【沖田総司 現代パロ】
「僕‥‥注射嫌いなんだよね。」
列に並びながら呟かれた彼の言葉に、千鶴は目をまん丸くした。
いや、意外といえば意外。
注射など全然平気と笑っていそうにも見える。
しかし同時に、らしいといえばらしい。
他人を痛めつける事は好きでも、自分の身体を痛めつけられるのは心底嫌‥‥と言いかねないくらいに、彼は非常に
自分勝手な男だ。
「逃げちゃ駄目かな?」
「だ、駄目ですよ!」
逃げ出しそうな彼を慌てて千鶴は押しとどめる。
彼の事だ、本気で逃げかねない。
「えー、でも、痛いんだよ?」
「い、一瞬だけですから、我慢してください!」
「でもなー」
「総司、順番だぞ。」
渋る彼の後ろで、そっと斎藤が告げた。
見れば彼の前はもういない。
いつの間に前に来ていたというのだろう。
恰幅のいい看護士が手招きしている。
「沖田総司くん、どうぞ。」
「沖田さん‥‥お願いします。」
看護士さんの言葉には渋る。
しかし、千鶴がお願いしますと真剣に言うので、
「仕方ないなぁ。」
彼は渋々という風に椅子に腰掛けた。
腕をまくられ、二の腕をきゅっと締められる。
その向こうでは看護士が注射器の用意をしていた。
きらりと針が光る。
「痛くないですからねー」
看護士は言って、血管を指先で探し当てた。
「ねえ」
沖田がそんな看護士に声を掛ける。
なんですか?
と看護士が安心させるべく笑みを浮かべて顔を上げれば、彼は‥‥それはもう、にこりと、見事な笑顔を浮かべて
いた。
「痛かったら‥‥殺すから。」
しかし、口から出たとんでもない言葉に、その場の空気は一瞬にして冷えた。
「だ、大丈夫でしたか?」
千鶴は恐る恐る声を掛けた。
大丈夫か‥‥と聞きたかったのは、沖田と、それから看護士にだ。
可哀想に、彼の笑顔の脅迫により、看護士は怯えきってしまっている。
それなりに経験を積んだ看護士だろうに、今では新人のように震えて、自信をなくしてしまっている。
おかげで手元が狂い、沖田は二度ほど失敗された。
「やっぱり、痛かった‥‥」
むぅっと眉根を寄せ、沖田は腕を押さえている。
「大丈夫ですか?」
千鶴が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「駄目。」
沖田はそう言って首を振った。
「死んじゃう‥‥」
「それくらいで死なん。」
斎藤が静かに突っ込む。
それを見事に無視して、沖田は心配して近付いてきた千鶴にしなだれかかった。
千鶴ちゃん。
と名を呼んで、
「可哀想な僕を、慰めてよ。」
にっこりと。
邪気のない笑顔を向けてそんな一言。
慰めてという程の事じゃないだろうと誰かは突っ込む。
慰めるならおまえじゃなく、看護士の方だろうと誰かは突っ込む。
その中一人、
「総司、おまえが慰めてというとセクハラにしか聞こえんぞ。」
斎藤の冷静なツッコミに、一同は神妙な顔で頷いた。
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多分このあと、総司は千鶴ちゃんを抱きしめながらぶーぶー言ってると思います。
もうあの問題児どうにかしてください!(笑)
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【斎藤 一 微艶話】
一つ、崩れたら。
もうあとは、雪崩れ込むように。
「っ‥‥」
吐息混じりの彼の呼びかけ。
熱い掌が身体のあちこちに触れて、その度に肌の下では熱が生まれる。
縋るように手を伸ばして、
大きな手が背中を抱いて、
互いの熱を移し合うように、
触れる。
ああ。
とため息みたいな声が漏れた。
穿たれた熱に、唇が戦慄く。
何度か奥を突かれると、蜜が溢れ、滑りが良くなる。
苦しげな声はやがて快楽の色へと。
律動はやがて激しく。
気遣うような呼びかけは、
余裕のないものに。
「は、じめっ‥‥」
それでも壊れないように、
その人が自分を抱く手は優しく、
涙が溢れて伝う。
歪む視界に映るのは、苦しげな顔に浮かぶ笑み。
