「、大変だ!千鶴ちゃんが!!」

  永倉の切羽詰まった声に、は風呂からざばりと勢いよく上がった。



  取るものも取らず、とりあえず着物を着て、飛び出したは広間にやってくると、その顔を思い切り顰めてみせる。
  まず、
  強い酒のにおいがしたから。
  そして、次に、

  「あー、さーん」

  とろんととろけたような千鶴の、赤ら顔に出迎えられたから。

  「‥‥誰?呑ませたのは。」

  一瞬呆気に取られるも、次の瞬間、は絶対零度の眼差しで一同を睨み付けた。
  睨み付けられ、ぎくりと肩を震わせたのは永倉と藤堂だ。
  またこいつらか。
  はため息をつきつつ、さーんと甘えてくる千鶴の傍に腰を下ろした。
  広間には幹部が全員揃っている。
  珍しく、酒に弱い土方まで‥‥

  「ちょっと土方さん、止めてくださいよあの馬鹿二人。」
  酒を呑んでいないらしい彼を咎めれば、彼は彼で顔を顰め、
  「俺が席を外した隙に呑ませやがったんだよ。仕方ねえだろうが。」
  と反論した。

  その間も千鶴はにしなだれかかってくる。

  「さーん。」
  「あー、はいはい。どうした?」
  「さん、大好きです−」
  間延びした、ちょっと舌足らずなしゃべり方で甘えてくる。
  ぎゅーっと抱きつかれ、は苦笑で彼女の頭を優しく撫でた。
  「大変だっていうから何事かと思えば‥‥」
  抱きしめよしよしと背中を撫でながらは呟く。
  可愛らしい酔い方じゃないか。

  そんな千鶴はふと、自分の顔に当たるそれに気づいて‥‥

  「さん。」
  「どうしたの?」

  離れた千鶴は何故か憮然とした面持ちだった。
  何か気に入らない事があったのだろうかと首を捻れば、千鶴はじとーっと目の前にあるそれを睨み付けて、

  「なんで、そんなに胸があるんですか」

  唐突にそんな事を言い出す。

  これにはも、勿論他の幹部達も目が点‥‥である。

  どうやら顔に当たったその感触で、彼女の胸の大きさに気づいたらしいが‥‥

  「え、ええと‥‥」
  困ったような顔で千鶴を見た。
  これには流石のもなんと返したものか咄嗟には出てこない。
  酔ってるせいで、少しばかり大胆になっているのだろうか‥‥は助けを求めるように周りに視線を向けたが、
  彼らは揃って怪訝な顔をしているばかりだ。
  「私なんてこれしかないのに、どうしてですか!」
  「これしか‥‥と言われても‥‥」
  は彼女の胸がどれほどかは知らない。
  恨めしい顔での胸を睨み付ける彼女に、そんなにないのだろうかと試しに彼女の胸に触れてみた。

  ぺと‥‥

  「!!」
  驚きに声を上げたのは藤堂だ。
  は一瞬、無言になり、

  「ごめん‥‥」

  何故か謝ってしまった。

  どうやら本当にない、というのが一同に知れ渡り、彼らは揃って哀れみの目を少女へと向けた。

  「うわーん!不公平ですー!!」

  次の瞬間、千鶴が突然大声を上げて泣き出す。
  両手で顔を覆って、子供みたいに声を上げる彼女は、本気で泣いている。

  「ち、千鶴ちゃん落ち着いて!」
  「どうせ私はぺったんこですっ!まな板です!」
  「そこまで言ってない!
  いや、ちゃんとあった!膨らんでたから!」
  泣き喚く千鶴をは慌てて宥めようとする。
  千鶴にとっては深刻な問題なのだろう‥‥が、男達は微妙な顔でお互いを見ていた。

  「ほ、ほら、千鶴ちゃん。
  胸って成長するっていうし‥‥」
  が言えば、そうだよと沖田が言って、近付いてきた。
  ぽんと泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら、笑顔で助言。
  「千鶴ちゃん、大きくなりたければ揉んでもらうと良いよ。」
  「総司!なんてこというんだよ!」

  顔を真っ赤にして彼を咎めるのはやっぱり藤堂だ。

  「顔が赤いよ、平助。」
  何を想像してるの?
  とからかう沖田に、藤堂は慌ててしてないと首を振ったが‥‥彼が何を想像したのかは明白だった。

  いや、揉んでもらえば‥‥って、それは個人差があるんじゃ‥‥

  は沖田の言葉をうーんと首を捻りながら聞いていたが、
  唐突に、

  むにゅ――

  「――っ!?」

  胸を掴まれる感触に凍り付いた。

  千鶴だった。

  彼女は小さな手で、彼女の胸を掴んでいた。
  いつもなら胸当てやサラシのせいで、その形を知ることは出来ない‥‥が、

  「大きい‥‥」

  彼女に掴まれ、そのふくよかな胸の形をくっきりと浮かび上がらせていた。

  「!なんでサラシ巻いてねえんだよ!!」
  原田が慌てて声を上げる。
  まともに見てしまったらしい。

  「や、だ、だって!千鶴ちゃんが大変って言われたからっ」
  とりあえず着物を羽織っただけで、サラシまではつける余裕がなかったとは反論した。
  その間も千鶴は大きな胸を羨ましそうに見つめながら‥‥
  「ちょ、千鶴ちゃん、待った!」
  小さな手には余るそれをふにふにと揉んだ。
  「さん、大きいです。」
  「わ、分かったから、ちょっ‥‥って、新八さん鼻血出してる場合じゃないでしょ!」
  女同士とはいえ、胸を揉むという光景を目の前で繰り広げられ、永倉は逆上せて鼻血を出していた。
  因みに目は彼女の目に釘付けだ。

