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今日は随分と遅くなった、と斎藤は薄暗い廊下を歩きながら思う。
所用で出掛けていて帰ってきたのはもう既に皆が寝静まる頃だ。
このまま横になっても良かったが、生憎と今日は随分と暑かった。
おまけに大急ぎで帰ってきたせいで、汗もかいている。
仕方なく、一人夜中に湯浴みというあまりにも贅沢な事をさせて貰うこととなったのだが‥‥
ざぁ。
跳ねる水音に視線を上げる。
見れば、離れにある湯殿に灯りが灯っていた。
おまけに格子窓からはふわふわと湯気が上がっている。
誰か先客がいたらしい。
門下生の誰かだろうか?
それとも食客の誰かか。
まあ、別に構わない。
誰が入っていようが、自分も汗を流すだけだ。
脱衣所に入れば、ぼんやりと灯りが点されている。
籠に紺色の衣が押し込められ、その横に刀が置いてある。
見覚えのある黒塗りの鞘は確か、
「か。」
その人が持っていたものだ。
抜いた所を見たことはないが、腰に差しているのは見たことがある。
なるほど、今中に入っているのはその人らしい。
斎藤は籠を一つ拝借し、自分の衣をそこへと置きながら思う。
そういえば、と話をしたことは数回だ。
道場の門下生‥‥というのではなく、近藤に引き取られたのだという。
なので、道場であまり木刀を振るっている姿は見ない。
普段は外で奉公をしているらしく、その姿自体を見ることは少なかった。
ただ、
が強いというのは分かっている。
いつぞや沖田とやりあっていた時、止めに入ったその人の身のこなしで分かった。
強い。
と。
いつか手合わせをしたいと思っているが、生憎と沖田に邪魔をされて叶った事はないけれど。
そういえば‥‥
と斎藤は手拭いを手にしながらぼんやりと考えることがある。
という人は何故あのように身体が小さいのだろう。
子供というには立ち居振る舞いがしっかりしている。
年は自分たちよりいくつか下かも知れないが、それでもあれだけの剣の腕前ならばもっと腕や足に筋肉がついてもいいの
ではないか。
いやそれ以前に肩幅が異様に狭い。
あれではまるで、
から――
と戸を開ける。
むわと、中から湯気があふれ出し、一瞬、斎藤は顔を顰めた。
やがて生ぬるい空気に追いやられ、視界がはっきりとしていくと、湯船から立ち上がるその人を見つけた。
そして、
「‥‥あ‥‥」
「‥‥っ」
二人はその瞬間、目を丸く見開いた。
中に入っていたのは確かにだった。
飴色の髪も、その琥珀の瞳も。
確かにその人のものだった。
しかし、
湯船から上がった濡れた身体は、
小さいと思っていたその人の身体は、
驚くほど白く、
細く、
丸みを持った身体で。
その身体には‥‥
二つの、
柔らかそうな、
それがついていた。
つまり、
は、
「――お、んな――?」
斎藤の口から掠れた声が漏れる。
二人は互いに互いの身体をまじまじと見ていた。
やがて、
「‥‥おぉ‥‥」
ちろりと下に視線を向けたが、それを見て驚きの声を上げるのに我に返り、
「っすまない!」
斎藤は慌てて脱衣所へと引き返した。
「すまなかった。」
「いやー、なんつーか、お互い様?」
脱衣所に戻った斎藤は手拭いで自分の半身を隠し、その場に正座をし、こちらに背を向けている。
どうやら、ずっとそうしているらしい。
はあははと笑いながら、濡れた身体を手拭いで拭った。
「すまない。」
斎藤はしきりに謝る。
「いや仕方ないよ。
一人で入ってた私も悪かったんだし。」
この時間にまさか他に入る人がいるとは思わなかったと彼女は言う。
「まあ、斎藤には、そのうち教えるつもりだったし。
いいんじゃないかな。」
「‥‥」
何がいいんだと斎藤は心の中で突っ込んだ。
濡れた髪をがしがしと乾かしながら、はそれに、と口を開く。
「私も見ちゃったし。」
はっきりと、と言う彼女に何を見たんだ?と斎藤は一瞬首を捻った。
が、
「‥‥」
そうだ、彼とて裸だったのだ。
おまけに手拭いは手に持っていた。
つまり、見たのだ。
彼の、下半身を。
「いやぁ、ごめんなー」
見ちゃって‥‥とあっけらかんと笑う彼女に、何故か斎藤の方が恥ずかしい思いをした気がした。
「土方さん。」
「なんだ?斎藤、改まって。」
「の事なんですが。」
「ああ?おまえあいつが風呂入ってるの見ちまったらしいな。」
近藤さんには言うなよ、と土方は意地悪く笑った。
一応彼女の親代わりだ、大事な娘の肌を見たなどと言ったら拳骨の一つでも降ってくるぞ、と言われ、斎藤は沈黙する。
その顔は僅かに赤い。
気を取り直すように彼はこほんと咳払いをした。
「‥‥そのことですが‥‥」
「あん?」
「が風呂に入る際は、誰かが見張っているのが一番ではないかと‥‥」
至極真面目な顔で言う彼に、土方はぽん、と手を打って。
「よし、斎藤。
おまえに任せる。」
おまえなら安心だ、というなんとも嬉しくもない言葉に、これまた斎藤は複雑な面もちで頷くほかなかったとか。
「因みに土方さん。
俺がいない間は土方さんが。」
「ああ?なんで俺が‥‥」
「他の奴らでは心配です。」
「‥‥ああ、まあな‥‥」
そんな保護者の気持ちもつゆ知らず、は今日も一人、町を行く。
無自覚
斎藤さんがを女だと知る瞬間。
彼女がお風呂に入る時は、土方さんか斎藤さんが同行する
ようになりました(笑)
でも、土方さんは山崎さんあたりに押しつけていたり。
斎藤さんはくそ真面目に任務をこなしております。
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