ひどく優しい笑みで、彼は彼女を見下ろし、
「愛してる。」
いつもは吐かない、愛の言葉を零した。
ごろん。
と寝返りを打つ。
それで斎藤は目を覚ました。
見れば腕の中、さきほどまで抱きしめていたその温もりは遠くに離れていた。
寝返りを打ったかららしい。
滑らかな肩が布団からはみ出している。
「‥‥」
斎藤は腕を伸ばした。
細い肩に触れて、ころり、とこちら側に倒す。
「んん?」
ころりと自分の腕の中、再度収まる。
が目を覚ました。
寝ぼけ眼がこちらを見て、
「風邪をひく。」
そう告げれば、ああ、と理解したのかしていないのか、よく分からない返事をした。
「もう朝?」
「いや、まだだ。
起きるには早い。」
もう少し寝ていろ。
と髪を優しく撫でてやると、は気持ちよさそうに目を細めた。
そうしてすりっと胸に甘えてくるように頬を寄せるのがたまらなく可愛い。
常では見られないその姿に、斎藤も常では見せない笑みを漏らした。
甘く、優しい笑みだ。
「身体。」
「うん?」
「どこか、痛むところはないか?」
問いには苦笑する。
彼はいつだって、事後にこう訊ねる。
「大丈夫。
一がひどくしたことなんて一度だってない。」
多少の痛みは‥‥あれだ。
幸せゆえ、という事で目を瞑れる。
「だが、女は‥‥男とは違って痛むだろう。」
「多少は‥‥ね。」
はひょいと肩をすくめた。
確かに。
身体の作りからいって、男は責める立場にあり、女は受け入れる立場にある。
多少は、痛い。
しかし、その分女は受け入れる為の身体が出来ている。
それに何度も受け入れていれば痛みもなくなるというものだ。
「平気。」
「本当か?」
「‥‥ほんとほんと。」
だって、
とは悪戯っぽく視線を上げた。
腕の中にいる愛しい女性は、しかし、小悪魔のような笑みを浮かべている。
「痛くないように、誰かさんがめいっぱい慣らしてくれたから、平気。」
「‥‥」
斎藤は視線を逸らした。
ほんのりと頬が赤い。
確かに事実だ。
いつだって、斎藤は傷つけまいと念入りに慣らす。
今日だって繋がるまでにどれだけ時間が掛かっただろう?
もういいと言ってもまだだめだと言われるのが常で‥‥彼が満足するまで慣らされる頃には理性はとうにどこかに
吹っ飛んでしまっている。
おかげで恥ずかしい言葉を何度も口にしてしまったし、恥ずかしい事だってしてしまった。
多少しつこいくらいなそれは、実はの為ではなく苛める為なんじゃないかと疑ってしまいたくなるほどだが‥‥
多分違う。
「そんなに柔じゃないから大丈夫だよ。」
そっぽ向いてしまった斎藤の髪にそっと手を伸ばした。
拗ねた子供をあやすようによしよしと頭を撫でていると、その手を取られてしまう。
そしてちゅっと口づけられた。
指先にまた、熱が生まれる。
「それでも‥‥壊してしまいそうで‥‥」
「かといって、じらされ続けると違う意味で壊れそうなんだけどね。」
苦笑に斎藤は茶化すなと言った。
彼だって、じらされるのは辛いはずだ。
好いた女のあられもない姿を見て、欲情するのは彼も一緒。
繋がってすぐに気持ちよくなりたいのは彼とて同じなはずだ。
いつだって繋がる前の彼は、苦しいくらいの状態のくせに。
限界まで煽られているくせに、彼は欲望のままに抱くことはない。
いつだって‥‥
大事に、
大事に抱く。
どれほどに愛されているのか、分かる。
ただ、時折、彼の欲のままに揺さぶられたいと思うときも、あるわけで。
「‥‥よし。」
は一つ言って、寝返りを打つ。
「?」
ころんと斎藤ごと転がって、彼の上に乗る状態で‥‥
いつもとは逆の目線で彼は一瞬驚いたような顔になった。
「今日は、交代。」
「なに?」
どういう事だと訊ねると、彼女は緩やかに目元を細め、
「今から、私がおまえを抱くから。」
艶めいた口元は、笑みの形に歪む。
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三剣の中では斎藤さんはエロス担当。
総司の次にエロスです。
やっぱり耳たぶなんかをチョイスするのがいけないんだろうか?
