【風間千景 ギャグ?】
「なあ、風間―」
「なんだ?」
「おまえさ、なんでそんな人相悪いわけ?」
と言われて風間は眉間に皺を寄せる。
別に自分が愛想がいいとか思ってはいない。
がしかし、面と向かって人相が悪いと言われて気分がいい人間‥‥彼は鬼だが‥‥はいるはずもない。
ぴき、とこめかみが引きつるのをは見た。
「ほら、その顔が怖い。」
「‥‥」
「ちょっと笑ってみ?」
笑ってみたらなかなかいいかもしれないぞ?
と言われて彼はふんとそっぽを向いた。
「くだらん。」
「くだらなくない。
お前を連れ歩いてる私の身にもなってみろ。」
「誰が貴様に連れ歩かれて‥‥」
「お前の人相が悪いせいで、入店を断られるわ、破落戸どもに喧嘩を吹っかけられるわ。」
風間の抗議の声を見事に無視をして、は文句を並べ立てる。
「役人から目をつけられるわ、子供には泣かれるわ。」
「貴様人の話を‥‥」
「年寄りは倒れるわ、犬に追いかけられるわ、小銭落とすわ。」
ちょっと待てそれは関係ない事だろうと突っ込みたい気分になるが、やはり突っ込む隙はない。
は勝手気ままに言ってのけ、はぁともう一度大きなため息を漏らしてから、
「ってことで、ちょっと笑ってみ?」
真顔でこちらを見る。
その言葉に風間はすいと、一度目を細め、やがて、
「‥‥いいだろう。」
とその口元を歪めて、
「ご、ごめんなさい。
もう何も言いません。」
が半泣きで謝った理由は――神のみぞ知る。
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怒った顔よりも、笑った顔の方が怖い人がいる。
風間様はにとっては玩具だったりします。
嗚呼、可哀想な人(ホロリ)
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【土方歳三 ほのぼの】
「何遍言ったらわかるんだ!」
と怒鳴り声が轟く。
びりびりと響く怒声に、千鶴はびくっと肩を震わせ、他の人々はまたかと呆れた顔をするばかり。
今日もまた、始まった。
鬼の形相で彼女を叱る副長と。
まったく堪えた様子のない、叱られる副長助勤。
毎度毎度よくもまあ同じ事を繰り返すものだ。
「ったく、次にやったら承知しねえぞ!」
「はぁーい。」
間延びした返事に一発拳骨でも喰らわしたい気分だが‥‥
「ったく。」
土方はそうせずに、どすどすと苛立った足音を立てて部屋を出ていってしまった。
「土方さん、床踏み抜かないでくださいねー?」
八木さんにご迷惑だから。
とその後ろ姿に声を掛ける彼女に、千鶴はぎょっとした。
土方から返事はなかった。
は沖田のように幼稚で悪質な悪戯をすることはない。
まあ、彼と一緒になって悪ふざけをして怒られるという事は多々あるが、悪戯はしない。
言葉や、ちょっと突飛な行動で怒らせたりすることはあるが、悪戯ではない。
ちょっとした茶目っ気だと彼女はよく言った。
「土方さんの為を思ってやってるのに。」
はぁ。
と彼女は肩を竦める。
それを本気で言っているのかはたまた冗談なのか分からないが‥‥そういう所が彼を怒らせるのだろう。
土方という男は、良くも悪くも、真面目、なのである。
「あの人、そろそろ禿げるな。」
「それ誰のせいだと思ってんの?」
藤堂の一言に、はさぁ?と他人事のように首を捻った。
そういえば。
と、原田が口を挟む。
「おまえ、最初に土方さんに怒られたのっていつだっけか?」
昔は彼女が怒られることは少なかったのだと永倉に聞いたことがある。
は昔、とても純粋で可愛かったらしい。
今のように悪戯をする事もなく、かわいげのない言葉で相手を怒らせる事もなかった。
多少感情表現は乏しかったが、とても素直で愛らしい子供だったのだと。
それがどういうわけか、毎日のように怒鳴られたり、睨まれたりするようになったというのだけど‥‥
「最初‥‥」
最初はなんだっただろう?
