珍しくむくれた顔をしたが無言で部屋に入ってくる。
沖田は別段驚いた様子もなく、ただ彼女が襖を閉めるのを見て苦笑した。
「いつも声を掛けてから開けろって言うくせに、無言で開けちゃうんだ?」
「‥‥」
は応えない。
そのままどさっとその場にこれまた乱暴に腰を下ろした。
彼女が怒る‥‥というのは稀な事だ。
それこそ、沖田は彼女がここに来てから、片手ほども見たことがない。
何を言われてもされても基本、笑って受け流すのがという人だが、それでもたまに彼女も怒る事がある。
しかし、子供のように癇癪を起こして暴れ回るわけでも、ひたすらにたまった怒りを言葉にして誰かにぶちまけるわけで
もない。
そう、静かに自分の中で怒りが消えていくのを待つ。
ただ、この屯所の中にはそんな空気が読める人間ばかりではない。
彼女が不機嫌なことにも気付かずに無遠慮に話しかける者がいたり、喧しくしたりする者がいる。
それを避けるため、がやってくるのはいつだって沖田の元だ。
彼も決して大人しい性格ではなく、怒っている人間に更に油を注ぐという事をやってのける人間である。
ただ、に関しては、別だ。
いつものように、黙って、が話したくなるのを待つ。
の機嫌を直らせるには、根気が要るのだ。
「‥‥」
ふいに、風が揺れた。
とさと音が聞こえて見れば、彼女は人の脚を枕にして横になっていた。
まだ膨れた顔をしたまま。
「聞いて。」
「うん?」
なに?と沖田は訊ねる。
は一瞬だけ、躊躇った後に、口を開いた。
「今度、私が蒲屋に潜入するはずだったのに‥‥一に仕事を振ったんだよ。」
あの人、とは言う。
あの人――つまり、に命令を下す唯一の人、鬼の副長だ。
「‥‥それ、危ないの?」
「別に。」
命を取られる事じゃない、と彼女は言う。
しかし、
「蒲屋って‥‥たしか、あれだよね?」
蒲屋の主人はとある事で有名であった。
「無類の女好き。」
遊郭通いは勿論の事、商売女でなくともあちこちの女に手を出しているということで有名だ。
今年15になった店の少女が、つい先日旦那様に手を出されたと涙ながらに訴えていたのを藤堂から聞いた。
女であれば誰でもいい‥‥というわけではないらしい。
無類の女好きだか、美しい女にだけしか、興味はない。
そこへを行かせる、というのは獣の群れの中にか弱い子羊でも放り込むようなものだ。
決してはか弱くはないが‥‥
「別に、ちょっと夜の相手するだけじゃん。」
いいよ別に、と彼女はこともなげに言ってのける。
斬った張ったの荒事よりも危険は少ない。
男というのは単純な生き物で、女相手には油断する。
ちょっと、
「我慢すればいいだけ。」
は小さく呟いた。
「あのね、。」
沖田はふて腐れる彼女の頭を撫でた。
「例えそれが一番安全な方法だとしても‥‥最善の方法ではないと思うよ。」
どうして、とは視線を上げる。
「の負担が大きすぎる。」
「負担なんて‥‥」
「あるの。」
ぴしゃりと言い切られた。
確かに、負担があるかないかと聞かれたら、あるだろう。
慣れていない女ならば痛いし、傷を付けて興奮を高めるという変な輩もいないわけではない。
そもそも受け入れる側の女にはただ行為をするだけでも負担だろう。
それは分かってる。
分かってるけど、
「でも‥‥」
それでも斬り合いになるよりは簡単なはずだと言うと、沖田はそうだけどねと頷いてから、口を開いた。
「僕は嫌だなぁ‥‥」
そっと、頭を撫でていた手が止まる。
何が?
視線を上げると、沖田はそっと彼女の滑らかな髪の一房を指に巻き付けて、
「が、どこの誰とも分からない男に‥‥いいようにされちゃうの。」
いやだな。
目を細めて、呟く。
そう、これは危なくない危ないの問題ではなく、我が儘なのだ。
を敵の誰かに抱かれたくない。
汚されたくない。
そう思う、ただの我が儘。
だけど、
「土方さんだって同じだよ。」
そう願うのは彼だけじゃない。
「近藤さんだって、一君だって、平助君だって、左之さんだって、新八さんだって。」
きっと山南や、井上、山崎もよしとしないはずだ。
例えばそれが最良の方法だったとしても。
それでも、別の方法を探してしまう。
我が儘でもいい、それでも、
「を‥‥汚させたくない。」
そう、願うのだ。
さらと、の髪が零れた。
膝の上でむすくれていた少女は、今度は困ったような顔をしていた。
それでも反論をしない所を見ると少しは納得したようだ。
「いいんじゃない。土方さんがそうするっていうなら。」
ゆっくりとまた手を動かした。
小さな頭をそっと撫でた。
「一君も文句は言わないよ。」
それよりの提案の方に文句を言うだろうねと沖田は心の中で呟いた。
頭を大きな手に撫でられながら、は「そうかなぁ」と小さく零す。
「なんか‥‥私ばっかり贔屓されてる気がする。」
自分ばかりが楽な仕事をして、守られている気がする、と呟く彼女に沖田は笑った。
「何言ってるの。
一番危ない仕事してるのは間違いなくじゃない。」
人を斬った数で言えば彼女の右に出る者はいないだろう。
しかも、彼女はいつだって一人だ。
一人で危険な任につく。
間違いなく、一番危険で、一番大変な仕事だったに違いない。
「そうかなぁ?」
「そうだよ。」
とん、と沖田はもう一度、の頭を撫でた。
長い指が耳の後ろを擽って、彼女は肩を震わせる。
「たまには‥‥守らせてあげたら?」
沖田は思う。
たまには、彼女は守られるべきだと。
だって自分たちは、彼女の家族で、
「男なんだし。」
女の子を守るのが仕事なんじゃないの?
原田みたいな科白だなぁと思いながら、沖田は柔らかな髪をもう一度、指に絡めた。
キミがダイジ
彼らにとって‥‥は大事な娘、妹(笑)
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