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【土方歳三 微艶話】
「。」
「はい?」
「好きだ。」
真っ直ぐな言葉に、は一瞬目を丸くする。
それから、僅かに頬を染めて、視線を伏せる。
普段は飄々としているくせに、彼女は好いた男にはめっぽう弱い。
それを知ったとき、土方は狼狽える彼女に愛しさを覚えたものだ。
「好きだ。」
「‥‥わ、わかってます。」
照れ隠しに返ってくるかわいげのない言葉。
それを笑みで受け止めて、頬へと手を伸ばす。
柔らかな感触を指先で楽しみ、やがて、顎へと掛けてこちらへと向けさせる。
赤く染まる目元。
琥珀の瞳に浮かぶのは、女の色香。
「。」
名を呼ぶ声に、混じるのは男の欲。
「好きだ。」
掠れた言葉に、互いの唇は合わさった。
はら、と桜が舞い落ちる。
優しい風が先ほどからずっと吹き続ける。
「あ、ァっ‥‥」
唇から、甘い声が漏れる。
ぽたりと、
汗が露わになった彼女の腹へと落ちた。
それがゆっくりと流れ、二人の繋がった所へとたどり着くと混ざって、溶けた。
「んんっ、ひじかた‥‥さ‥‥」
何かを堪えるような声で呼ばれて、土方はぞくりと背が震えた。
首に回された手が、時折びくりと震える。
足を抱えて何度も深く繋がると、は白い喉を晒して仰け反った。
「おまえは、何度言ってもそれだな。」
は。
と苦笑を零した。
何が?
熱に浮かされた瞳をは向ける。
強請るようなそれは、自分だけが知る色。
「土方、じゃねえだろう?」
そう。
土方じゃない。
彼女が呼ぶべきは、その名ではなく‥‥
は「あ」と何を言われたのか気付いて目を瞬いた瞬間、
「あぅっ!」
奥へと熱が潜り込んだ。
びくっと今まで以上に身体を大きく震わせ、咎めるような視線が土方に向けられる。
濡れた目で睨まれた所で怖くはないが、土方は苦笑で、わるいと謝った。
良いところに当たって悪いと謝るのはまた不思議なものだ。
「で‥‥?」
背中へと手を回して引き寄せる。
「あ、やだ‥‥」
引き寄せられ、は目を細めた。
早く動いて欲しかった。
良いところに押し当てたまま動かない、なんて狡い。
むずがゆいような感覚が身体の中心から伝わる。
だけど決定的な刺激にならないのでは、ただただ苦しいばかりだ。
「ひじかた、さ‥‥」
早くと言いたげに彼女は腿を彼の脇腹へと擦りつける。
「だめだ。」
「いじ、わるっ。」
「意地が悪いのはおまえのほうだろうが‥‥」
未だに他人行儀に呼ぶなんて、意地が悪い。
だって、もう、
「俺たちは夫婦になったんだ。」
は、土方の妻になったのだ。
土方は、の夫になったのだ。
だから、
もう、他人ではない。
「なぁ?」
土方はそっとの眦に唇を寄せて、囁く。
「俺を呼べ。」
至近距離で欲に濡れた紫紺の瞳に見つめられる。
はく、
とは小さく唇を震わせて、
「としぞう‥‥さん‥‥」
震えた声で、愛しい人を呼んだ。
歳三と呼ばれ、その人は嬉しそうに目を細めて、笑った。
それがまたは嬉しくて、
「としぞ‥‥さん、歳三さん‥‥」
何度も、何度も彼を呼ぶ。
そうして彼の首元へと唇を寄せ、緩く、噛んだ。
じり。
と感じる微かな痛み。
それさえも彼の快楽を増長させ、どくんと内部で熱が震えた。
煽られた男は、小さく笑い、やがて彼女の望通りに腰を揺らし始める。
「ア‥‥ぁあっ‥‥」
痛いくらいの律動に、もはや女は言葉を紡ぐ余裕はない。
ただ縋り付いて、彼が与えてくれるものに声を上げ、感じるばかりだ。
そして、男も、
笑みを浮かべる余裕をなくす。
女の声と、熱い内部で、快楽に酔うだけ。
甘い声と吐息だけが零れる。