は目を細めた。
色あせることのない記憶を‥‥たぐり寄せた。
「ああ、そういえば‥‥」
最初に怒られたのは、あのときだとは呟いた。
今から5年前。
が彼らと一緒に過ごすようになって、1年の月日が経った頃だ。
その頃のはもう皆ともすっかりうち解け、よく喋るようになっていた。
一日は朝稽古から始まり、山南に勉学を教えて貰い、夕方にはおつかいに行くのが日課だった。
大抵は近藤や原田が付き添ってくれた。
しかし、その日は一人だった。
一人、川沿いの道を歩く。
手には薄汚れた袋。
そこから大根やら、ごぼうやらがひょっこり顔を出していた。
おまけに卵を二つほどつけてもらえた。
は足取り軽く道場へと戻る。
ふと、にわかに喧噪が聞こえた。
「?」
見上げれば、とある店の二階。
開けはなった窓から見えたのは、見知った人の姿。
土方だ。
何やら人相の悪い男数名と言い合いをしている。
綺麗な顔を不機嫌そうに歪めていた。
揉めているのだろうか?
は足を止めた。
が世話になっている道場にいる皆は、荒っぽい性格故か色んな所で諍いに巻き込まれる。
突然罵声を浴びせられたり、殴りかかられたり。
一回は突然斬りかかられた事だってあった。
ただそのどれも負けたことはない。
まあそれ故にやっかみを買っている所があるみたいだが。
それにしても、と、は見上げて思う。
大きな窓だ。
光を取り入れる為なのだろうが、人がひょいと飛び出せるほどの大きな窓だ。
一応木の柵でそう簡単に飛び出さないようにはなっているが‥‥どうにも雲行きが怪しい気がする。
二階から地面まではさほど高くはないが、下は固い大地。
頭から落ちたらことだ。
まさかそんな。
は首を振って歩き出した。
すると、怒鳴り声が一層おおきくなった。
喚くような声が響いた。
あ。
と思った次の瞬間、
土方の背中が後ろに倒れた。
べきべきと嫌な音を立て、木の柵はあっさりと折れる。
その身体がゆっくりと傾いでいくのをは見た。
まずい。
このままだと土方は背中を地面にぶつける。
まずい。
気がついたときには足が動いていた。
「あぶないっ!」
は叫んだ。
手を伸ばして、彼を受け止めようとした。
「っ!!」
どさりと重たい音と、微かな衝撃。
小さく呻く声と、砂のにおい。
ぐしゃりと、
何かが潰れる音がした。
「!」
と必死な声が自分を呼んで、いつの間にか閉じていた目を開く。
土方が自分を覗き込んでいた。
その頬に血が滲んでいる。
多分落ちたときに切ったんだろう。
どうやらその程度で済んだらしい。
ほっとしたその時、ふと、自分の手が濡れている事に気付いた。
見れば、なにかべとべとしたものがついている。
卵だ。
先ほど買った卵が、無惨にも潰れていた。
それは土方の着物にもべったりと着いている。
「こんの馬鹿野郎!!」
突然、怒鳴り声が飛んできた。
彼は目をつり上げて、怒った。
「ご、ごめんなさい。」
は慌てて謝った。
汚すつもりはなかった。
今すぐに替えのものを買ってくる。
と慌てて言った。
そうすると、土方はますます眉をつり上げて、怒った。
「てめぇよりでかい人間を受け止めるやつがあるか!!」
ガキのくせに一丁前な事をするんじゃねえ。
そう怒鳴った彼は、
鬼の形相で、
だけど、
すごく心配そうな瞳だったので。
は全然怖くないと、そう思った。
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が初めて怒られた日の事。
昔はかわいげのある子供だったんですよ(笑)
