酒のにおいが充満している。
  薄暗い部屋の中、その人は片膝をついて、一人酒をかっくらっていた。

  酒のにおいがする。
  は顔を顰めた。
  床に転がる酒の量を見ても‥‥それほど多くはない。
  だけど、その人は酔っていた。

  「‥‥あぁ?」

  据わった目で彼はこちらを見る。
  目元が赤く染まり、身体がゆらゆらと揺れていた。
  誰がどう見ても、酔っている。

  「まったく‥‥無理に飲むことないのに。」
  そんなに強くないんだから。
  という言葉を喉の奥で止めて、は苦笑した。

  新選組、鬼の副長と言われた男は‥‥
  意外なほどに酒に強くはなかった。
  付き合い程度には飲むが、しかし、女のよりも弱い。
  醜態を晒すことが彼にとって屈辱なのだろう‥‥それ故にあまり酒は飲まない人だ。
  しかし、今日は違う。
  何があったのか分からないが、酒をかっくらっていた。
  しかも、一人で。

  「身体に毒ですよ?」
  「うるせぇ‥‥俺の勝手だ。」
  盃を取り上げようとしたら、男はそういって彼女の手を振り払う。
  そうして酒を注ごうとするが、手元が狂ってなかなか上手く注げない。
  おまけに最後にはびしゃっと畳に零してしまい、酒のにおいが更に強くなった。
  「いわんこっちゃない。」
  は言って、問答無用とばかりに彼の手から酒を取り上げた。
  「普段人にのみすぎるなって注意する人が、飲み過ぎて酔っぱらうなんてみっともないですよ。」
  「返せ。」
  「駄目です。」
  酔っ払いの人間などあしらうのは片手で十分だ。
  彼女は遠い所へと酒を追いやると、代わりに水を差しだした。
  「ほら、飲んで。」
  「‥‥いらねぇ‥‥
  俺は酔ってねえ。」
  「典型的な酔っ払いの言葉ですね。」
  さあ、とは水を差し出す。
  近付けばふわりと、酒のにおいとは違うそれがした。
  さわやかだけど、少し甘い。
  それはの香り。

  それが一瞬鼻腔を擽り、男は知らず手を伸ばした。

  「っ!?」

  酔っ払いだと馬鹿にしていたら、思いっきり引きたおされた。
  びしゃっと水が床を濡らす。
  音を聞いた後、感じたのは熱いくらいの男の体温。
  驚きに目を見開けば、彼は自分を抱きしめていた。
  酔った勢いで何をしでかすつもりだとが青ざめるが、しかし、彼は袷をはだけることも、帯を解く事もしない。
  ただ、首筋に顔を埋めて、きつく自分を抱きしめた。
  それから、
  「。」
  名を呼ぶ。
  酒のせいで少しだけ低くなった声で、呼ぶ。
  「。」
  とそう。
  「なんですか‥‥」
  はため息を零しながら応えた。
  しかし、彼は名を呼ぶことを止めない。
  「‥‥。」
  まるで譫言のように。
  彼は呼んだ。
  首筋に埋めた鼻先から、彼女の香りがする。
  それが彼の神経を麻痺させた。
  「‥‥‥‥」
  温もりを抱きしめながら、彼は思う。
  彼女が欲しいと。
  欲しくて欲しくて堪らないと。
  それを彼女に伝えるように、何度も名を、呼んだ。
  「っ‥‥」
  掠れた声が耳を擽った。
  瞬間、ぞくりと肌が粟立つ。
  「ひじかた‥‥さ‥‥」
  「っ‥‥」
  彼は何度も呼ぶ。
  あまりにも熱く、濡れた声で。
  「‥‥っ‥‥」
  何度も。

  口づけをされているわけでも、その手に身体を弄られているわけでもないのに。
  身体の奥から熱いものがこみ上げてくる。
  彼が自分の名を呼ぶたびに、ぞくりぞくりと背中が震えた。
  まるで、情事の最中。
  彼が自分を求めて呼ぶようだと思った。

  「‥‥っ‥‥」
  か細い吐息が首筋を掠めた。

  欲しいと――

  彼の切望する声が聞こえた気がした。

  「っ!」
  はもう我慢できないと、その肩を押しのける。
  そうして、彼を逆に押し倒すと、は乱れた袷から手を差し込んだ。
  「!?」
  驚きに彼は声を上げる。
  着物をはだければ男の逞しい身体が現れた。
  酒のせいで‥‥赤い、肌。
  男のくせにやけにほっそりと現れる鎖骨に、は歯を立てた。
  かりと緩く噛んで、痕を付ける。
  「っ!」
  びくっと彼の身体が震えた。
  すぐに離れると、彼女は驚きにこちらを見る彼としかと視線を合わせた。
  それから自分もおもむろに着物を脱ぎ始める。
  いっそ豪快に、
  羽織を脱いで、
  その下に巻いてあるサラシを解いた。
  上手く解けなくてじれったい。
  半ば引きちぎるように解くと、は土方の上に跨った。
  中途半端に伸ばした脚の上に、女の身体が乗っかり、そして帯に手を掛けられる。

  「‥‥なにを‥‥」

  男は掠れた声を上げた。
  帯を放り投げながら、は獰猛な色を湛えた瞳を向けて、告げる。

  「そんな求めるように呼ばれちゃ‥‥たまったもんじゃないですよ。」

  そんな。
  求めるように。
  熱く。
  激しく。
  名前を呼ばれたら。

  は言った。

  そうして、距離を詰めれば琥珀の瞳がきらりと輝く。
  酔っている彼よりも、もっと酔いしれた目で。
  彼を捕らえて、

  「今だけは、私が、あんたを抱いてやります。」

  覚悟しておいてくださいと、宣言すれば、男の瞳は驚愕に見開かれた。



今宵あなたれよう



土方さんが酒が弱い‥‥という話を知って、思いついた話。
多分のが強いので、一緒に飲むと弄られるんだと思います。
今回は、色っぽい酔い方をしてもらいました(笑)