きつく互いを抱きしめて、やがて、二人は高みへと上り詰めていく。
ああ。
と甘い声が空気を震わせた。
はらはら。
桜は舞い落ちる。
涙でぼやけた視界に、舞い散る様が映りこむ。
はらはらと。
まるで涙のように、
桜は舞い続けた。
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何故か知らないんですが、土方さんのエロス話は裏に回るほどのものがない。
彼の艶話を書くとすごい時間が掛かっちゃうんですね‥‥
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【土方歳三 現代パロ】
玄関を開けると、ひょこっとキッチンの方から彼女が顔を出した。
「おかえりなさーい。」
そう言いながらぱたぱたと玄関口に土方を迎えにくる。
シンプルなブルーのエプロン姿。
美味しそうな香りがキッチンから漂ってきて、腹の虫が敏感にそれを察知して、音を立てそうだ。
は彼の前にやってくると、にこりと笑って口を開く。
「お風呂にします?ご飯にします?」
「ああ、それじゃあ‥‥」
飯に‥‥と彼が口を開くよりも前に、
「それとも」
と彼女が言葉を続けた。
それとも、
「わ・た・し?」
ひょいと、小首を傾げて、彼女は訊ねる。
瞬間、
土方は目を丸くして、フリーズした。
危うく鞄を落としそうになる。
それは何度かテレビで見た事がある。
あれだ‥‥新婚ほやほやの妻が、帰宅する夫と交わす会話だ。
愛らしく小首を傾げる妻に、夫はしまりのない顔で、
「おまえ」
と妻を求めるってあれなんだが‥‥
ぶっちゃけ、
そのやりとりはイタイと思っていた。
イタイ‥‥というか、居たたまれない‥‥
おまけに、という少女はそういった可愛い事をしでかすタイプではない。
一緒にその場面を見ていたときに彼女の口から出た言葉は、
「あれ?なんの冗談?」
である。
明らかに、そんな事をしでかす女ではない。
やるなら完璧に嫌がらせ、だ。
実際そんな事をされたら、
「阿呆か」
と一蹴する自信もあった。
しかし‥‥だ、
いざ、自分がその立場になった瞬間、彼はその言葉を口にする事は出来なかった。
愛しい少女が目の前にいて、
普段はしないような小首を傾げるという女の子っぽい仕草。
それでいて、甘えたような視線を向けられて‥‥
「わ・た・し?」
そんな問いかけ。
正直。
正直。
嬉しいと思ってしまった。
戸惑いながらも、嬉しいと‥‥そう思ってしまった。
しかし、である。
愛らしい表情を浮かべていた彼女の口元がにんまり‥‥と意地悪いそれへと変わり、その気持ちは霧散した。
「土方さん、面白い顔。」
くくく。
と彼女は女のそれとは思えない笑みを漏らす。
「冗談に決まってるじゃないですか。」
私たち結婚さえしてないんですからね。
と、はくすくすと笑いながら彼の荷物を受け取る。
そんな彼女に土方の目が細められる。
文句を言いたげな顔だった。
「さ、早く入ってください。」
くるりと後ろを向くと、その腰でふわふわとエプロンの青いリボンが揺れた。
してやったりと喜ぶ年下の彼女は、しかし気付かない。
後ろを歩く年上の彼が‥‥
からかわれた事に対して何を思い、何を決意したか。
「それで、ご飯とお風呂どっちにします?」
振り返るあどけない表情に、
土方はにやりと口を歪めて、答えた。
「おまえ。」
どさ。
と鞄が地面に落下した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
新婚さんのアレをやらせてみました。
「おまえ」と答えた後は裏突入ですね(遠い目)
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【土方歳三 微艶話】