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【土方歳三 ほのぼの】
「あいた!」
は声を上げて、忌々しげに己の指を見る。
親指の腹に、ぷつっと赤い点。
それは見る見るうちに膨らんで、赤い血の山が出来る。
「くそ、また刺した。」
呻いて親指を舐める。
口の中に血の味が広がった。
「大丈夫ですか?」
千鶴が心配そうに声を掛けてくるので、はあははと笑った。
「大丈夫、傷なら慣れてるから。」
こんなの傷の内に入らない、と言われて彼女の表情は困ったようなそれになった。
確かに、普段斬った這ったの世界にいる彼女にとっては、それは傷のうちに入らないかもしれない。
でも、だ。
やっぱり刺せば痛いわけで。
それが例え裁縫用の細いそれだとしても、
痛い‥‥はずだ。
いや、それにしても。
「‥‥意外です。」
ぽつっと呟く。
「なに?」
は顔を上げた。
「さんって‥‥何でも器用にこなすから、こういうのも得意かと思っていたんですけど‥‥」
苦手だったんですね。
と言われては苦笑した。
「まあ、裁縫なんてしたことないからね。」
そんな彼女の右手には布。
そして左手には針。
そう。
がしているのは裁縫だ。
千鶴がやっているのをいつも見ていた。
簡単そうにやるから、自分でも出来るのかなぁと思っていたが‥‥
案外難しい。
自分がこれほど縫い物の才能がない、というのを知らしめられた。
「だってさ‥‥こういうちまちましたのは、性に合わないっていうかさ‥‥」
元々豪快な性格の彼女だ。
性に合わない、と言われたらそうかもしれない。
とはいえ、なんでも器用にこなす‥‥そう思っていただけに千鶴にとっては意外だった。
縫い物が不得意な人特有の。
指に針を刺す、というの行為をもうかれこれ5回も繰り返している。
「いたっ!」
そう思ったらまた刺したらしい。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、平気平気。」
指を銜えながら彼女はそう答えた。
そんな声が聞こえたのか、
「何やってんだ?」
土方が顔を出した。
「あ。
土方さん。」
「お疲れさまです。」
それぞれに反応を返すのを見ながら、彼は眉間に皺を寄せた。
その理由は、の手元だ。
「‥‥なんだ、おまえ繕い物までやんのか?」
副長助勤は相当、仕事漬けのようだ。
仕事はないから部屋に戻って寝てろ、と先ほど言い渡したと思ったのに、もう新しい仕事をしている。
しかもあれだ、
非常に彼女に似合わない仕事。
「あー、今似合わないって思ったでしょ?」
はそれを察知したか、半眼で睨み付けてきた。
「だって、似合わねえだろ。」
「ひど。
聞いた千鶴ちゃん?」
「え、ええと‥‥」
すいません、ちょっと似合わないとか思いました。
千鶴は心の中で謝罪する。
似合わないというのもあるし、先ほどから聞こえていた「あいた」とかいう声。
それは絶対指を指した声だ。
細かい所に気がつく人間だけど、が細かい仕事が嫌い‥‥というのは知っている。
土方は近付くと、彼女の手にしている布をひょいとつかみ上げた。
見ればそれは、新しい反物らしい。
濃紺の、落ち着いたそれは、しかし新しいというのに、あちこち針を刺した痕がいっぱいついている。
縫い目も、非常に、
汚い。
よれている。
「おい、おまえまさか一から着物を作るつもりか?」
「そのつもりですよ。」
「できんのか?」
作れるのか?
形になるのか?