  「‥‥ここまで大きくなったのはやっぱりどなたかに揉んでもらったからですか?」
  「そ、それは多分体質‥‥」
  とりあえず離してくれと千鶴の手首を掴むが‥‥彼女のどこにそんな力があるのだろう、ではふりほどけない。
  「う、嘘ぉ‥‥」
  は愕然とした。
  そんな彼女には気付かず、千鶴は完璧に据わった目を周りへと向け、

  「土方さんがさんのお胸を大きくされたんですか?」

  「ぶはっ!」
  我関せずを決め込もうとしていた土方を見つけて、そう訊ねた。
  思いっきりお茶を変な所に吸い込んでしまい、彼は思いっきりむせた。
  先ほどの沖田の言葉を受けての事ならば、土方がの胸を揉んで大きくしたという事で。
  そんな疑いを掛けられた男はげほげほと咳き込み、若干涙目になりながら、
  「だ、誰が‥‥そんなっ‥‥」
  辛うじて反論する彼の言葉は、やはり千鶴には届いていない。
  今度は、
  「沖田さんですか?」
  と傍にいる沖田を咎めるような目で見上げてくる。
  彼は苦笑で答えた。
  「ねえ、千鶴ちゃん。
  大きさじゃないと僕は思うけどなぁ。」
  微妙に答えをはぐらかしているのは、ある意味その原因の一つではあったからだろうか。
  「ほら、好きな女の子ならどんなのだっていいと僕は‥‥」
  思うんだよねと言う言葉は、
  「これでもですか?」
  千鶴の手に引っ張られ、

  むにゅ、

  「そ、総司っ!!」
  の胸へと導かれ、沖田は掌に触れる柔らかさと大きさに、あーと何とも言えない声を上げる。
  彼の大きな手でも満足できる大きさだ。
  彼女の初めてを奪った時、の胸に触れたが‥‥あの時とは格段に違った。
  何というか‥‥

  「‥‥大きくなったね。」

  「ば、馬鹿!何言って‥‥」

  これにはも慌てて、顔を真っ赤にして男を突き飛ばす。
  突き飛ばされた沖田はその後ろで斎藤に羽交い締めにされた。

  「総司、いつまでそうしているつもりだ!」
  「いや、僕のせいじゃないし‥‥って、一君‥‥顔、真っ赤だよ?」
  「お、俺はっ‥‥」
  「あー、の胸、自分も触りたいと思った?」
  「総司!!」

  「ちょっとそこ、言い争ってないで、手を‥‥」
  ぐだぐだと言い合う彼らをは咎めながら必死に千鶴の手から逃れようとしている。
  しかし、彼女の胸への執念は強く、

  「ひゃっ!?」

  先ほどよりも強く掴まれての口から思わず、変な声が上がった。
  上擦った、どこか甘い感じのする声は‥‥情事の最中に聞くそれに似ていて‥‥

  「ちょっ、待ったぁっ!」
  思わずそんな声を漏らしてしまったのは、女であるが故、だ。
  胸は感じるのだ。
  はこれ以上声を漏らすまいとして顔を真っ赤にして唇を噛みしめる。
  勿論聞いてしまった一同も顔を赤く染めていて、その声を聞いた次の瞬間には永倉がばたりと後ろに倒れた。
  彼に構っている余裕は誰もおらず、ただただ、無言でその光景を見守った。

  そんな中千鶴はいいなぁともう一度繰り返し、

  「‥‥」

  ぼふ、と胸元へと顔を寄せた。

  「気持ちいい‥‥」
  頬に触れる柔らかな感触と、人肌に、千鶴は思わず呟く。

  すりと甘えるように顔を寄せ、乱れた胸元から覗く白い谷間に顔を埋め、そっと、千鶴は呟いた。

  「いい、におい‥‥」

  その言葉を最後に口にして、
  すぅ、
  と穏やかな寝息が聞こえ始めた。

  「‥‥は‥‥」

  瞬間、の口からは安堵の溜息がもれる。
  どっと、汗が噴き出した。
  なんというか‥‥とんでもない目に遭った気がする。
  まさか千鶴が酔うとあんな大胆な事をしでかすとは‥‥

  「に、二度と飲ますもんか‥‥」

  は呟き、それから不意に、

  「あれ?」

  あたりが静かな事に気付き、顔を上げた。

  見れば成り行きを見守っていた男達は、なんとも不思議な格好で、それぞれがから視線を背けている。

  倒れている永倉を除いて、
  全員が、
  僅かに前屈みに身体を丸めている。

  一瞬は何事かと目を眇めたが、
  ふと、
  それに思い当たり、

  「人が大変な目に遭ってるってのに‥‥何してんですか‥‥」

  僅かな軽蔑の眼差しに、彼らは何とも困ったような顔をしてみせた。


  み酒




  「男だからね」
  という総司の一言がこの後つづく←