お囃子の音に、子供達が楽しげな声が重なる。
  薄闇に空は染められるのに、まだ人の波が途切れない。
  立ち並ぶ出店に人々は群がり、通りは人で埋め尽くされた。

  今日は、夏祭り。

  田舎だ田舎だと思ってはいたが、ここにこれほどの人がいたのかと驚かされるほど、人であふれかえっていた。

  「いいねぇ、祭は。」
  楽しそうだ。
  と原田は意気揚々と歩き出す。
  見ているだけで楽しそうだが、ここはやはり参加してこそ、だろう。
  溢れかえる人波へと紛れ込めば、酒や食べ物の香りが充満していた。
  途端、腹の虫がぐぅと声を上げる。
  さてまずは腹ごしらえが先だろうか‥‥

  美味そうなものはないかと、原田は一際高い身長を最大限に利用して、あたりを見回した。

  不意に目についたのは、美味そうな食べ物が並ぶ出店でも、着飾った美女でもない。

  ふわり、
  と夜風に靡く青い衣だった。
  鮮やかな青に、朱色で金魚が描かれている。
  ふわふわと揺れるたびにまるで水の中で金魚が泳いでいるように見えた。

  そうして、それより一層鮮やかに映ったのは、

  「‥‥?」

  飴色の、柔らかな髪。

  絡まる事など知らないその滑るような髪に見覚えがあり、まさかと思いつつも名を呼んだ。
  ぱたぱたと走っていたのは確かに子供だ。
  いや、まさかな。
  原田は自分で呼んでおいて、そんなはずがと頭を振る。
  しかし、

  「‥‥」

  振り返ったその顔は‥‥確かにその人のもので、原田はもう一度目をまん丸く見開いた。



  「ちょ、悪い、通してくれ!」
  人混みをかき分けて、どうにかその暑苦しい中から飛び出る。
  あちこち着物を引っ張られ抜けた時には袷が乱れていた。
  それも構わず、原田はばたばたと走る。
  先ほど呼び止めた少女は、彼が呼んだ時のまま、立ち止まってこちらを見ていた。
  「!」
  「左之さん、大丈夫ですか?」
  あの中から出てくるなんて強者ですね、と彼女はくすくすと笑う。
  「ああ、大丈夫‥‥って、俺の事はいいんだ。」
  それより、と彼はもう一度改めてを上から下まで見た。

  先ほど見たとおり、
  は青い衣に身を包んでいる。
  いつも身に纏っている襤褸ではない。
  誰かに着せて貰ったのか、可愛い金魚の描かれた着物を着ている。
  着物に合わせてか、髪の毛も柔らかく纏め上げられていた。
  首元がすっきりして、一層彼女の顔の細さを鮮明にする。

  「‥‥その格好は‥‥」
  問えば、はひょいと肩を竦め、決まり悪そうな顔で答えた。
  「近藤さんが。」
  せっかくの祭なんだから、と言って着物を買ってくれたのだ。

  ちょいと袖を摘んで広げてみせる。
  ゆらと金魚が涼しげに揺れた。

  「着物を着たら、あとは色んな人に弄くり回されて‥‥」
  こんなことに、とは苦笑を浮かべる。
  なるほど‥‥
  原田は納得する。
  彼女がその格好をしているのは納得したが、

  「なんで一人?」

  「あ、それは‥‥」
  ちろ、とは視線を先へとやった。
  通りの向こうにいるのは永倉だ。
  どうやらここまでついてきたのは彼らしい。
  忙しい近藤達に代わって彼女を連れだしたのは良かったのだが、
  「あっちで‥‥お酒を振る舞われてるらしくて。」
  それを取りに行ったきり帰ってこない。
  というか、帰って来れないの間違いだろう。
  人の数もそうだが、あたりにいる連中に引き留められて身動きが取れないようだ。
  やれなになにを飲め、だの、これはどうだ、だのと酒を振る舞われている。

  「ったく‥‥あの馬鹿。」
  近藤に頼まれたというのに何をしているんだか。
  「まあ、私は一人で回れるので構わないんですけど‥‥
  それより新八さんの方が心配です。」
  「ほっとけほっとけ。」
  酔いつぶれて醜態さらそうが、自業自得だ。

  それよりも、
  「、祭は見て回ったか?」
  「いえ、これから。」
  はこれからこの人混みへと突入するのだと答えた。
  そうか、それならば丁度いい。
  原田はにやっと口元に笑みを浮かべると、
  「‥‥え?」
  その小さな手を取った。
  小さく驚きの声が上がるのを気にせずに、くるりと背を向けて歩き出すと、手を繋がれた少女は慌てて続いた。
  「左之さん?」
  「別に新八じゃなくてもいいんだよな?」
  「え?」
  またまたは驚きの声を上げる。
  何が永倉じゃなくてもいいのだろうかと首を捻ると、彼はを振り返って、続ける。