いや。作り上げられるか以前にあれだ、誰が着るんだ?そのがたがたの着物を。
「そんなもん着て出掛けたら笑いものにされるぞ。」
土方は苦笑を漏らした。
誰にだって苦手分野というものがあるのだ。
だから、別にがそんな事をする必要はない。
「おまえには細々した事は向いてねぇんだ。
布地を駄目にしちまう前に、やめとけ。」
着物が欲しいのであれば、言えば新調くらいしてやるぞ‥‥
と彼は続けようとしたけれど、
「‥‥‥」
一瞬、の瞳が曇った。
ほんの僅かな動きだったから、見落としてしまいそうになる。
でも、
彼女は、
一瞬、
悲しげな表情を瞳に浮かべた。
そして、すぐに、
「やっぱ、私には無理か。
そうですよね。細かい仕事好きじゃないし。」
そんな明るい声で笑った。
手にしていた針を、針山に戻す。
おまけに、糸をぐいっと強く引っ張った。
「さん!」
「お、おい。」
ぶち、
と嫌な音がして糸は切れた。
「ごめん、千鶴ちゃん。
折角教えてくれてたのに‥‥やっぱやめとくよ。」
「さ‥‥」
「あー、なんか肩凝ったなぁ。
ちょっとばっかし、身体動かしてくる。」
それじゃ。
と、早口に言って、は部屋から出ていってしまった。
こちらが何も言う事も出来ず、ただ、残ったのは千鶴と、土方。
そして‥‥
無惨な姿になった布、だ。
「あの馬鹿‥‥何もこんなにすることねえだろうが。」
呟いて、投げ捨てられた布を拾い上げた。
がたがたの縫い目、無理矢理糸を引き抜いたものだから、布に穴が出来てしまっている。
豪快というか大ざっぱというか‥‥
土方は一つため息を吐く。
「土方さん、ひどい。」
すると、そんな恨みがましい声が飛んできた。
「あ?」
顔を上げれば千鶴だ。
彼女は咎めるような視線を送っている。
「あんな事言うなんて、ひどい。」
「ひどい‥‥って、俺は間違った事言ってねえだろうが。」
「さん、土方さんの為に裁縫されてたんですよ。」
「え‥‥?」
彼女が零した言葉に、土方は一瞬目を見開いた。
が。
自分の為に?
「土方さんの好きそうな色を見つけたから、作ってあげたい‥‥って‥‥‥」
そう言ってたんですよ。
と何故か千鶴が泣きそうな顔で言う。
「反物だけ買って仕立ててもらうのでもいいけど‥‥お世話になってるから、せめて、ご自分で作りたいって‥‥」
だから。
千鶴に教えてと言いにきたのだ。
何度も指を指して、がたがたの縫い目を見て、
彼女は珍しく自信なさげな顔をしていた。
それでも諦めずにやろうと思ったのは、ただ一心に‥‥
土方の為に何かしたい、
そう思ったからで。
「‥‥」
自分の言葉で一瞬、悲しげな色を浮かべたのを思い出した。
そして、
無惨な姿になった布を見やる。
ぶちりと引きちぎられた糸、破れた布は‥‥
の傷つけられた心を表しているようで、
ああ。
馬鹿だ。
土方は唇を噛みしめる。
「くそが。」
吐き捨てるように零して布を拾い上げると、ばたばたといささか慌てたような音を立てて部屋を飛び出していった。
千鶴はそれを見送り、そっと、優しげに目を細めるのだった。
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山南さんので失言した土方さんを思い出した。
彼は結構考えてるようで、たまーに人を傷つける事を言うタイプですよね。
そんでもって傷つけた後すっごい後悔するんですよ。
可愛い奴だ( ´艸`)
ちなみには、超がつくほど、家事が不器用です。
細かい事が苦手なので裁縫は出来ません。
ただ、舌は音痴ではないので、お料理は普通に出来ます‥‥ただ、具材はでかいでしょうね(苦笑)
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【土方歳三 ほのぼの※上の続き】
「!」
呼ばれて、はびくっと肩を震わせた。
ついで強い力が肩を引いた。
ふわりと淡い、梅の香りがした。
「‥‥」
は抵抗することもなく、振り返る。
追いかけてきたらしい彼は少し息を荒げていた。
瞳を見れば男が、罪悪感の色を浮かべているのに気付いた。
ああ。
とはそれだけで分かってしまう。
彼が、千鶴に聞いたこと。
「その‥‥」
悪かったと、彼は口にする。
それよりも前に、
「謝らないで。」
は首を振って、静かな声で遮った。
