「こいつの名は千尋だ」

  望んだ子供は、恐れていたとおり女の子だった。
  髪の色がそっくりの、女の子だった。
  つまりは鬼子‥‥の鬼の血を継いでいる。
  それを見ては一瞬だけ、哀しそうに目を伏せたのを土方は見てしまった。
  『鬼子であればいずれ、哀しい戦いに巻き込まれる』
  それを恐れた彼女の気持ちはよく分かる。
  が何よりも恐れたのは、そうして戦いに巻き込まれた時に我が子が一人になってしまう事だった。
  誰にも愛されず、
  たった一人で、寂しい思いをするのではないかと。

  だから、土方はそう名付けた。

  「千尋」

  千尋とは、長さを意味するという。
  だから、その名を土方は我が子につけた。
  永くいつまでも、人に愛されるようにという願いを込めて。

  そして、
  自分たち夫婦の深い愛情の証として――



  両親揃って美しい顔立ちをしている夫婦の子は、やはり同じように整った美しい顔立ちをしていた。
  瞳は父譲りの深い神秘的な色をした紫紺。
  髪は母譲りの甘く滑らかな琥珀。
  どちらかというと顔立ちは母に近いだろうか。凛とした中に見える甘さに、父親は妻に似て良かったと少し思う。自分の
  ように冷たい印象を与えては、女の子は可哀想だと。
  でも鼻の形は父に似て、すらりと整っている。
  顎の細さもそうだ、と妻は嬉しそうに言った。
  まさに二人の良いところを取って産まれた千尋は、彼らの子であるということを何より顕著に表していた。
  と土方歳三という人間から産まれた命だと。

  そんな千尋は両親の教育の甲斐があり、とてもしっかりとした聡明な子供へと育っていった。
  三十を越えてから出来た子供だと言うのに土方は決して我が子を甘やかさず、躾は厳しく、どこに出しても恥ずかしくな
  い子に育てようとした。勿論それは母であるも同様だ。
  ただそれ以外の事は特に男親である土方は千尋に甘くなった。
  鬼の副長、と呼ばれていたのが嘘のように。
  だって目に入れても痛くないほど、我が子は可愛かったのだ。親馬鹿と言うなかれ。
  そして、千尋も、そんな両親が大好きだった。
  両親さえいてくれれば、千尋は幸せだった。

  だが‥‥

  「父さま、母さま」
  夜も更け、そろそろ床に着くかと土方が妻を促そうとした時、控えめな声が二人を呼んだ。
  振り返ればもうとっくのとうに眠ったはずの我が子が廊下に立っている。
  「ちぃ、おまえ、眠ったんじゃなかったのか?」
  土方は千尋を「ちぃ」と呼ぶ。
  千尋が自分の事を「ちひろ」と上手く言えず「ちいろ、ちいろ」と呼んでいて、それがなんとなく残ってしまったのだ。
  「早く寝ないと明日、起きられなくなるぞ」
  「ごめんなさい」
  窘められ、千尋は瞳を伏せて謝った。
  が、戻ろうとはしない。
  どうやら夜更かしをしてでもここにいる理由が彼女にはあるらしい。
  「こっちにおいで、ちぃ。そんな所じゃ寒いでしょ?」
  はそれに気付くと優しく笑いかけて手招きをする。
  伏せた瞳を上げ、嬉しそうにはいと返事をすると、母親の元に飛び込んでいった。
  ふわりと子供特有の甘さと温もりに、思わずの目元が緩む。
  慈愛に満ちた、母親のその表情は見ているこちらも優しくなれる穏やかなものだった。
  「母さま、あったかい」
  抱きついて幸せそうにそう零す千尋に、も笑顔で「母さまもだよ」と応える。
  なんだかちょっと仲間はずれにされた気がして、
  「おい、父さまには来てくれねえのか?」
  なんて言ってみると、千尋はこれまたぱぁっと明るい表情になり、
  「いくっ!」
  元気よく父親の広く逞しい腕の中へと飛び込む。
  受け止めた小さな身体をしっかりと抱きしめ、優しく背を抱いてやる。
  千尋は嬉しそうに目を細めて、土方の頬に自分の頬を寄せて、擦り寄った。
  頬に触れる柔らかい感触に思わずという風に土方も目元を細める。
  理想の夫は自分の父だと胸を張って言ってくれる我が子が、いつまでこうして甘えてくれるだろうか? いつか、嫁いで
  しまう事を考えると今から辛くなる。
  まだ十年以上も先の事だというのに、見えない未来の夫となる男に思わず殺意が抱くほどだ。
  「ねえ、父さま」
  ひとしきり父親に頬ずりして甘えた後、千尋は顔を上げて、父親をじっと見上げた。
  なんだ? と優しく見下ろせば自分と同じ色をした紫紺のそれは、自分では絶対にあり得ないきらきらとした輝きを湛えて、
  「ちぃ、弟か妹がほしいです」
  我が子はとんでもない事を要求してきた。

