「それじゃあ、また来る。」
  長谷川という大柄な男はにかりと歯を見せて、笑った。
  愛嬌のある顔である。
  「はい、またのお越しをお待ちしております。」
  男に柔らかい言葉を向けて、ぺこりと、女は頭を垂れた。
  その瞬間、柔らかな飴色が肩を滑り落ち、白い項が露わになる。
  一拍、男はその項の白さにいやらしい笑みを浮かべ、やがてそこが往来であると思い出した瞬間、こほんと咳払いをする
  と「また」と言って踵を返してしまった。

  次に会うときにはあの女を手込めにしてやろう。

  そんな事を妄想している男になぞ気付かず、女は大きな背中を笑顔のまま見つめて、こう、心の中で吐いた。

  次に来たときは、あんたの命はない――

  琥珀の瞳に一瞬、
  誰にも見つからないように獰猛な色を浮かべて。

  恐らく、近い内にあの男は用済みになるだろう。
  は確信していた。
  明日か、もしくは、明後日くらいには、彼女の上司より命令が下るはずだ。

  残念ながら男の野望というのが実現する事はない。
  その前に、彼はどこぞの河原にうち捨てられることになるだろう。


  「さて。」
  は腰に手を当て、早速上司に手紙を書くべく店に引き返そうとした。
  その背中に、

  「お雪ちゃん!」

  声が掛かった。

  お雪。
  というのが今のの名だ。
  振り返ればさっき大男が消えた通りの方から、また別の男が走ってきた。

  「弥彦さん。」

  男は通りを一つ挟んだ向こうに住んでいる弥彦という。
  この近辺で万屋という‥‥まあ、何でも屋をやって生計を立てている男だ。
  よく無償で人の家の屋根やら戸やらを直していると聞くが、まあ一言で言えば‥‥人が良い。
  悪く言えば、お人好し。

  「障子戸の調子はどうだい?」

  の前までやってくると、彼は人懐こい笑みを浮かべる。
  その笑顔にまでその人柄が滲み出ていて、なんだかほっとする印象を与えた。

  「お陰様ですきま風が入らなくなりました。」
  ありがとうございますと頭を下げると、弥彦は照れたように首の後ろを掻いた。
  「お雪ちゃんの役に立てたなら何よりだよ。」
  「旦那様も喜んでいらっしゃいました。」
  「そうかい?」
  「ええ。」
  にこっと笑みを浮かべると弥彦はぼうっとどこか呆けたような表情になってしまった。
  それには気付かず、店の中から聞こえた「ちょいと手伝っておくれ」というおかみさんの声に、はぁいと返事をする。
  「それじゃ、私、仕事がありますので。」
  これでと頭を下げると漸く弥彦が我に返った。
  そして何故か赤い顔で、
  「お、お雪ちゃん!」
  ぐっと腕を掴まれる。
  何事だろうと振り返れば、彼は酷く真剣な顔で‥‥こう言った。

  「お雪ちゃんには‥‥ほ、惚れた男とか、いるのかい?」

  ああ。

  その問いかけの意味を、は気付いた。

  この男は、
  自分に好意を寄せてくれている。
  純粋で、優しい、気持ちを。

  雪という、名の、

  偽りの存在である自分に。

  はそっと、悲しげに笑った。

  「ごめんなさい。」

  それだけしか言うことが出来なかった。



  「長谷川を斬れ。」

  翌日。
  客としてやって来た土方が短く命じた。

  は笑顔のまま「承りました」と応えた。

  ぺこりと頭を下げながら、暗殺計画を立てていたなど‥‥恐らく誰も思わないだろう。



  月を分厚い雲が覆った。
  京の町並みは一気に闇で塗りつぶされ、提灯が無ければ足下さえも見えない。
  はそっと目を閉じ、風が動くのを待った。
  ふわふわと緩やかだったそれが、一瞬、強く、頬を叩く。
  その瞬間、は闇の中で瞳を開き、疾走した。
  彼女にも闇は訪れている。
  だというのに、提灯も持たずに迷わず細い裏路地を走り抜け、

  「‥‥」

  通りに見つけた唯一の灯りめがけて突っ込んだ。

  そして、走り様に腰の獲物を抜き放ち、

  「ぎゃっ――」

  ごとり、と重たい音を立てて男の首が落ちた。
  その断末魔により、護衛の人間も気付いたようだ。
  しかし、遅い。
  その時にはの刃が迷うことなく護衛の二人を貫いており、残されたいかにもひ弱そうな男がひいと悲鳴を上げるのを
  聞きながら、やはりこれも迷わずに、
  「っ」
  殺した。