それほどまでに怒っているのかと思えば、彼女は怒った表情ではなく、ただ、困ったようなそれだった。
眉を寄せて、視線を伏せ、
「謝らないでください。」
彼女は言う。
「っ‥‥」
土方はく、と悔しげに顔を歪めた。
狡いと思った。
いっそ怒ってくれればいいのに。
ひどいと詰ってくれればいいのにそれどころか、彼女は謝ることさえ許してくれない。
そんなの狡い。
「‥‥土方さん、そんな顔しないで。」
は慌てて言った。
確かにあの時部屋を出た自分は、彼らから見れば怒ったように見えたかも知れない。
でも決して彼に対して怒っていたわけじゃなくて、
ただ‥‥自分の不器用さに呆れただけだ。
彼が気にする事じゃない。
だってこれは、
「そもそも‥‥私の我が儘なんですから。」
そう。
これはただの自分の我が儘。
彼に着物をつくってあげたいという我が儘。
自分が選んだ色の着物を。
自分が縫った着物を。
彼に着て欲しいという、ただそれだけの我が儘なのだ。
それが、自分が不器用だから出来なかった。
だから止めた。
それだけ。
「‥‥」
ぎゅと彼が拳を握りしめるのが分かった。
その手の中に、自分が先ほど縫っていた布がある。
はそれを見て、そっと手を伸ばした。
彼の手ごと、布を包んだ。
「ごめんなさい‥‥私、不器用で。」
ごめんなさいと彼女は言う。
土方はぐと奥歯を噛みしめ、更に苦渋の表情を浮かべた。
「馬鹿が‥‥謝るのは俺の方だろうが‥‥」
彼は吐息混じりに零して、彼女の手を取った。
「悪かった。」
そんなつもりじゃなかったんだ。
そう言えば、は瞠目した後に、ゆっくりと目を眇めた。
「ううん、土方さんが悪い事なんて‥‥」
「お前を傷つけた。」
彼女の言葉を遮って、彼は言った。
「悪かった。」
と。
それから、その表情を今度はくしゃりと照れたような笑みに変えて、言った。
「お前の気持ちが‥‥嬉しかった。」
普段あまり見せることのない、しまりのない嬉しそうな顔に、は一瞬呆気にとられ、
「‥‥もう。」
仕方ないなぁと、笑った。
「これ‥‥」
土方は手にしていた布を差し出す。
強く握りしめたせいでしわくちゃになっている。
それ以前にが乱暴に糸を引きちぎったせいで、着物にはできないだろう。
「ああ、よかったら手拭いにでもしましょうか?」
はにっと意地悪く笑う。
「手拭いにするにはあんまりに上等だろうが‥‥」
そんなものよりも着物を、と彼は言う。
しかし、は首を振った。
「いやですよ、もうあんなのこりごりです。」
即座に却下され、土方はそうか、と呟く。
先ほどあれだけ言ったから、こちらとしても是が非でも作ってほしい‥‥とは言えない。
普段縫い物などしないからの‥‥初めての贈り物になるかもしれなかったのに。
そう思うと、少し、落ち込む。
苦笑に混じる、かすかな落胆の色には気づいた。
それを見て誰にも分からないように笑みを浮かべると、そうだ、と声を上げる。
「これ、闇討ちの時とかの頭巾とかどうですか?」
こう‥‥と彼女は布を彼の顔へと宛う。
口元を覆うように当てて、
「ほら、結構いいと思うんですよ。」
渋めの色だし、どうでしょうと笑われて、男は眉を寄せた。
馬鹿が。
と苦笑する。
「そんなの勿体ねぇ‥‥」
口元まで覆われたそれを払うように、男は手を伸ばす。
瞬間、ぐ、と僅かに布を強く押しつけられた。
口に布が触れた。
滑らかな肌触りだと思った次の瞬間、
「――」
布越しに、熱が触れた。
驚愕に目を見開く男の視界に、目を閉じた綺麗な女の顔がある。
思ったより睫が長いことに、その時初めて気付いた。
布越しに触れた熱が‥‥その人の唇だと分かるまで、時間が掛かった。
ばたばた。
足音が遠ざかる。
立ちつくす男をまるで、からかうように。
はらりと、
青い衣は、
赤い顔の男の足下に、
緩やかに、舞い落ちた。
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ふと思いついちゃったんだよ。
布越しのキス。
そしたらこうなっちゃったんだよ。
仲直りのチューですな!(違うだろ)
は副長さんが愛しくてたまらなかったんです←
そして副長はに翻弄されているといいと思った作品です(真顔)
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【斎藤一 ほのぼの】
