「もうおまえの血は飲まねえ」
羅刹へと姿を変えた男は、苦しげな顔でそう告げた。
どれほどに苦しくとも、
もう、
おまえの血は飲まないと。
「土方さん、何言ってるんですか!」
早く飲んで。
と彼女は短刀を彼へと差し出す。
しかし、男は首を振った。
血走った目でこちらを見ているくせに、
「‥‥いやだ‥‥」
と首を振る。
その身体は血を求めているのに。
身体の奥底から堪えきれない衝動がこみ上げているはずなのに。
「俺は‥‥もう‥‥」
つかれたように、
「おまえの血を、飲まねえ」
彼は、言う。
それを堪えることが、男にどれほどの苦痛を与えるのか。
死にたいほどの狂気が身体を襲うのを分かっていながら‥‥
男は、頑として飲まないと言い張る。
もう限界だ。
彼は限界なはずだ。
血を飲まなければ‥‥狂うと、
死ぬと、
分かっていた。
だから、
「っ」
は思い切り自分の腕を切り裂いた。
少々深くまで抉ったらしい。
ぼたぼたと大量の血が溢れ落ちた。
血のにおいに、男の目は見開かれる。
渇望する瞳だ。
だというのに、彼は奥歯を噛みしめ、それはいらないのだと首を振る。
「‥‥何があっても、飲んで貰います。」
は言って、あふれ出た赤い血を、は自分の口に含む。
そう、まるで羅刹のように。
「‥‥てめえ‥‥」
なにを、と口を開く男に、は音もなく近づく。
射貫くような瞳が自分を間近で見つめていた。
血で、赤く染まる唇がやけに鮮やかに映る。
「っ――」
は己が唇で、その男の呼吸を奪った。
触れた熱に、土方は一瞬目を見開いた。
血のにおいが鼻をつく。
羅刹の吸血衝動が身体を支配し、どくりと狂気じみたそれがこみ上げるのが分かった。
まずい。
と男が身を強張らせた瞬間、
じわり
開いた唇から、注ぎ込まれるものがあった。
さびた鉄の、味。
それはまさしく、自分が求めたもの。
彼女の、
血。
「っ」
それが注ぎ込まれた。
ぴったりと隙間無く塞がれた唇の中に。
押しのけようとしても、もうそんな力はなかった。
それよりも抱き潰して、その血を啜りたい衝動がこみ上げてきた。
「んっ‥‥」
ごくりと、一度飲み込んでしまえば、最後だ。
それがほしくてほしくてたまらなくなる。
「っ」
ぎゅっと腕を掴む力が強くなる。
まるで強請るようなそれで、はそこでようやく唇を離した。
赤い血と、唾液でぬれた唇はやけに艶めかしい。
「‥‥」
「もっと、ほしい?」
にこりとその瞳が細められた。
漂う色香に、ぞくりと背中が震えた。
欲しい――
土方は心の奥底から欲した。
ほしいと。
「‥‥」
は既にふさがった傷口にもう一度刃を立て、つうと静かに引く。
ゆったりと赤い血があふれ出し、彼女の白い肌を染める。
それをは赤い舌で見せつけるように舐った。
そうして、
「‥‥」
彼の頬を優しく包む。
ゆっくりと瞳を閉じれば、の柔らかな唇が重なった。
甘い味が口の中に広がる。
もっとと、男はせがんだ。
求めるように舌先を伸ばせば、は軽く驚きの表情を浮かべて、それに応じてくれた。
「っふ‥‥」
舌が絡まる。
血の味がする舌が。
その全てをなめ取るように、男は舌を這わせた。
舌の付け根に、歯の裏側に。
「ん‥‥」
口腔を犯され、血を、唾液を啜られ、は小さく呻く。
「もっと‥‥」
は。
と少しだけ離れた唇の間で、土方は言った。
もう既に常の黒髪へと戻った男は、だが求めた。
もっと、と。
「‥‥分かりました。」
は応え、刃をもう一度滑らせようとする。
それを土方は制し、ちがうと、首を振った。
「俺が欲しいのは、それじゃねえ‥‥」
赤い唇で、男は告げた。
紫紺の瞳は欲で濡れている。
それは、血を求めるが故のものだと思っていた。
だが、
彼が欲するのは、
「おまえが‥‥」
吐息混じりに男は言った。
「おまえが、欲しい。」
目の前の女が欲しいと。
先ほど、血を求めるよりも激しく、
欲しいと彼は言った。
狂疾
供血シーンが書きたかったのですが‥‥
やたら生々しいというか、毒々しい感じに(苦笑)
ちなみに
狂疾:狂気の病(笑)
これは山南さんにこそ相応しいかな‥‥
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