君の半分







ふらふらと。

 

まるで酔っ払いみたいな心許ない足取りで、そいつは歩く。

 

時折柱に寄りかかり、はぁと零す吐息は苦しげで、

 

だけど何でもないみたいにまた歩き出す。

 

「おい。」

 

呼びかけに、振り返る。

顔は赤く‥‥その目は眠たそうにとろんとしている。

 

あきらかに、

 

熱のある顔。

 

「土方‥‥さん。」

「病人が何をうろちょろしてやがる。」

 

部屋で寝てろって言っただろうと言えば、はあははと乾いた笑いを漏らした。

 

「やー、少し治ったと思うんですよ。」

「まともに歩けてもいねえ奴が言うか?」

「‥‥治ってないんですねぇ。困った。」

 

困ったと、は柱に寄りかかったまま動かなくなる。

 

「‥‥?」

 

その場で目を閉じるそいつに声を掛けると、

 

「ちょっと、休んでから部屋に戻ります。」

 

て答えが返ってきた。

 

阿呆が。

こんな寒い廊下で休むやつがあるか。

 

「いや、ここ涼しくて気持ちいいんですよ。」

 

と力無く笑うそいつは、ひどく苦しげだった。

 

「だから、ちょっとここで涼んでから行きます。」

 

ほ。

と熱い吐息を漏らして、は目を瞑った。

 

ひゅう――

 

冷たい風が遠慮無く、の身体に吹き付ける。

 

「土方さんは、お先にどうぞー」

 

阿呆が。

 

もう一度心の中で呟いた。

 

手を掛けないようにという配慮だろうかなんだろうか分からねぇが‥‥

こいつは本当の大馬鹿野郎だ。

 

俺がそう言われてその場から立ち去るとでも思っているのだろうか。

 

だとしたら本当の大馬鹿野郎。

 

「んな事ができるか。」

 

「‥‥え、うひゃ!?」

 

ぐいと、肩を引き寄せ、膝裏に手を差し込んで抱え上げる。

思ったよりも軽く、思ったよりも熱い身体。

 

抱え上げられて、は一瞬だけ呆け、すぐに、

 

「い、いいですよ!一人で歩けます!!」

 

慌てた。

慌てて腕から逃れようとする。

 

「暴れるな、落とすぞ。」

 

憮然と言ってのけて、すたすたと引き返す。

 

「土方さん、ほんとにおろして!」

「断る。」

「土方さん!」

「つべこべ言わずに素直に運ばれろ。」

 

歩けもしねぇくせに。

と言うと、はう、と呻いた。

それから、渋々といった感じで大人しくなる。

 

「‥‥後で重たいとか言っても知りませんよ。」

「おまえごときで重いとか言うか。」

「普段筆ばっかり持ってるから、筋力がなまったかと思いましたー」

「おまえは病人になっても口は減らねえな。」

「だって‥‥」

「いいから。」

 

抱きしめる腕に力を込める。

 

「迷惑をかけるなんて、思わなくていい。」

 

「‥‥‥」

 

は口を噤んだ。

冷たい風と、対照的に熱い身体。

部屋へと戻る間中、はずっと黙り込んでいた。

 

 

 

とす。

静かに布団の上に身体をおろす。

膝の裏から手を離して身を引こうとすれば、

 

「‥‥っ‥‥」

 

腕が首に回された。

きつく、しがみつくみたいなそれで。

 

?」

 

「ごめんなさい。」

 

顔を肩口に埋めたまま、は謝った。

 

「‥‥」

 

そのまま無言ですり、と額をすり寄せる。

甘えるような仕草につい目元が緩んだ。

 

「なんだ、一人で寝るのが寂しいのか?」

 

縋り付く背に手を伸ばして、優しく撫でると、の身体は一瞬だけぴくりと跳ねた。

 

ちがう。

 

否定の言葉が聞けるかと思いきや、

 

「寂しい‥‥です。」

 

返ってきたのは意外にも肯定の言葉。

 

そ、と。

額を離し、こちらを見上げる。

熱で潤んだ瞳が、寂しげな色を湛えていた。

 

そういえば、

病にかかると気分が落ち込むという話を聞いた事がある。

ひどく、一人が寂しいのだと。

 

「‥‥ごめん、なさい。」

迷惑ですよね。

無言で見下ろす俺に、は申し訳なさそうに瞳を伏せた。

常に自信に満ちあふれた瞳は‥‥今ひどく、弱々しく見えた。

 

迷惑なわけ‥‥あるか‥‥

 

く。

と低く喉を鳴らして笑うと、俯くそいつの顎を指で引き上げた。

 

「好いた女に甘えられて、嫌がる男なんざいねえよ。」

 

真っ直ぐに見つめる瞳が瞬く。

一瞬驚いたようなそれになって、すぐに恥ずかしそうに視線を逸らされた。

 

「土方、さんて‥‥たまにすごい事言いますよね。」

「そうか?」

「‥‥そういう事、言わないと思ってました。」

「俺の惚れた女はそういう事を言わねえからな‥‥」

 

だから、

と頬に手を添えてもう一度こちらを向かせる。

 

「俺の方から言う事にしてる。」

 

言って、

唇に口づけを落とす。

 

「だ、駄目ですよ!

風邪うつりますっ!」

 

口づけられ、は慌てて俺の胸を押し返した。

 

「副長が寝込んだら、大変ですよっ。」

「たまにはいいだろ。

つーか、おまえが寝込んだ時点で俺の仕事はままならねえよ。」

「でもっ‥‥んっ‥‥」

 

でもと開かれた唇に、また触れる。

今度は先ほどよりも深く、口づけた。

 

いつもより熱いの舌は、いつものように甘い。

 

熱なんてねえのに頭の芯がぼうっとするほどの、甘さ。

 

「‥‥ひ、じかた‥‥さっ‥‥」

 

口づけの合間に、力のない抵抗。

 

「おまえがいねえと仕事がまわらねえんだ。」

 

「だからっ‥‥」

 

「だから‥‥」

 

もう一度、唇を合わせて、その隙間で、

 

「俺に半分、寄越せ。」

 

ため息混じりに告げた。




なんか土方さんって恥ずかしい言葉を平気で言いそう‥‥