「ちょ‥‥ちょっと待て、落ち着け。」
青ざめた顔で、藤堂が言う。
待て。
と言われて、猛獣のような瞳を持つその人は、にんまりと、妖しげに口元を歪めた。
「待った、なし。」
いっそ潔いまでに言ってのけ、
その影が重なった。
「土方さん、土方さん!!」
どたばたと煩い足音。
情緒もくそもねえなと土方は眼光鋭く睨み付けた。
「うるせぇぞ、原田!」
何を騒いでやがる。
と怒鳴れば、彼はぜえぜえと息を切らせながら、それどころじゃねえと、せっぱ詰まった声を上げた。
「き、来てくれ!あんたしか止められねえんだ!」
尋常ではない言葉に、双眸は細められる。
ぐ、と息を飲み込んでどうにか落ち着けると、彼は真っ青な顔で言い放った。
「が――っ!」
屯所内で。
異常な事態が起こっていた。
いくつも倒れる酒瓶と盃。
広間に充満する酒のにおい。
酒の弱い人間ならばその臭いだけで酔ってしまいそうな、濃密なそれだ。
その中で、倒れている人影が一つ。
そして、それに重なる影が一つ。
「平助!」
飛び出した音と同じ音を立てて、左之助は戻ってきた。
しかし、呼びかけにその人は応えない。
「へっ‥‥」
う、と息を飲んだ。
遅かった。
と呻いた。
「!」
その後を土方が部屋に飛び込み‥‥
「‥‥‥な、んだ、こりゃあ‥‥」
掠れた声が漏れた。
倒れている藤堂。
その上に、にんまりと笑みを湛える。
覆い被さるようにして、彼女は藤堂を跨いでいる。
瞳は熱で潤み、濡れた唇が艶めかしい。
壮絶に妖艶な姿‥‥
もし、今が常の状態であるならば、うっかり手を出していまいたい所だ。
が、しかし。
彼女は‥‥
「原田‥‥また、飲ませたのか。」
完璧に酔っていた。
多少ならばも酒には酔わない。
しかし、ある一定を越えると、彼女は手に負えなくなるのだ。
それは誰もが知っているので、暗黙の了解として、彼女が酔わない程度で切り上げるのだが。
「‥‥あー、土方さんだー」
新しい標的を見つけたらしい。
彼女は四つんばいのまま近付いてくる。
ただ甘えるだけならばいい。
酔って甘えるだけならば可愛いものだ。
違う。
は。
酔うと――誰彼構わず口づけるのだ。
しかも。
その口づけは触れるというものではなく――濃厚なそれ、だ。
「へーすけ、気を失っちゃったんですよー」
だらしないの。
と彼女は笑う。
藤堂は哀れにもの餌食になっていたらしい。
完璧に気を失っている。
哀れ平助――
「‥‥ひ、土方さん。」
頼んます。
と原田の情けない声を受けて、はあ、と一つ彼はため息を零した。
そうして、
「お?」
ひょいとを掴み上げる。
「後始末をしておけ。」
それから、たいそう不機嫌な声で言うと、をつれて部屋を出ていってしまった。
「うわっ!」
いささか乱暴におろされる。
咄嗟に手を出したものの、酔っていてよろけた。
はあいたたと呻きながら顔を上げた。
どうやら、土方の部屋らしい。
「‥‥ええっと‥‥?」
どさ、と土方は彼女の前に腰を下ろすと、その前にどんと水の入った碗を差し出した。
「飲め。」
「お酒じゃないですよー?これ。」
「阿呆、それ以上飲ませられるか。」
酒を抜け。
と言われてはむぅと眉根を寄せる。
まだ飲み足りない。
「飲ませてくださいよー」
「駄目だ、水にしろ。」
「けーちー」
「良いから飲め。」
「土方さんの、おにー、どけちー」
酔っ払いの相手は疲れるものだ。
と土方は思う。
まったくなんだってこんなややこしいことに‥‥
きっと、このことを知らない藤堂あたりが飲ませたのだろう。
それで豹変した彼女を見て、さぞ驚いただろうが‥‥自業自得だ。
否。
と土方は思いきり眉根を寄せた。
