「痴漢に遭ったー」
教室に入って来るなり、はそう言い放った。
あまりに緊迫感のないそれで、沖田と斎藤は一瞬眉を寄せる。
因みには笑っている。
「さっき、そこで痴漢にあったんだよー」
昼休みを利用して外に出掛けていた彼女だったが、どうやら運悪く痴漢に遭遇したらしい。
そういえばここ最近「痴漢が出る」と教師が言っていたのを思い出した。
真っ昼間から暇な事だ。
「、嬉しいの?」
「まさか。」
あはは。
とは笑って返した。
ああ、なるほど。
二人はその様子で気付く。
これは喜んでいるんじゃなく‥‥怒っている、らいし。
あれだ。
怒りは頂点に達し、振り切ってしまうと笑いが漏れる、と聞いた事がある。
笑って怒っている人間ほど、実は怖いものはない。
「何をされた?」
斎藤が問うと、それがさーとは笑ったまま、
「いきなり後ろから羽交い締めにされて胸揉まれた。」
と答える。
「もうさ、びっくりしてさー
あれ咄嗟に出ないもんだなー」
痴漢とはそういうものだ。
一瞬、頭が真っ白になる。
そして次に来るのは恐怖。
大抵の人は声が出せない。
も例にもれず、そうだったらしい。
「ただで触らせちゃったよ。勿体ねー」
なんて笑いながら、は視線を下に。
俯いた。
あははーと笑いは乾いたそれになって、やがて消えた。
うつむく彼女の肩が小さく震えているのに気づいた。
「怖かった?」
沖田の指先が頬に触れた。
そっと撫でる指はいつもと違って優しい。
ああちくしょう。
とは唇を噛みしめた。
そんな事全然平気って思ってたけど、思ったより衝撃はでかかった。
「ちょっと‥‥」
それでも素直になれないのは彼女の可愛いところでもある。
「もう大丈夫だ。」
ぽんと斎藤はその小さな頭に手を乗せる。
くしゃっと撫でる大きな手。
彼女は無言で一つ、頷いた。
「で‥‥因みに相手の特徴は?」
にこにこと笑顔のまま沖田は問う。
「青い帽子に、黒の上着。」
は迷わずに答える。
「どのくらい前だ?」
斎藤が無表情に問えば、
「5分。裏門すぐ。」
短く返事した。
「じゃあ、ちょっとばかしお仕置きしてこよっか。」
一君。
と沖田が促す。
斎藤は無言で頷いた。
「一発くらいは殴っておいたほうが、相手の為になる。」
「ああそれは名案だね。
警察に突き出す前に一発くらい‥‥」
「総司、一。」
俯いたまま、は名を呼ぶ。
振り返れば彼女はゆっくりと顔を上げた。
また、笑顔だった。
「殴るなんてそんな事しないで。」
にっこりと笑ったまま、
「ぶっ殺してきて。」
「了解――」
二人は揃って教室を後にした。
騎士ふたり
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