嫌な夢を見た。
真っ暗な世界にぽつんと一人取り残された夢。
必死で走っても闇に終わりはなくて、声を上げても返事がない。
ただ悲しくなるくらいの孤独がそこにあった。
だれか
だれか
私は声が枯れても叫んだ。
返事がないことにわけもなく泣きたくなった。
だれか
だれか応えて
私の声に、
返事は‥‥
かた、と小さな音が聞こえはっと私は目を開けた。
やけにぼやけた世界に、小さな影が映った。
だれ?
声を出したのか出さなかったのかは分からないけど、その人は傍らに膝をつくと私に気付いたようで、
「さん?」
控えめな幼さの残る声が私を呼んだ。
「ち‥‥づるちゃん?」
「ご、ごめんなさい!私起こしちゃいましたか?」
私の返答に彼女は恐縮しきったように頭を下げて謝った。
「その‥‥心配になって‥‥」
傍らに置いた水を張った桶や手拭いに、彼女が頭の手拭いを変えにきてくれたのだと分かった。
私は苦笑を漏らして大丈夫と掠れた声で答えた。
「君が来る前から起きてたよ」
いつもなら完璧に通せる嘘は‥‥熱のせいで上手く誤魔化せなかったらしい。
千鶴ちゃんは真剣な顔で私を覗き込んで言った。
「こんな時まで‥‥強がらないでください」
そう厳しく言った彼女は‥‥なんだか年下に見えないくらいに頼もしく見えて、私は降参と言うみたいに笑った。
千鶴ちゃんは蘭方医の娘に相応しく、てきぱきと病人の看護をしてくれた。
汗を拭き、着替えを手伝って、薬も飲ませてくれた。
すっきりした身体で横になるとまた額に冷たい手拭いを置いてくれる。
気持ちよくて目を細めたら、彼女はなんだか優しく笑った。
「あと‥‥欲しいものとかありませんか?」
「うん、大丈夫」
気持ちよさに目を閉じながら言うとじゃあ、と彼女は言って立ち上がるのが気配で分かる。
「少しお休みになってください。
お夕飯が出来たらお持ちします。」
声と温もりが遠ざかる気配に‥‥千鶴ちゃんと私は呼んでいた。
「なんですか?」
私はそっと千鶴ちゃんを見上げた。
昔、誰かに教えてもらったことがある。
病にかかると‥‥ひどく寂しくなるものだと。
私はねえと彼女に言った。
「眠るまで‥‥ここにいてくれないかな?」
らしくもなく甘えた言葉に、千鶴ちゃんが顔を真っ赤にしていたのは‥‥なんでだろう?
風邪〜三日目〜
たまには千鶴ちゃんに甘えてみる。
そして千鶴ちゃんはめっちゃ喜んで甘やかしてくれそう。
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