ちょんと目の前にいる子供を見て、沖田は目を丸くした。

  柔らかい飴色の髪と、琥珀の瞳を持つ子供はひどく小さく、だけどすごく綺麗だった。

  じっとこちらを見つめる目とぶつかる。

  「だ、今日からここに住むことになった。」
  近藤がぽんと小さな頭に手を置いた。
  その子は自分の胸くらいも背がない。
  10になったかならないかくらいだと思うのに、その表情にはあまり変化がない。
  「記憶を無くしているんだ。」
  と言われて納得した。
  記憶を無くしたついでに感情も忘れてきたらしい。
  目の前の子は、まさに「真っ白」の状態だ。
  なるほど。

  「‥‥女の子だから大切にしてやってくれよ。」

  肩口でざんばらに切られた髪が一度、揺れた。



  今日も道場で稽古だった。
  毎度のようにある兄弟子達のいじめという名のしごきも、それなりにかわせるようになった。
  というよりは、彼が持つ天才的な剣の腕前に周りが恐れを覚え始めたのである。
  下手をすればこちらがやられる‥‥とそう思っているのだろう。
  ここ最近すっかり大人しくなった兄弟子たちを後目に、沖田はゆったりとした足取りで広間へと戻る。
  汗でべとべとだ。
  早く風呂に入って着替えたい。
  そんな事を思いながら廊下をぺたぺた歩いていると、

  ひゅ、

  と風を切る音が聞こえた。

  「?」
  なんだろうと思ってあまり広くはない庭へと視線を向けると、そこに小さな背中がある。
  「‥‥」
  先ほど出会った新しい同居人だ。
  彼女はこちらには気付かず、手にした枝を意味もなく振っている。
  その度にひゅと風を切る音が聞こえるのだ。
  「‥‥」
  ふと見ればその傍らに不似合いなものがあった。

  刀だ。

  黒塗りの鞘は夕日を浴びて静かに光る。
  それは、その身体で振るうにはあまりに大きなものだ。
  抜刀するにはその腕では短すぎる。
  ‥‥もしかしたら、彼女の親のものだろうか。
  一人でうち捨てられていたと、近藤が言っていたのを思い出してそんな事を考える。
  いやいや、それ以前にあれが本物かどうかもわからない。

  「中身は木刀だったりして。」

  沖田はくすりと笑った。

  ひゅ、
  と風を唸らせ、彼女はまた意味もなく枝を振るう。

  不意に、
  沖田の悪戯心がむくりと頭を擡げた。

  このまま背後から驚かせば、彼女はどんな反応をするだろう。
  無反応だろうか?
  それとも、
  驚くだろうか?
  もしかしたら泣き出すだろうか。
  ああ、それは近藤に怒られるから厄介だなぁと思いながら、沖田は息を潜め、一歩、踏み出した。

  瞬間、

  「っ!?」

  わ、と大きな声を上げるより前、
  沖田が口を開け、空気を吸い込む瞬間、
  は突然振り返った。

  そうして、その瞬間、

  驚いたのはではなく、沖田の方である。

  少女は驚きの表情などを浮かべていなかった。
  それどころか、
  鋭い眼差しでこちらを睨み付けてきた。
  気配を感じて振り返った武人のように。

  驚くべきはその瞳であった。

  澄み切った琥珀は、子供にしては不似合いな鋭さを湛えていた。
  血に飢えた、獰猛な色。

  このまま一歩でも踏み出せば、
  たちまちのど笛に食らい付くだろう。
  それはまるで、

  ――獣――

  人の血の味を知っている‥‥獣の表情。

  それが、沖田が初めて目にした、
  「」の表情である。

  「‥‥」

  やがては、その瞳をゆっくりと元の色のないそれへと変えていった。
  獰猛な獣の姿は、その琥珀の向こうへと姿を消していく。

  にやりと、男の口元に笑みが浮かんだ。

  その表情は決して子供っぽくなんてなくて、普通とは言い難いものだったけれど、
  彼は、

  「いいね、その目。」

  気に入ったよ。
  と目を眇めて呟く。

  その瞳に薄らと、彼が隠す獰猛な色を滲ませれば、の色のないそれがゆっくりと細められる。
  じわりと、奥に静かに燃える炎を湛え、まるで彼に応えるように獣が姿を見せる。
  だけど荒々しさよりも、どこか清らかで‥‥どこか優雅でさえあった。
  それは、その瞳があまりに澄んでいるからだろうか?

  変わった色だ。
  と沖田は嬉しそうに笑った。

  「君とは気が合いそうだね。」

  自分と近しいものを彼女に感じた。



獣の本



と総司は本能的なものでお互いを認め合っている
といい。