  「おまえと祭を楽しむのは、俺でもいいのか、って聞いてんだよ。」

  答えが否定じゃない事を願って、強く手を握った。



  「あっちの屋台はどうだ?」
  「左之さん、あっち、おもしろそうなものがありますよ。」
  「、これ美味いぞ!」
  「こっち食べてみます?」

  珍しいもの、
  面白いもの、
  食べたことがないもの、
  変わった味のもの。

  並ぶ屋台の全てを‥‥というわけではないが、それでも二人は十分に祭を満喫している。
  決して短くない賑わう通りを端から端まで。

  「もう食べれません。」
  「俺も食えねえ。」
  ばしばしと己の腹を叩き、満腹だと原田は呟く。

  終わりまで近付くと、段々とにぎわいが寂しいものへと変わっていく。
  そこまで歩いてくるのに多分普段の倍以上はかかった。
  そして終わりに近付いてきた時には、祭の終わりも近付いていた。
  通りを歩く人の数もまばらになり、店から灯りが消えていく。

  「足は平気か?」
  「はい、平気です。」
  ここまで随分歩いてきた。
  疲れていないか?と聞けば、は即答した。
  平気だと言って笑うが、原田は苦い顔を浮かべ、彼女の手を離す。
  温もりが手から離れるが、その代わり、
  「わっ!?」
  その逞しい腕が小さな身体を抱き上げる。
  腕の上に座らせるように抱えると、空いている方の手で彼女の草履を脱がせた。
  「嘘吐け。」
  案の定、彼女の足は赤くなっている。
  慣れない草履を履いていたせいだろう。
  指の股が鼻緒でこすれて痛々しい。

  「‥‥平気。」

  それでも彼女は平気だと言い張る。
  ああ、本当に。
  あの男そっくりだ。

  「そういう事にしておいてやる。」
  原田は苦笑を漏らし、草履を指先で引っかけるとを抱いたまま歩き出した。
  草履を奪われては飛び降りることも出来ない。
  は物言いたげに原田を見ていたが、やがては溜息と共に彼の太い首へとその小さな手を回して諦めた。

  僅かなにぎわいを残す通りを、また、戻った。
  今度は先ほどよりもゆっくりと。
  人もいないのに、ゆっくりと、余韻を噛みしめるように原田は歩いた。

  「楽しかったか?」
  「はい。」
  「悪いな、引っ張り回しちまって。」
  「おかげで楽しめました。」
  「そうか。」
  「‥‥そういえば、新八さんは大丈夫なんでしょうか?」
  「ああ、多分大丈夫だろ。」

  帰りにどっかで倒れていたら放っておこう。
  そんな事を考えて原田は笑った。

  ふあ。

  と近くで欠伸を噛み殺す音が聞こえて、原田はちら、と少女を見た。

  「あ、ごめんなさい。」
  慌てて手を当てては欠伸を隠したが、彼女が眠たいのも無理はないだろう。
  普通ならばもうとっくの昔に眠っている時間だ。
  だというのにぺちぺちと自分の頬を叩いて必死に目を覚まそうとしている。
  「別に構わねえぞ。」
  眠っても。
  原田の声が途端低くなる。

  あ、それは狡い。
  ちょっと眠りたくなるような音だ。
  おまけに歩くたびに伝わる揺れが、心地よい眠りへと誘おうとする。

  「‥‥駄目ですよ。」
  「俺が構わねえって言ってるのに?」
  「知らないんですか?
  眠ってる子供は重たいんですよ?」

  言いながらはもう一度欠伸をした。
  睡魔に抗おうとしているらしいが、瞼は半分落ちている。

  「それに、私戻ったら‥‥やらないといけないこと‥‥」
  「じゃあ。」
  落ちないように両手でしっかりと抱きなおす。
  こつん、と身体が揺れて原田の肩口に彼女の額がぶつかった。
  その時には、琥珀の瞳はすっかりと閉ざされて、
  「通りを抜けるまで、寝てろ。」
  囁くような声に、そこまでね、とは答えられたかどうか、覚えていない。



  「左之助、てめぇこんな時間まで引っ張り回してんじゃねえよ。」
  帰って来るなり迎えたのは土方の小言だ。
  人が完全に引ききるまで祭を堪能していた彼らが戻った頃、日付は変わっていた。
  「変なもん買い与えちゃいねえだろうな?」
  「いやいや、変なもんなんてねぇし。」
  近藤の事を過保護というが、彼も十分過保護だ。
  というか‥‥本人は否定するが、絶対、の母親だ。
  しかも、ちょっと細かい母親。
  ちょっと‥‥嫌だ。

  「左之助、てめぇ何にやにやしてやがる。」
  「いや、別ににやにやなんかして‥‥」
  「んー‥‥」

  因みには彼の腕に抱えられ眠っているので土方の小言は小声で、原田の反論もそうである。

  「明るくなってからにすればいいのに。」

  通りかかった沖田が欠伸を噛み殺しながら、至極真っ当な事を言った。



の夜



なんか左之さんとお祭りを回るのはほほえましい。
ということでできあがった作品。
きっといろんなものを食べさせてくれるはず!!