おや、と曲がり角を曲がってばったりと見知った顔と出会う。
お互いに気配には気付いていたので驚いた風ではない。
おまけにお互いに、
「うわ、ばっちり戦闘態勢だし。」
沖田が危うく斬られる所だった?と笑うので、
「そっちこそ、来る気満々だったくせに。」
は苦笑を漏らして刀の柄から手を離した。
「巡察中?」
浅葱の羽織を沖田が羽織っている所を見ると、そうなのだろう。
しかし、
「‥‥隊士も連れずに、とは、大した組長さんだ。」
あたりには隊士の姿はない。
「うん。
ちょっと一人になりたくてね。」
ぞろぞろ引き連れていくの面倒だったんだと、これまたあっさりと言ってのけるので、ははぁ、と溜息を零す。
「一番組の隊士は大変だな。」
気まぐれな組長を持ったばかりに苦労も耐えないだろう。
「それより、は?」
こんな所で何してるの?
と聞かれ、はひょいと肩を竦める。
「散歩。」
「‥‥珍し。」
副長助勤が暇だなんて、珍しい。
と言えば忙しい助勤殿は眉を寄せて不服そうな顔をしてみせた。
「暇じゃないんだけど、副長命令。」
鬼の副長に、
『今日は仕事をするな。
外でのんびりしてろ。
少しでも仕事をしやがったら、ぶった斬る』
と言われてしまったのだ。
最後に『副長命令だ』とご丁寧につけて。
「‥‥土方さんらしいね。」
苦笑とも呆れともつかない顔で沖田は言う。
だろ?とは呟いた。
「心配してくれてんのか、脅してんのかどっちだよって感じだよ。」
「心配してるんでしょ。」
「分かってるけど、それなら自分も休めばいいのにさ。」
ざ、と歩き出した沖田にもなんとなく続く。
並んで歩きながらはぶつくさと文句を零した。
「自分だけ仕事してるとか、ずるいと思わない?」
「いや別に‥‥」
僕は仕事の鬼ではないからね、と沖田は答えた。
ふわふわと長閑な風が吹いて、浅葱の羽織をひらひらと揺らす。
「土方さん、そのうち疲労で倒れると思うんだよね。」
「いや、僕はそのまえに、あの人禿げると思うけど。」
本人が聞いたらいい顔をしないだろうそれは‥‥と思いつつもは彼の冗談とも本気とも言えない言葉に応えた。
「私は白髪が増えると思う。」
「増えるってことはもう白髪あるの?若いのに?」
「や、まだ見たこと無いけど‥‥ありそうじゃない?白髪。」
確かにね、と沖田は答えた。
ざ、ざ、と二人の足音が重なる。
「、今度探してみてよ。」
「肩揉むふりでもして?」
悪戯っぽく笑う彼女から、ふわりと甘い香り。
あ、やっぱり駄目、と沖田は首を振った。
「うっかり土方さんが誘惑に負けたら大変だし。」
「なに、その誘惑って‥‥」
なんのこと?
無自覚な魅力たっぷりの年下の悪友に、沖田はにこりと目元を細めて、
「内緒」
と己の唇に人差し指を立てた。
まるで意味が分からない。
しかし、悪友は答える気がないらしい。
はひょいと肩を竦め、
ふいに、
足を止めた。
ざ、と二人同時に。
その瞬間、ふわりと最後に羽織が靡いて、ゆっくりと戻る。
「出てきなよ。」
が口を開いた。
大通りから一つ離れたそこには、誰の姿もない。
まるで、これから起きる何かを怖がるかのように、家々からは押し殺した人の気配を感じる。
「怖いんじゃないの?」
嘲笑うような沖田の言葉は、勿論、家の中に隠れている人々に対してではない。
その言葉に、
ざざ、
と前方、後方の通りから数名の浪士が飛び出してきた。
その誰もが腰に刀を差し、彼らは揃って、見るからに悪党という人相をしている。
二十人くらいだろうか?