  ふ‥‥と緩やかな風が吹き、雲が流れる。
  地面に四つの四つの死体が転がっていた。
  頭を落とされたのは‥‥長谷川である。
  何故?と問いかけるように大きく開かれた目が、を見ていた。

  仕事柄夜目は利く方ではあるが‥‥

  「‥‥今日は随分と暗いな。」

  はぽつんと呟き空を仰いだ。
  再び世界が闇に閉ざされようとしている。
  分厚い雲がまた流れてきたのだ。

  山崎はまだだろうか?
  もしかしたらこの闇で身動きが取れないのだろうか?

  かさ。
  その時、背後で気配が揺れた。
  それは山崎の気配ではなかった。

  「――っ!?」

  ひ、と息を飲む音が聞こえた。
  見られた。

  ちぃと舌打ちを零し、はくるりと振り向き様に走り、抜き身の刃を低く構えながら繰り出した。

  雲が、月を覆った。
  それよりも前に、

  「っ!?」

  の刃はその人の目前に迫り、

  「ぁ‥‥」

  小さな声が聞こえた。

  見覚えのある頼りなげな大きな瞳がこれでもかというくらいに大きく見開かれ‥‥

  ――ざ‥‥ん‥‥

  闇が、再び世界を覆った。

  寸分違う事なくの刃は相手の心臓を貫いていた。
  どくん、とその瞬間鼓動が一際強く鳴ったのが、刃を通して感じる。

  「ゆ‥‥き‥‥」

  掠れた声で、彼は最期の言葉を紡いだ。
  それは、
  自分の偽りの名前だった。

  「‥‥ごめん‥‥‥」

  別れたあの時と同じ言葉が、の唇から零れた。

  月明かりが戻る頃、
  弥彦の瞳から、輝きは消えていた。
  ただ魂の入れ物がそこにあっただけ。



  彼女にしては珍しく足音が乱れている。
  そう気付いて目覚めた時には襖が開かれていて、
  「‥‥」
  無言で彼女が入ってきた。
  一体こんな時間に何用だろう?
  沖田は寝たふりをしながら襖を後ろ手に閉めるの動向に神経を向ける。
  とすとすと足音が少し遠ざかり、
  恐らく足下に移動したのだろう。
  「‥‥?」
  なんだろうと思って顔を少しだけ上げると、唐突に、
  もそ、
  「っ」
  布団が捲り上げられ、その隙間から女が潜り込んでくるのが分かった。
  しかもそれだけではなく、
  (うわ‥‥)
  乱れる裾から手を差し込まれ、下帯の上からやんわりと自身を握られる。
  事故‥‥というにはあまりに的確で、
  「‥‥」
  もそっと更に中に潜り込んできたの吐息を、布越しに感じた。
  やがて下帯が解かれ、
  「ッン‥‥」
  僅かに形を変えた性器に、ねっとりとした女の舌が這わされる。

  (どう‥‥したんだろ‥‥)

  沖田はぼんやりと、敏感な所に這わされる熱を感じながら思った。

  普段はしてくれと願っても舐めるどころか、触れることさえしてくれないという彼女が。
  積極的に口淫をするなんて。

  じゅ、

  「っぁ‥‥」

  亀頭を強く吸われ、たまらず声が出た。
  その音はにも聞こえただろう。
  もう、寝たふりは通用しない。
  沖田はばさりと布団を捲り、と名を呼んだ。

  「なに‥‥してるの?」

  何をしているか、など一目瞭然だ。
  は声を掛けられ、しかし恥じ入る様子は見せず、上目に沖田を見たかと思うと挑発するようにべろりと棹を舐め上げた。
  雁首に下唇を当て、わざと鈴口を避けるようにちろちろと舐られる。

  びくりと下腹が震えた。
  なんてえげつない責め方をするんだと沖田は苦笑を漏らした。

  「がそんないやらしい事をするなんて‥‥珍しいね。」
  「‥‥」
  「そんなに僕に抱かれたかったの?」

  言ってくれればそんな悪戯されなくても何度だってしてあげたのにと揶揄する言葉に、悪友はきっと、誰がと反論をした
  事だろう。
  そう、いつもならば。
  だが、

