今日も今日とて、一人こっそりと洗い物に勤しんでいた。
 理由はその情けなく丸めた背中を見て察して欲しい。
 土方はここ数日ですっかり慣れてしまった作業を終え、物干し竿の端っこにそれを干すと溜息を吐きながら部屋の中へと戻っていく。
 今朝もまた、彼女を無理矢理、という夢だ。ここ三日立て続けである。
 原田も言っていたがこれは相当鬱憤が溜まっているようだ。
 しかもこの数日で内容はより濃く、より鮮明になっていくのだ。まるで現であるかのように。
 罪人になるような真似だけはするな、と言われたが、このままでは本当に彼女を無理矢理奪ってしまいそうで恐ろしかった。
「これはなんとかしねえとな」
 一度、どこぞで鬱憤を晴らしてきた方が良いだろうか?
 いやでも、好いた女がいるのに他の女を抱く気にはなれないし、恐らく……他の女では意味がないだろう。青臭いガキのように毎朝夢精しているにも関わらず、他の女では欲を掻き立てられないのだ。つまり、勃ちそうにない。
 どれほど自分は彼女に溺れているのか。
 こんなはずじゃなかったのにと頭を掻きながら廊下を進めば、不意に開けはなった襖から覗く部屋の様子に足が止まった。
 部屋の片隅に着物が丸めて置いてあった。
 萌葱色の着物はあちこちが汚れていて、は掃除の時によく身に纏っていた。
 丸めてあるということは洗濯する予定なのだろうか。
 丁度良い。洗い桶も出しっぱなしなのだから彼女のものも洗っておいてやるかと部屋に失礼し、それを拾い上げる。

 ――瞬間、ふわりと鼻腔を掠めたのは甘い香り。
 花を思わせるのは紛れもない、彼女の香りだ。きっと彼女の身体から移ったのだ。

「……」
 思わず、と言う風に鼻先に近付ければ香りは強くなる。
 こんな香りだっただろうかと驚くほど甘い。どこか、人を惑わせる独特な香りだ。
 僅かに感じる汗のにおいも相俟って、ひどく……男を興奮させる。
 と思えばむくりと起きあがる感触に土方は苦い顔で睨み付けた。
「においで勃っちまうとか、俺の身体はどうなってんだ」
 彼の半身はその香りですっかりやる気になってしまったようだ。
 どこまで追いつめられているのやらと自分を情けなく思いつつも、止められない。
 すん、と更に強く鼻先を押しつけ、身体の中に彼女のにおいを吸い込む。
 着物に染み付いた全てを自分の中に取り込むように。
 きっと彼女の肌も同じような香りをしているのだろう。
 いやもっと、甘く、芳しいに決まっている。
 ……いけない。下半身が本格的に臨戦態勢に入ってしまった。
 これは一度部屋に戻って何とかしてこなければ。
 そう思って顔を着物から名残惜しげに離した、
 その時、

「土方、さん?」

 固い声音に呼ばれ、ぎくりと肩が大袈裟に震えるのが自分でも分かった。
 危うく変な声を漏らして飛び上がってしまう所だったが、それを寸前で堪える。
 どうしてこうも間が悪いのだろう。
 振り返ればそこに彼女が立っていて、恐らく汚れ物を取りに来たのだ。
 だが部屋に戻ればそれに鼻先を埋めてにおいを嗅いでいる男がいて、彼女はどう思ったか。
 それは聞かずとも何とも表現しがたい顔をしている彼女を見れば分かる。
 これは違う。
 いや、違わないけれど違う。
 別ににおいを嗅いでいたわけではない。いやそうだけど、そうじゃなくて。

「あの、それ、私の……」
 酷く申し訳なさそうな声で言いながら指さした彼女に、言えた言葉はこんなものだった。

「わ、悪い。寝ぼけてたみてえだ」



 祝言を挙げるまで後九日。
 彼の理性が保てるのは後何日?


苦悩は続くよどこまでも




  土方さんが変態ですいません!!