斎藤一には、一つ気に入らないことがあった。
試衛館道場にやってきてから、かれこれ三月が経つ。
相も変わらず貧乏な日々が続くが、決してそれが苦痛ではなかった。
道場の人間は荒っぽく、不作法ではあるが、気のいい人間ばかりだ。
気がつくと、彼は道場にどっかと腰を下ろしていた。
彼らと共に戦いたいと思った。
しかし、
彼には一つ、気に入らない事があった。
「新八さん、そろそろ部屋片付けないと誰かさんの雷が落ちても知らないよ?」
「うわわ!分かった、片付ける!」
「ってことで左之さん、新八さんの監視お願いします。」
「おう、任せとけー」
「あ、平助ぇー、ちょっと買い出しつきあってくんない?」
「ああいいよ、付き合う。」
「それから総司、あとでお前に聞きたいことあるからさ‥‥」
「うん、分かった。部屋で待ってるよ。」
という人間は、てきぱきとよく動く人間だった。
この中では一番年下なのだろうが、彼女は記憶を無くしているという。
自分が今何歳なのか、自分の本当の名前さえ知らない。
しかし、そんなことは関係ないとばかりに彼女は明るかった。
毎日毎日、笑いながら過ごしていた。
それ故に仲間達から愛されている。
試衛館にいる人間は、彼女の事を妹のように思っていることだろう。
斎藤は、最後に入った為にそれほどの絆はない。
「あ‥‥」
は気付いて声を掛ける。
ばちりと視線があった。
「斎藤!」
彼女が呼ぶ。
それに、斎藤は僅かに目を細めて、
「‥‥」
ふいとそっぽを向いた。
「あれ?」
は首を捻る。
聞こえなかったのだろうか‥‥という風に。
「斎藤ー?」
再度声を上げた。
しかし、彼は振り返らない。
それはまるで彼女を無視しているかのようだ。
「喧嘩でもしたのか?」
永倉がこそりと原田に声を掛けた。
「さあ‥‥」
問われた彼は首を捻る。
「斎藤ってば!」
はとたとたと彼に近付いて、流れるような動作で彼の前へと回った。
そうしてその瞳をしっかりと見据えて、
「聞こえるんだろ?」
と問う。
男は「ああ」と短く応えた。
聞こえていたのに聞こえていない振りをした。
そういうことだ。
たまに、彼はそうして呼びかけに応えないことがあった。
は腰に手を当てる。
「なんでさ?」
私の事気にくわない?
と問いかけた。
確かに、彼は他の人間ほど、ここにいる時間は長くはない。
彼らほどうち解けているとも思えず、勿論の事をよく知っているほうでもない。
だが――彼女を嫌いだとは思わない。
女にしておくには勿体ないと思わせる剣の腕前を持ち、その剣筋と同じ真っ直ぐで強い心は一見剛胆であるがその
実繊細で。
一度でも許した仲間にはどこまでも甘く、そして尊敬と信頼とを持って相手に接する。
そんな彼女が嫌いではなかった。
いやむしろ、好ましいと思った。
それ故に、気に入らなかった。
「‥‥名前だ‥‥」
斎藤は憮然とした面もちで応えた。
なに?
は首を捻る。
名前‥‥と今確か言われた気がした。
しかし「名前」だけでは何を言われているのか、察しのいいでも分からない。
「名前で呼んでいるだろう。」
皆の事を、と憮然とした面もちのままに彼は呟いた。
言われてはこくりと頷く。
「なにゆえ、俺だけ名字で呼ぶ?」
ぼそりと零れた小さな問い。
それはどこか拗ねたような響きを湛えていて‥‥
「‥‥」
は一瞬面食らう。
驚きに琥珀の瞳を見開いた。
他の人間は名前で呼ぶのに、何故自分の事を名字で呼ぶ?
言葉を続ければそうなる。
そうしてその言葉が意味するところは、一つ、だ。
「っ‥‥」
彼の言わんとしている事が分かると、は破顔した。
く、とつい漏れた笑みに斎藤はますます不機嫌さを露わにする。
悪いとは謝った。
それから、こほんと一つ咳払いをすると彼を呼んだ。
「一?」
呼びかけに男がひどく満足そうな顔で頷くので、
それから、彼はに名で呼ばれることとなった。
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最初は「斎藤」って呼んでたという事で浮かんだネタ。
なんかEDでもあったけど、名前呼ばれないと応えないとか、すっごく可愛い人ですよね♪
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