  「そうだよっ」

  は苦しげにそう告げると、伸び上がって噛みつくように男の薄い唇に己のそれを合わせた。

  「ン‥‥っ」
  押し当てられ、舌が忍ばされる。
  絡めたそれは少し苦い味がした。
  自分の精の味だと分かった時は少しだけ嫌な気分だったけれど、すぐに甘い彼女の唾液の味がして、そんなものどうでも
  良くなった。
  ともすれば傷つけるような舌を絡め取って、強く吸い上げる。
  ん、と鼻に抜けた声が響いた。
  同時に着物を掴んでいた手にきゅっと力がこもる。

  「そ‥‥じっ‥‥」
  口づけの最中に呼ぶ声は甘く、沖田はじんっと甘い痺れがそこかしこに広がっていくのに気付いて、強く腕を引いて身体
  をひっくり返した。
  を組み敷くと、本格的に舌での攻めを開始しながら袷を乱す。
  滑らかな素肌を無骨な手が滑るたびにの口からくぐもった声が零れた。

  「‥‥ん?」

  ふいに白い首筋に顔を埋めた時、ふわりと血のにおいがした。
  彼女の物ではない。
  おそらく‥‥

  「‥‥人を、殺した?」

  今夜始末すると言っていた男のものだろう。

  甘く噎せ返るような血のにおいをさせながら、
  の目は欲情しきった色を湛えている。

  人を斬ると無性に女が抱きたくなる。

  そう、昔誰かが零していたのを思い出した。

  沖田はくすりと笑いながら、も?と訊ねる。

  「人を殺した興奮が冷めないの?」

  問いかけに、の琥珀に暗い色が一瞬落ちた。
  それはともすれば見落としてしまいそうなくらいの変化だったけれど、
  確かに、
  は傷ついたような色を浮かべた。

  「‥‥?」

  沖田は怪訝に思い、首を捻る。
  しかし彼が何かを訊ねる間も与えず、は逞しい首に縋り付いて、こう、強請った。

  「‥‥無茶苦茶にして。」

  情事の最中に告げるにはあまりに苦しそうな声で。

  ――それだけで、なんとなく分かった――



  彼女は、罰を欲している。
  自らが犯した罪に対しての、罰を。
  それが沖田には何なのかは分からない。

  ただ――



  「ぁっ、あぅっ‥‥」
  ゆさっと男が腰を緩く揺するたびにの口からは甘ったるい声が漏れた。
  向かい合って繋がりながら、沖田は程良く肉の付いた太股を抱え、ゆっくりと腰を揺らす。
  焦れったいくらいの、刺激。
  それでも確実に追いつめられていく。
  は、だ。
  沖田にとってはいまいち足りず、緩い締め付けによりじわじわと真綿で首を絞められるような苦しみが下肢から伝わって
  くる。
  こんなものでは男は達せそうにない。
  でも、沖田はゆるゆると彼女の奥を突き続けた。

  「ぁ、んっ‥‥ぅうっ」

  感じきった声が漏れるのが嫌で、は手の甲に歯を立てる。
  彼女はよくそうして声を抑えようとした。
  その度に意地悪く沖田に手を取られ、恥ずかしいのだと言えば更に声を上げるように強く揺すられる。
  今日も、その手を取られた。

  「や、そ‥‥じっ‥‥」
  「駄目、噛んじゃ。」

  沖田はちぅっと歯形の既についてしまった手の甲に口づけを落とす。
  傷を癒すように優しく舌でなぞられ、はぞくぞくと震えが駆けめぐった。
  きゅん、と腹の底から切ないような何かがこみ上げ、雄をきゅうと締め上げる。
  沖田は苦しそうに顔を歪めて笑い、
  「いま、あげるね。」
  と言って、再び腰を前後に揺らした。

  ずちゅと痛くない程度に子宮の入口を突かれる。
  そして引くと同時に亀頭で弱い部分をごりごりと擦られて、は抑えきれない声が喉の奥で弾けるのが分かった。

  「な、んでっ」

  その声を誤魔化すようには声を上げる。

  「なんで、そんな優しくすんのさぁっ」

  いつもだったら壊すみたいに抱く癖に。
  なんでこんな時ばかり優しいのかと男を責めれば、彼はにこりと子供をあやすように優しく笑った。

  「が‥‥傷ついてるからだよ。」

  傷つく?
  どうして?

