、にやりと悪戯っぽく微笑む沖田の顔。
  肩を押さえつけられているので起きあがることは出来ない。
  は双眸を細めて、睨み上げた。
  「まさかと思うけど、私を襲うつもり?」
  「そうして欲しい?」
  「冗談。」
  は頭を振った。
  「屯所でそんな事したら土方さんに切腹させられちゃうよ。」
  「まあ、それは嫌だなぁ。
  っていうか、そのつもりだったんだけど、却下されてね。」
  「‥‥却下‥‥って、何?」
  訝るようにの眉が寄せられる。
  それはこちらの話、と笑いながら、そっと顔を近づけた。
  まるで口づけでもされるようで、は喉を震わせる。
  彼とは一度そういう関係になった事があるけれど、それはもっと若かった頃だ。
  好奇心故に肌を合わせただけで、恋仲ではない。だから、そういう事になっても困る。
  「そう‥‥」
  手がそっと肩から滑り落ちた。
  ぎくりと細い身体に力が入ったのは、その手が身体の稜線をなぞったからだ。
  布の上からの間接的な刺激に、快楽を知っている身体は小さく震えた。
  「そ、総司っ!」
  の戸惑いと僅かに色を含んだ声に、外で聞き耳を立てていた誰かが「このっ」と小さな声を上げて殺気を膨らませる。
  恐らく原田だ。今にも飛び込んで沖田を殴り飛ばしそうである。

  「これくらいは大目に見て欲しいよねぇ‥‥」
  「な、なに、言ってっ‥‥」

  サラシを巻いていない胸の膨らみから名残惜しげに指を滑らせればその手が、彼女の細腰に掛かった。

  「ちょっ」

  はいよいよ慌てた。
  何をしでかすのかとその瞳が見開かれ、頬に朱が指す。
  琥珀が強ばりつつも、どこか期待の色を浮かべているのを見て、沖田は残念そうにこう呟いた。

  「それはまたの機会に‥‥」
  「え?」
  「今日は‥‥」

  これ。
  と囁いた瞬間、

  その大きな手が脇腹をわしと掴んで、

  「ぶ、あ、ひゃ、あはははははははっ!!」

  次の瞬間、弾けるような笑い声が上がった。

  「な、なんだ!?」
  「何事だ!?」
  「どうしたどうした!?」

  すたーんと勢いよく障子戸が開かれ、三人が雪崩れ込んでくる。
  一体何事かと視線を向ければ、布団の上、男に跨られている彼女の姿。
  それは一見沖田がを襲っているようにも見える‥‥のだが‥‥

  「あはっ、ひゃははははは!!」

  押し倒された彼女の口から上がるのはどう考えても色気のある声ではない。

  「なに、してんの‥‥?」

  呆気に取られる三人の内、藤堂が問いかければ、沖田は手だけを動かしながら、見ての通りだよと楽しげに答えた。

  「擽ってるの。」

  言葉通り、彼の手は恐らく皆が弱いだろう脇腹に添えられている。
  その手は細い腰を擽るように動いているのだ。
  そして、それによって、

  「ひ、は、うひゃひゃひゃひゃっ!!」

  の口から笑い声が漏れ、彼女はぐにゃぐにゃと身体を右へ左へとねじ曲げながら笑い転げている。

  「ほら、こうやって、擽り続けると涙出てくるでしょ?」
  自信満々に言われて思わず、

  ――いや、知らねえよ、

  と心の中で総突っ込み。
  泣き出すほどに擽った事はない。というか、擽り倒すって‥‥ガキか。

  「あ?馬鹿にしてる?
  これが結構苦しいんですよー」
  「ひ、ひはっ」
  の様子を見ていると苦しいのはよく分かる。
  それは分かるんだが‥‥

  「それで本当に泣くのかぁ?」

  心底疑わしげな永倉の問いに、沖田は勿論と自信たっぷりに頷いた。

  「いつかはね。」
  「いつかは‥‥ってそんな暢気な‥‥」
  「まあ、その内涙が出てきますって‥‥」
  ね?と問いかけながらこしょこしょと指先を動かした。
  同意されてもは肯けない。

  「や、やめっ、そ、やめっ、うひゃひゃひゃっ」
  は笑いながら制止を訴える。
  「うん?まだ余裕があるみたいだね。」
  「よゆ、なんて、なっ、ひゃはっ!」
  こしょこしょこしょ、と長い指が弱いところを重点的に責めてきて、の身体はびくんっと震えて転がった。

  「そういえば昔っからくすぐったがりだったよね?」

  そんな事実知らねえよ。
  っていうか、おまえは昔から彼女に何をしてたんだ。
  心の中で三度目の総突っ込み。

  なんとも異様な光景を見ながら、ええと、と三人は視線を何度か絡ませる。

  まあ、無理矢理彼女を‥‥と言うよりはマシなのかもしれない。
  いやこれマシか?からすればどっこいという所だろう。
  どっちも同じように苦しい。いや、擽られる方は苦痛しか伴わないか。いやこれ、苦痛?

  「ひっ‥‥」

  唐突に、の口から短い声が上がった。
  おや?と三人がそちらを見れば、彼女はひくりひくりと震えているではないか。

  「ちょ、そ、総司やめろ!!」
  慌てて制止に掛かったのはやっぱり原田だ。
  「なんで?もうすぐで‥‥」
  「の顔真っ赤じゃねえか!」
  笑いすぎて頭の中の空気が薄くなってしまったのか、彼女は顔を真っ赤にしてぐったりしてしまっている。
  それでも彼の手が止まらないのでひくり、ひくりとまるで痙攣するかのように身体を震わせていた。
  「やばいって!」
  藤堂もその手を押さえて引きはがした。

  「泣く前にが死んじまう!!」

  三人がかりで漸く引っ剥がしたものの、結局は涙を見せることなく、そのまま気を失ってしまった。


  笑い死に、なんて洒落にならない――





  とりあえずエロス回避