十ずつに分かれ、前と後ろを塞いでいる。
その中の一人、中心人物たる人間がゆったりと一歩を踏み出した。
「新選組一番組組長‥‥沖田総司だな?」
浅葱の羽織は非常に有名である。
しかし、それ以上に沖田は有名だった。
腕が立つ剣士として、味方からも敵からも恐れられている。
呼ばれ、沖田はにやりと目を猫のように細めて、笑う。
「あれ?僕の事知ってるんだ?」
「有名人だな。」
が隣で軽口を叩く。
有名人‥‥にしては、相手の表情は好意的ではないけれど、と心の中で呟く。
当然だ。
相手は薩長の浪士なのだろう。
自分の味方を殺した新選組‥‥しかも、誰より人を斬っている沖田を好ましいと思う人は、薩長にはいはしない。
「きさま‥‥新選組の仲間か?」
先頭に立つ浪士がに訊ねてきた。
「見慣れない顔だ。」
浅葱の羽織を纏っていない所を見ると、新選組とは違うのかも知れないが‥‥それでも並んで談笑をするくらいだ。
関係者であることは間違いないと、男はあたりをつける。
関係者どころか、
副長助勤だ。
めちゃくちゃ身内である。
しかも、下手をしなくとも沖田よりも重要な役についている。
‥‥と言ったところで誰も信じないだろうし、そんなことをうっかり漏らして逃げられたら大変だ。
もっとも、
「逃がすつもりはないけどね。」
はにやりと口元に笑みをはく。
も、そして沖田も、
にやにやと笑ってはいるが、その実しっかりと刀には手を回している。
いつでも抜刀できる状態だ。
「面倒な事になったね。」
「面倒事を呼び込むのはいつも総司だ。」
「それは僕の科白。」
「おかしいな、私の方がいつも巻き込まれてるのに。」
軽口をたたき合う二人に、先頭に立つ男はすいと眉を寄せ、その後ろに立つ男達はあからさまに不機嫌そうな顔になった。
それはそうだ。
前も後ろも囲まれ、数でも不利だというのに笑っているのだから。
「ふんっ、新選組も大したことはないな。
組長が一人で歩いて的に囲まれるだなんて、間抜けもいいところだ。」
優越感に浸る一人がこちらを嘲笑うような声を上げた。
そうだ、と誰かが声に応える。
「所詮は田舎侍、この程度と言うことだ。」
あーあ、好き放題言ってくれるね、とも沖田も気を悪くした風もなくひょいと肩を竦めた。
がしかし、次に放たれた言葉は聞き捨てならないものだった。
「組長が間抜けなら、きっと、局長の近藤勇も間抜けな男に違いないな!」
「大馬鹿野郎の集団だ!」
その言葉を耳にした瞬間、
す――
と二人の瞳から色が一瞬にして消えた。
次の瞬間、
「ぐわっ!?」
「うげぇっ!!」
風が動いたと思った時には、血しぶきと断末魔が上がっていた。
見れば、笑った二人はどさりと血に伏せていた。
絶命している。
その胸を脇差しに、その喉を短刀に、深々と貫かれて。
驚きに一同が言葉も忘れて死体を見ているばかりだ。
ふいに、
ぴりと、
肌を刺すほど張りつめた空気があたりに立ちこめる。
空は相変わらずの晴天だというのに、どうしてだろう?
今にも雨が降ってきそうなほど、その場の空気が重く、暗い。
「っ!?」
びくりと、その場にいる全員が身体を震わせた。
同時に、ひやりと冷たいものが背中を走っていく。
熱くもないのに汗がだらだらと出てきた。
「ねえ、総司。
今なんか聞き捨てならない事、聞いた気がするんだけど。」
にこにことは笑みを浮かべたまま呟いた。
「そうだね‥‥なんか聞こえたね。」
なんだっけ?
と沖田も笑顔で答える。
「確か‥‥総司が間抜けだって言ってたんだよね?」
「ああそう、僕が間抜けなんだって。」
「それは別に構わないんだけど‥‥」
「そうだね、それは構わないんだけど‥‥」
ビリっ――
笑みが、一瞬にして鋭い表情それへと変わる。
その瞳に鋭い殺意と、
獰猛な笑みを浮かべて、二人は告げた。
「あの人を貶める言葉だけは、許せないよね。」
すらり、
と二人は刀を引き抜く。
まるで修羅か羅刹かという、恐ろしい目つきで睨まれ、それだけで失神してしまいそうな浪士もいる。
慌てて浪士達は己の刀に手を伸ばしたが、その時には獣は疾走っていた。
ざあと、
風を揺らして、
二人は全く色の違う瞳を、
同じ色に染めて、
冷たく言い放った。
「生きて帰れると思うな。」
「皆殺しにしてやる。」
鮮血が、長閑な空に上がった。
「だからって、遠慮無く暴れる奴がどこにいるってんだ!」
土方の怒鳴り声に、一番組組長と副長助勤は揃って正座をしたまま、だってと口を揃えて反論した。
「だってじゃねえ!」
しかしぴしゃりと不機嫌な副長に一喝される。
「山崎や斎藤があの後どれだけ大変だったか、おまえら分かってんのか?」
騒ぎを聞きつけて、二人が走った時にはもう通りはすごい惨状であった。
通りには屍の山と、血の海。
まさに地獄絵図がそこに広がっていたのである。
喧嘩を吹っかけてきた二十人。
全て。
二人で綺麗に片付けた。
いや、綺麗とはほど遠いか。
腕やら足やら頭やら。
あちこち転がったりしているもので、流石の処理担当も骨を折った事だろう。
相手が不逞浪士ということで咎められることはないだろうが、まさか死体をそのままにしておくわけにもいかない。
因みに今も、目下後かたづけ中である。
「全員斬り殺しやがって‥‥
一人でも捕まえておけば、情報を聞き出せたかもしれねえってのに。」
皆殺しにすることはないだろう、と土方は腕を組んで溜息をついた。
「おまえがついていながらなんて様だ。」
と、彼はを睨む。
いつもならば彼女が沖田を止めるはずだったのに。
今回は一緒になって殺しまくった。
「どうせあいつら生かしておいても大した情報はもらえませんて。」
ひらひらとは手を振る。
「そうそう、どうせ下っ端だったし。」
「そうそう。」
二人は悪びれなく笑った。
あいつらは下っ端だ。
「私たちがあそこに誘ったってのも気付かない下っ端。」
大通りで立ち回るわけにも、狭い道で斬り合うわけにもいかず、あそこまで誘って、自分らが戦いやすい所で戦っただけ
だというのに。
それにさえ気付かない、下っ端。
でもだからって、
皆殺しにすることはないだろう。
と土方が疲れたように言えば、二人はすいっとこちらを見上げて、
「だって、近藤さんを馬鹿にしたんですよ?」
許せるわけないじゃないですか、
と二人は口を揃えて言うものだから、土方は深いふかーい溜息を零して、頭を抱えるしかなかった。
獣ふたり
近藤さんのこととなると、容赦のない二人です。
まあなんというか‥‥獣と言うより猛獣ですね。
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