  「私は‥‥人を、殺した‥‥」

  傷つけたのは自分の方。
  ううん、
  殺したのだ。
  傷つける程度のものじゃない。
  その人の人生を奪った。

  それなのに何故自分が傷つかなければいけないのだろう?

  「うん‥‥でも、は傷ついてる。」
  僕には分かるよ、と慈しむような笑みを向けられ、は心がざわついた。
  居心地が悪くて、ともすれば癇癪を起こして暴れ回りたいような気分になる。

  「もう、いいっ!
  総司なんか‥‥いいっ!」

  は男を押しのけようとした。
  だけど、

  「駄目。」
  「ぁああン‥‥っ!」

  ぐじゅっと深い所を突かれ、そのままぐっぐと亀頭を押しつけるように動かされる。
  びりりと一際強い快楽の波が押し寄せ、は堪えきれずに悲鳴を上げた。
  沖田はびっしりと額に汗を浮かべながら、優しく笑って、言った。

  「今日は僕が甘やかしてあげる。」

  歪んだ視界に優しい色を湛える翡翠が浮かぶ。

  「や、やだぁ‥‥」
  「がいくら罰して欲しいって言っても‥‥駄目。」
  「なんっ‥‥んンっ――!!」
  「の傷が癒えるまで、ずっと甘やかし続けてあげるから。」
  「や、そう‥‥そっじ‥‥!」

  びりりびりりと身体の中から激しい波が押し寄せてくる。
  一気に押し流されてしまいそうで、は沖田の背中に爪を立てた。

  「そ‥‥じっ、も、我慢‥‥できなぁ‥‥」

  泣きそうな声でが告げる。

  いっそ、泣けばいいのにと沖田は泣けもしない不器用な女を見て、悲しげに笑った。

  「いいよ。。」

  そっと囁きが落ちてくる。
  それは、ひどく優しい声で。

  「僕が‥‥許してあげる。」

  「っ――!!」

  声にならない声が迸り、
  は波に押し流され、果てた。



  「ごめん‥‥」
  優しく眦に口づけを落とされ、はぽつんと呟いた。
  「勝手で、ごめん。」
  伏し目がちに、申し訳なさそうに告げられた言葉に、沖田はくつっと喉を震わせて笑う。
  「‥‥どっちかというと僕の方が自分勝手にしちゃったけどね‥‥」
  彼女の要望通りにしてやれなかったのだから、こちらの方が謝るべきなんだろうけど‥‥
  でも、
  「‥‥ありがと。」
  はにかむようなの表情に、沖田はふっと安堵したような溜息を漏らした。
  「聞かないよ。」
  腕に抱きしめてごろんと横になりながら沖田は言った。
  「何があったのかは聞かない。」
  「‥‥うん。」
  「でも、が傷つく事なんて何もない。」
  理由も知らないのに絶対にそんなことあり得ないと言う男に、が今度は笑いを漏らす。
  「本当に総司って‥‥私に甘いなぁ。」
  くつくつと笑いながら甘えるみたいに逞しい胸に頬をすり寄せる。
  すると、沖田は嬉しそうに目元を綻ばせ、そりゃそうだよと答えた。

  「僕が甘やかしてあげないとは全然甘えてくれないからね。」
  「甘えてほしいの?」
  「男ですから。」

  それはどんな理屈なんだろう。
  苦笑を漏らすの髪をゆったりと大きな手が撫でた。
  いつもよりもずっと、優しい、その手が。

  「総司‥‥」
  「うん?」
  「もうちょっとだけ、こうしてていい?」

  じきに、夜が明ける。
  そうしたら二人にはやるべき事が待っている。
  だから、あまり長い時間彼といるわけにはいかない。
  でも、もう少し。
  もう少しだけこうしていたい。

  「‥‥勿論。」

  そう告げると、沖田は翡翠の瞳を柔らかく綻ばせ、笑った。

  「が望むだけ、こうしててあげるから。」

  頭を撫でていた手を滑らせて背中をそっと抱き寄せると、額に口づけが落ちてくる。
  途端に強くなる沖田の香りと、温もりに、はそっと目を細めた。
  なんだか彼からは、
  お日様のにおいがした。

  とっても、
  穏やかになれる、香りだと、
  は瞳を伏せながら思った。


 ノ痛ミ



総司君は変態エロスだと思いました。
メイドネタを思いついた三剣はもっと
変態だと思いました!!すんませんっ