  一瞬、その爆弾発言に二人は揃って固まり‥‥はあまりの衝撃にとさりと手に持っていた寝間着を落としてしまって
  いて、土方も目をまん丸くしたまま二の句が継げずにいた。
  「なんだ、ちぃ、おまえ姉妹が欲しいのか?」
  だがすぐに緊縛から解かれた土方はにやりと相好を崩してみせる。
  千尋は両親がいてくれればそれで幸せだった。だが、欲を言えば、もう一人家族が欲しかった。
  一緒に遊べる妹や弟が。
  出来れば、
  「弟がほしいです」
  自分とは違う男の子が欲しい。
  その方が、父にはいい気がするのだ。
  女である自分では異性である父の気持ちを分かってあげられないから。
  だから、男の子が良い。
  「なるほど、弟、な」
  と更に要望を突きつけるので、これには土方も苦笑を禁じ得ない。
  「ち、千尋!? ななな、何を言い出すの!?」
  ここで漸く、が我に返ったようで、真っ赤な顔で慌て始めた。
  千尋には母親が取り乱す理由が分からない。
  子供として純粋に弟や妹が欲しいと言っただけで、彼女が邪推したような意図は何もなかったからだ。
  弟や妹が出来るのには勿論すべき事がある‥‥というのを知るのはそれから十年ほど後になって、だろう。
  まさかそれを教えてくれるのが『彼』だとはこの時の二人も、そして千尋も知らない。

  やがて土方は分かったと一つ頷いた。
  「だがおまえの願い通り男の子を産んでもらえるかわからねえが‥‥構わねえか?」
  「歳三さんっ!?」
  からすれば意地の悪い問いかけに、千尋はあどけない笑みを浮かべて、はい、と頷いた。
  「家族がふえるなら、ちぃはどちらでもいいです」
  純粋に家族が増えると言う事を喜ぶ我が子の頭を、土方は優しく撫でた。
  そうして、にやっと笑みを意地の悪いものへと変えると妻の方へと向け、
  「ってことで、、いっちょつき合え」
  「え!? って今から!?」
  善は急げとばかりに促す彼に、は驚きの声を上げる。
  「可愛い我が子の願いなら、早く叶えてやらねえといけないだろう」
  「い、いや、そうですけど、だからって今すぐなんてそんなのっ!」
  「ちぃ、悪いが今日は一人で寝てくれるか? 今から父さまと母さまは、おまえの願いを叶えてやるためにしなきゃなん
  ねえ事があるからよ」
  「はいっ!」
  千尋はぴょんっと飛び上がるように膝の上から飛び降り、ぱたぱたと部屋を出ていこうとする。
  それにが慌てて、逃げるようについていこうとすればがしりと腕を掴まれ、腰を引き寄せられて阻まれた。
  「うひゃっ!?」
  「こら、逃げてんじゃねえよ。可愛い我が子の頼みだろうが」
  「だ、だからって‥‥や、やだ、待って」
  するりと腹から上下へとそれぞれ離れていく手に妻の身体はびくりと震える。
  千尋が産まれてからは忙しくてそれどころではなくとんと久しい行為に、肌がざわざわとざわつくのを押さえられない。
  だけどでも、一つ屋根の下に我が子がいると思うとは気が気ではなくて‥‥
  「安心しろ」
  「っ」
  耳にねっとりと熱い吐息を注ぎ込まれ、がくりと膝が折れる。
  「あいつは一度寝付いたら、どんな事があってもおきねえ」
  そのまま背後から覆い被さるように妻にのし掛かりながら、しゅるりと帯を解く。
  「んっ、ぁっ」
  恥じらうあまりに吐息さえも噛み殺そうとする妻に、夫は艶っぽく笑ってこう告げた。
  「だから、遠慮無く‥‥啼け」
  久方ぶりだから加減は出来なさそうだと、男は内心で呟きながら襖をそっと閉めた。
  ふたりきりの時間を、誰にも邪魔されないようにと。


 可愛い我が子のためならば



  リクエスト『土方さんとのED後、子供の前でラブラブ』

  ED後の子供が生まれた後、というお話。
  二人の子供を初めて出してみましたが‥‥いや、楽しかった
  です♪
  土方さんは厳しいけど基本親ばかになります。だって女の子
  なんだもん(笑)
  子供が出来てもなんだかんだとラブラブな夫妻だと良い。
  千尋が寝静まった後にちょっかい出して「駄目です」と言わ
  れて凹むと良い。
  なんだかんだ言って、お父さんの頑張りで子供があとふたり
  出来たりするんですよ。この後。

  そんな感じで書かせていただきました♪
  リクエストありがとうございました!

  2011.7.3 三剣 蛍