おまえはもう少し危機感を持てと俺は何度も口を酸っぱくして言ってきた。
男装はしていても、そいつは女で、
俺たちは男で、
だから無防備な姿をさらしてんじゃねえよって何度も、言ってきた。
『分かってますよ』
なんてその度にそいつは笑って言うだけで、改めた試しはねえ。
分かってんのか?
てめえは女なんだぞ?
俺たち男がその気になりゃ、てめえの力なんてねじ伏せられんだぞ?
分かってんのか?いや、分かってねえだろ?
分かってたら、
こんな所でのんびりうたた寝なんかしてねえだろ!!
確かに今日は、天気も良くて、風も穏やかだ。
あんまり陽気なもんで幹部連中だって縁側でだらしなく昼寝なんぞしている奴だっている。
さっきだって新八を殴りつけて、しゃんとさせてきたところだ。
あの斎藤だって欠伸を噛み殺して「申し訳ありません」なんて詫びたくらいだから、多分、仕方ねえ事なのかもしれねえ。
けどな!
「‥‥‥」
行儀良く、柱に凭れ掛かってそいつは陽の当たる縁側ですやすやと幸せそうな寝息を漏らしてやがる。
しかも俺が近付いたってのに起きもしねえ。
おいこら、鬼の副長の懐刀が何暢気に寝てやがるんだ。
これで刀を握らせれば百人斬りなんてあっという間なんだから冗談じゃねえのかと笑いたくなる。
普段は遠くで落ちた針の音でさえ目を覚ますってのに、
「‥‥こんなに近付いても気付かないもんかねぇ。」
俺は隣に膝を着く。
はまだ目を開けない。
思えばそいつの寝顔を見るなんて初めてで、俺は観察するようにじっと覗き込んでいた。
人の寝顔を見る、なんざ悪趣味な事この上ねえとは思うんだが――
いつもは大人びて、悪戯っぽい瞳を閉ざすと存外幼い。
伏せた睫の長さに今更のようにこいつは女だったんだなと思った。
まじまじと顔を見る機会なんてねぇけど‥‥やっぱり、こいつ、綺麗な顔をしてやがる。
普段は憎らしいばかりだってのに。
「ん‥‥」
鼻から抜けるような甘い声に思わずぎくりと肩が震えた。
起きるかと思えば僅かに眉根を寄せただけで、座りが悪いらしい体をまるでガキがぐずるように柱にすり寄せて、やがて
は安心したようにすうと深く息を漏らす。
微かに上向きになった瞬間に薄い唇が開いた。
淡い花弁みてえだと思って見つめた瞬間、なんだかとんでもなくいやらしい事を考えちまった気がして、
「‥‥っおい。」
俺はなんだかこれ以上見てはいけないと思った。
ぐいと肩を掴んで揺する。
起きろ、と唸るように言いながら揺さぶると、
「っ!」
身体がぐらりと傾いだ。
そのまま俺の方へと倒れ込もうとする。
「危ねぇっ」
慌てて手を伸ばして傾いだ身体を受け止める。
きっと俺が手を出さなければ縁側にしたたかに顔面から突っ込んでいた事だろう。
こいつが男だったら迷わずそうしてるんだが、女の顔に傷をつけるわけにもいかねえ。
ってんで、手を伸ばして受け止めたのは良かったんだが、
「っつ」
受け止め方が悪かったのか、俺の手はそいつの、あろうことかそいつの身体の、柔らかい部分。
そう、胸に触れちまって‥‥
こりゃサラシは巻いてねえなって、柔らかさに思わずそんな事を考える。
掌に触れる膨らみは、思ったより、でかい。
こいつの旦那になる男はさぞ楽しませて貰えるだろうなという感触に、まるで俺は羨ましがるみてえに手を離す事が出来
なかった。
なんだか手を離すのが勿体ねえような気がした。
俺って実は相当な助平だったんだな――
事故とはいえ、寝てる女の胸に触るなんざ‥‥助平で最低だ。
いや、男はみんな助平だ。
「‥‥」
そんな俺の気持ちなんぞ露ほども知らねえって風に、はぐーすか寝てやがる。
男にこんな所触られてるってのに、安心しきった顔で。
おい、分かってんのか?
