『ねえ、
  キスの時に舌って入れたことある?』

  意地悪な沖田の言葉に、は無言になった。


  「‥‥おまえさ、ほんと総司の奴と友達やめろ。」


  心底嫌そうな声で呟く男に、違うんですとは首を振った。
  「違う!別にこれは知りたいとかそういうんじゃなくてっ‥‥」
  は慌てて首を振った。
  そうじゃなくて、ただ彼にこんなことを言われて驚いたのだという話がしたかっただけだ。
  悪気はないと言うが、その発言で男にどれだけのダメージを与えているか分かって欲しい。

  此度の沖田の難題は、
  『ディープキスの経験有無』
  についてだ。

  普段対等に渡り合っていると沖田ではあるが、こと恋愛に関しては彼にどうにも弄られる傾向にあるらしい。
  とはいえ、どこぞの千鶴のようにあからさまな反応を示す事はない。
  どちらかというと、沖田は彼女を通して土方に嫌がらせをするのが楽しいようである。

  「勿論、土方さんはありますよね?」

  ちろ、とは彼を盗み見る。

  「まあな」

  さらりと返されてはちょっとだけムッとした。
  そりゃ、彼が何人もの女性と付き合ってきたのは知っている。
  その中には彼とそういった行為をした人もいただろう。
  勿論それ以上の事も。

  してほしければ自分から歩み寄ればいいのだが、そんな事出来るものかとは思う。
  こういうのは時期が来れば自然と為る事だと‥‥そう考えているが故に男は耐えなければいけないのだけど。

  「‥‥なんだ、してほしいのか?」
  「土方さん、最近エロオヤジみたいになってきましたね。」
  彼の言葉にの胸はどきりと鳴った。
  しかし、それを完璧に隠し、じろっと睨み付けてそんなかわいげのない事を言ってみせる。
  エロオヤジと言われた土方は少しばかり顔を顰めた。

  仕方ねえじゃねえか。
  俺の方がしてえんだから。

  心の中でだけ呟き、ふんとそっぽ向いてしまった彼女を後ろから引き寄せた。

  「ちょ、土方さん!」
  何するんですかと振り返り抗議の言葉を漏らす唇を、
  「っふっ!?」
  自分のそれで塞いだ。
  でも、触れるだけ。
  何度か触れて、離すだけ。

  「‥‥」

  てっきり舌を入れられると思っていたは、それで離されて不満げな瞳を彼に向けた。
  勿論気付かない男ではない。
  くつくつと、見透かされ、笑われ、は唇を尖らせた。
  「意地悪。」
  「意地が悪いのはおまえの方だ。」
  くっと喉を鳴らし、土方は離れる。
  それがなんだか寂しくて、追いすがってみた。
  きゅっとその手に指を絡めて引っ張ると、男は目を見開き‥‥

  「‥‥ったく‥‥」

  こちらを見下ろす目は苦笑に歪んだ。
  とても優しい色を浮かべて。

  「舌‥‥出してみろ。」
  彼は再度を引き寄せるとそんな事を言った。
  「えっ」
  はどきりとする。
  引き留めておきながら「でも」と恥じらうように視線を伏せる彼女に彼は命令する。
  「いいから、出せ。」
  「だ、出せってなんですか!出せって‥‥」
  文句を言い始める唇をもう一度塞がれた。
  ちゅと、わざと音を立ててそれを離され、
  「‥‥。」
  促すように名を呼ばれる。
  近い場所でそんな風に熱っぽく呼ばれて駄目だなんて言えるわけがない。
  「‥‥っ‥‥」
  言われるとおり、恐る恐る舌を突き出してみた。
  赤い、唾液に濡れたそれを土方は一度だけ凝視し、
  「ん。」
  自分も舌を突き出してそれに触れさせた。
  「っ」
  ざらりとした感触にはびくんっと肩を震わせる。
  ついでに目も閉じてしまうので、
  「。」
  目を開けろと彼女に命じた。
  くそ、なんで命令されなきゃいけないんだと思いながら、それに従ってしまうのは彼が好きでたまらないからだ。
  「‥‥」
  ゆるゆると瞼を押し上げ、情けない顔でこちらを見つめる恋人がいる。
  土方はふ、と笑いを小さく漏らして、やがて赤い舌を見せつけるようにそれへ絡ませた。
  「ん‥‥ぅっ」
  そして、そのまま引き寄せ、唇を塞ぐ。
  知らない内に引っ込めてしまったらしい舌を土方は追いかけ、ねっとりと吸い上げる。
  その瞬間、じんっと背骨のあたりに痺れが走った。
  思わず目を閉じるが、もう土方は咎めなかった。
  ただ強く抱き寄せたまま、彼女の甘い舌を堪能する。
  頬を大きな手が包み、ゆっくりと口づけの角度を変えられた。
  「んっ、ふっ‥‥」
  更に先ほどより深く舌を絡められ、根本から吸い上げられるような感覚だった。
  背骨に走っていた痺れがやがて身体全体に広がり、熱と疼きを生み出し、代わりに思考を麻痺させていく。
  段々と呼吸が苦しくなってきた。
  「んっ‥‥っぅう‥‥」
  離してと、その胸を押し返す。
  しかし、土方は一度だけ、呼吸の為に唇を離して、
  「ひぅ‥‥ん」
  また深く塞いだ。

  苦しくて、
  もどかしくて、
  でも、
  気持ちが良くて、

  頭がぼうっとしてくる。

  「っんぅ‥‥」
  頽れそうになっている身体を支える手が、背中をゆったりと撫でた。
  同時に耳の後ろを指が擽るように触れて、
  「ふぁ‥‥」
  甘えたような声が鼻から抜ける。

  おいおい、そいつは反則だと土方は内心で嗤って、瞳を開いた。

  必死に目を閉じ、キスに応えようとする少女は‥‥視線に気付いたのだろうか?
  「‥‥」
  ゆっくりとその瞼を押し上げ、蕩けたような眼差しをこちらへと向けてくる。
  琥珀のそれは甘ったるい‥‥彼が想像したよりももっと、色っぽい、艶やかな色を浮かべていて‥‥男は自然とむくむく
  と欲が頭を擡げるのが分かった。

  「なあ。」
  は、と少しだけ離した合間で土方は問いかける。
  口の間を銀糸が伝った。
  それがひどくいやらしいと男は思った。

  「俺は‥‥いつまで待てばいいんだ?」
  「いつ、まで‥‥って‥‥」
  なに?と若干舌足らずになった彼女が言うのもたまらなく愛おしい。
  許されるならこのまま強引に奪い去ってしまいたいと思いながら、土方はもう一度唇を合わせるだけ合わせて、
  「おまえは、いつになったら俺に抱かれる覚悟をしてくれるのかって聞いてんだ。」
  掠れた問いかけは、自分が思ったよりも余裕が無くて‥‥

  やっぱり俺は格好悪いなと彼は自分を嗤った。


  Lesson




  キスのレッスンですか?
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