「土方さん、酒が空になってるぜ」
 上機嫌で原田が空いた器に酒を注げば土方は「原田」と声を掛けてきた。
 もう限界だろうか、目はとろんと力無く緩んでしまっている。顔も赤い。
 呂律も若干回らなくなって「はらら」と聞こえる。
 そろそろ終わりにしようかと最後のいっぱいを注ぎながら顔を上げれば、酒に弱い彼はぼんやりとしたままでこんな事を言いだした。

「惚れた女を無理矢理手込めにする夢を見るってのは……どういう状況だと思う?」



 ひゅうと吹き抜ける風が心地よい。
 酒で火照った身体には丁度良いくらいの冷たさだ。
 珍しく土方が飲もうなんて誘ってきたからちょっとばかり調子に乗ってしまったのかもしれない。飲み過ぎた。

「そりゃまずい状況なんじゃねえか?」
 ははっと笑いながら言えば、返ってくる声も笑いを含んでいる。
「やっぱり相当、煮詰まってる感じだよな」
「ああ、煮詰まってるってか追いつめられてるってか」
「鬱憤が溜まってるってとこか」
「そういう所だろうな」
 なんせ無理矢理、しかも好きな女をなんて。
 好きな女なら大事にしたいし、傷つけたくない。
 それなのに無理矢理奪うような真似、傷つけて泣かせるような真似、するはずがない。出来るはずがない。
 まあその女が手に入らないのであればそういう願望が夢に表れる事もあるのかもしれないが。
「なんだ? 新八の奴が相談でもしてきたのか?」
「いや。っつか、あいつ惚れた女でも出来たのか?」
 問いに問いが返ってきて原田はきょとんとする。
 永倉の話ではないらしい。
 ではまさか、
「斎藤の奴か?」
 あの堅物がそんな物騒な事を考えているとは思えなかった。いや勿論、永倉とて好きな女を無理矢理などという卑劣な真似はしないだろうが彼の場合は惚れた女に袖にされるのが常だ。だからそういう願望を夢に見てもおかしくはない。
「なんだ、斎藤にもいたのか?」
 訊ねればこれまた質問が返ってきて原田は面食らう。
 いやそうではない。
 そう言う事じゃなくて、
「え、じゃあ、その夢を見たのって一体」
 誰なのかと聞けば赤ら顔でその人は言った。

「俺だ」

 酔っている。
 これは相当、酔っている。



「ああ、なんていうか、土方さん」
 梟の鳴き声がほうと聞こえた。
 平和だなどこかで思いながら酒をもう一口、ぐびり。
 銚子はすっかり、空になっていた。
「役人にとっつかまるような事だけはしねえでくれよ」
「ああ」

 明日はきっと二人揃って二日酔い。


 祝言を挙げるまで後十三日。


苦悩は続くよどこまでも




  左之さんとはこういう話が出来そう。