自業自得なんてものじゃない。
藤堂は、の餌食にあった。
つまりは‥‥に口づけられたと言う事だ。
くそが――
眉間に深い皺が刻まれた。
途端、苛立ちが膨らんで、それをやり過ごすようにため息を零した。
不意に。
酒のにおいが強くなった。
なんだと顔を上げれば、影が重なって‥‥
「‥‥ひーじかーたさん。」
の手が首に回っていた。
膝立ちの彼女に見下ろされている。
水は、まだ口を付けていない。
まだ、酔っている状態だ。
「‥‥俺は水を飲めと言ったはずだが?」
淡々と言うと、彼女は艶めいた笑みを浮かべる。
「でも、いらないです。」
「飲め。」
「それより、土方さんに口づけたい。」
あっさりとした宣言と共に、の唇が迫った。
彼は、
驚かない。
ただ、
そのまま彼女を睨み付けるような眼差しで見つめていた。
「ん。」
柔らかな唇が重なる。
強い酒のにおいがする唇。
それは一度触れて、離れて、もう一度重なる。
「‥‥」
土方は誘うように口をうっすらと開けた。
そうすると、彼女は舌を滑らせてくる。
やはり酒の味がする舌が、絡んだ。
強く、絡められ‥‥唇を食まれる。
濡れた音が響く。
どちらのものとも言えない唾液が互いの口の中を行き来していた。
自然、息が荒くなる。
「‥‥は‥‥」
たっぷりと酒の味がする舌を絡ませ、緩やかに唇を離せば、互いの間を銀糸が伝う。
完璧に濡れた瞳で見下ろせば、土方は欲を滲ませたそれで見上げていた。
「それだけ‥‥か?」
そして、挑発するように問う。
濡れた唇を引き上げる様は、壮絶に艶めかしい。
は一瞬間の抜けた表情になり、しかし元来の負けず嫌い故か、
「まだっ‥‥」
子供が意地になるように、再び唇を重ねた。
強く舌を吸う。
歯先で緩く噛む。
口内を舐る。
主導権を握るはずのは、しかし、
「っは‥‥」
すぐに苦しげな息を漏らして唇を離した。
「それで終いか?」
彼はまだ、余裕めいた口調で言う。
は悔しげに唇を噛み、視線を逸らした。
それが。
降参の合図。
「じゃあ、次はこちらからだ。」
低い宣言一つ。
土方の凶暴な欲が音を立てて暴れはじめた。
「っ――んっ‥‥」
頭の後ろを強く掴まれたかと思うと、引き寄せられ、荒々しく唇を奪われていた。
先ほど自分が口づけていたのなんて子供の遊びみたいなものだ。
噛みつくような口づけに、は小さく呻いた。
全てを奪うような。
激しい口づけ。
これはもう人と人の口づけじゃない。
獣の。
荒々しい吐息も。
口腔をはい回る舌も。
噛みつく鋭い牙も。
獣の。
もの。
「ひ、じかっ‥‥」
待って。
は声を上げた。
顔を背けて酸素を求めるが、
「待たねぇ‥‥」
酷く掠れた声が聞こえ、大きな手に顎を捕らえられるとまた、塞がれた。
悲鳴じみた声がその唇に吸い込まれる。
乱暴な口づけの最中、大きな手は帯を解き、いささか性急に奪うように着物を乱す。
どくりと。
身体の中を熱い血潮が流れる。
「っん‥‥ぅうっ‥‥」
もう自由に呼吸さえ許されない。
零れた涙が頬を伝った。
それでも、許さない――
己の着物を乱暴に脱ぎ捨てながら、彼は言う。
「俺以外の男に唇を許したんだ‥‥」
情欲に濡れる凶暴な瞳で――
「啼き喚いて――後悔しろ。」
獲物を、捕らえた。
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はキス魔です。
酔うと誰彼構わずキスしまくるので、幹部の中ではは酔わせてはいけない人間だったりします。
最初に被害にあったのはきっと‥‥あの人なのでしょう(くすくす)
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