俺は呆れたような顔で肩口に押しつけられたそいつの髪に唇を押しつける。
ふわと、花みてえないい香りがして、
唇で緩く髪を食むと、くすぐったいのかが身を捩った。
それでも甘えるように肩に頬をすり寄せる仕草に、思わず、おい、と声が漏れる。
「おまえ、俺じゃなかったら‥‥食われちまってるぞ。」
そんな無防備な面して、
そんな風に甘えたりしたら。
何、されるか、分かったもんじゃねえぞ?
俺だからこの程度で済んでるって事で。
絶対他の連中だったら――
「最後までいっちまってるに決まってんだからな。」
だから、ちゃんと危機感を持てって言ってんだろ?
分かってんのか?
俺は指の先に少しだけ、ほんの少しだけ、
こいつは事故なんだ、事故なんだからと言い訳をしながら力を入れる。
指全体に返ってくる柔らかさに脳髄まで蕩けそうになりながら、俺は「こら」とそいつを、同時に自分自身を叱りつけた。
「。」
思ったよりも、甘ったるい声でそいつを呼ぶもんだと、自分を笑った瞬間だった。
「‥‥ひ、土方、さん?」
すぐ傍で、戸惑いを含んだそいつの声が聞こえて、俺はガラにもなく飛び上がりそうだった。
いつの間に目を覚ましたんだ‥‥っつか、耳元でこんだけ喋って、こんな事したら気付かねえのがおかしいよな。
目を覚ましたらしいは、さっきまで埋めていた肩口から顔を離して、俺の顔を覗き込んでいる。
その表情にはどうして、なんで?っていう疑問が浮かんでいて、琥珀の瞳がめいっぱいに開かれていた。
内心の動揺を悟られまいと、俺は憮然とした面持ちで答える。
「縁側から落ちそうになってたから、受け止めただけだ。」
おまえうたた寝してたぞ、と咎めるように言うと、は再度驚いたように瞠目し、
「そ、それは失礼いたしました。」
と恥じ入るように眉根を寄せて謝ってきた。
それに関しては申し訳ないという思いでいっぱいのようだが、
それでその、
と続く言葉が、淀む。
「‥‥あの、手が‥‥」
手。
俺が。
まだ、触れている。
そいつの事だろう。
「‥‥‥」
「‥‥」
は助平と俺を突き飛ばす事はなく、だが離してと言うでもなく、自分から離れようとするでもなく、ただ「手が」と
困ったように呟いたきり、黙り込んだ。
俯くそいつの目元がそうっと、恥ずかしそうに染められて、
だから、危機感を持てって言ってんだろう?
俺、だって、
男、
なんだからよ。
「ひじ‥‥うわっ!?」
戸惑うそいつの腰を攫って、ぐるりと反転する。
縁側にごろりと寝転がるように寝そべって、自分の身体の上にそいつを抱き上げると、胸に触れていた手を背中に回した。
離すのは惜しい気がしたが、互いの距離が零になるとさっきの柔らかいものは俺の胸に触れる事になる。
これはこれで、良い‥‥なんて、言えばきっと突き飛ばされるんだろうから言わねえ。
ただぎゅっと抱きしめて、あの、その、なんてしどろもどろになるそいつの動きを封じて、
「少し、寝る。」
「え!?」
「だからおまえ、俺の布団がわりになってろ。」
なんて身勝手な台詞を吐いた。
寝られるか‥‥って聞かれたらきっと無理そうだが、このままを抱いたままってのは悪くねえ。
こんなにいい天気なんだからたまにゃ休んだって罰はあたらねえはずだ。
「‥‥全く、もう。」
そんな事を考える俺の上で、が溜息と共に力を抜いた。
重みが更に重なり、触れあう柔らかさに鼓動がどきりと跳ねた。
どくどくとお互いに早くなる鼓動はどう考えても普通じゃねえんだが、お互いにそこには触れない。
苦しいくらいに早鐘を打つのが心地良いっていうのもなんだかおかしいなと思いながら柔らかな髪に指を埋めると、甘え
たようにが頬をすり寄せてきた。
「‥‥みんなに見られても、知らないから。」
「そん時は、天気のせいにすりゃいいんだよ。」
俺は眩しさに目を細めて囁くと、春のにおいよりも甘いそいつのにおいを、胸一杯に吸い込んだ。
木漏れ日の下で
ほのぼの目指して、ちょっと副長がむっつり
になりました。
副長‥‥絶対にむっつりだと思うの。
涼しい顔して過激な事考えてそうなの。
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